04、一人きりのダンジョン探索

 俺は誰もいない早朝のダンジョンを、一人で進んでいた。


 地下水で濡れた階段を降りながら、透明なかぎ爪で竪琴の弦をなでる。


「なんとしても、パーティメンバーとして認めてもらわなくちゃ!」


 黄緑や水色の光を放つヒカリゴケに照らされて、円柱の天井付近に吸血コウモリがぶら下がっているのが見えた。


「よしっ」


 俺は竪琴を布に包んで亜空間収納マジコサケットにしまうと、腰から魔法剣マジックソードを抜いた。


「えいっ!」


 ジャンプして斬りかかるが届かない。


「くそっ、このっ! ――うわぁ!!」


 着地の瞬間にやわらかいものを踏んで、危うく転びそうになる。


「スライム?」


 踏んづけていたのはジェル状の何か。


「届かないコウモリはあきらめて、こいつを狩ろう!」


 マジックソードを突き刺すと、するりと刃が吸い込まれてゆく感触が手のひらに伝わってきた。


 スライムは鬱陶うっとうしそうに床をすべって移動する。


「こら待て!」


 何度か斬りつけると桃でも斬ったかのような手ごたえがあって、スライムはかき消え、魔石が現れた。


「ちっちゃ!」


 淡い光を放つ魔石を指先に乗せて、俺はがっかりした。


「こんなんじゃ認めてくんねえよな、イーヴォのやつ」


 あいつ、なんて言ってたっけ?


 ――俺様みてぇにたんまり魔石を獲得してくりゃあ戦力として見なしてやらぁ。


 だっけ?


「たんまり、かぁ」


 目を凝らすと、そこかしこの壁にスライムがへばりついている。


「よし、全部倒してやるぜ!」


 俺は気合を入れて剣を構えた。


 しかし――


 そう都合よく核が見つかるわけもない。


「真ん中に核があるってわけでもねえのか? 体内の核を移動させてんのかな」


 しかも運よく核を探しあてて斬っても、ドロップするのは指先に乗るような小さな魔石。


「うわーん! もっと強いモンスターじゃなきゃだめだ!」


 でも一人で下層に降りるのは危険だよなあ……


 思案する俺の目に、金属質な輝きを放つ見慣れないスライムが映った。


「あ、あれ、メタルスライムとかいうやつ!」


 多少は大きな魔石がドロップするかも知れない!


 カキーン!


 剣を振るうと、腕にビリビリと振動が伝わってきた。


った! だめだ、歯が立たねえ!」


 ほかの冒険者が剣でスパッと斬っているのを見た覚えがあるのだが、あれはおそらく魔法を通したマジックソードだったんだろう。


「やっぱり魔法が使えねえ俺は、地道に普通のスライムの核をねらうよりないってわけか」


 うんざりしながら見回すと、壁から伸びた木の根に一抱えもありそうなスライムが絡みついている。


「あいつなら、大きめの魔石が手に入るかも!」


 期待をこめて斬りかかると、


 ぽよんっ


 先ほどまでおとなしくしていたスライムが飛び上がって逃げ出した。


「おい待て!」


 慌てて追いかける。


「あいつ、魅了の効果が切れてきやがったな!」


 立ち並ぶ円柱の間をすり抜けて、霧の上にかかる石橋をポヨンポヨンと跳ねながら渡っていく。ところどころ崩れ落ちた欄干の間に、半透明のスライムが見え隠れする。


「よっしゃ、追いつくぞ!」


 橋を渡り切ったところに現れた階段を一段飛ばしで駆け下りながら、剣を振り下ろす。


「ピィィーッ!」


 小動物のような鳴き声をあげて、スライムは黒い霞になり、胡桃大の魔石が出現した。


 カランコロンッ


 青い光を振りまきながら、魔石が階段を転がり落ちてゆく。


「待てぇぇぇっ!」


 今度は二段飛ばしで駆け下りる。長い階段が終わったあとも、魔石は転がり続ける。やがて、ひび割れたアーチ形の柱に当たってようやく止まった。


「ったく手間をかけさせやがって」


 拾いあげた魔石を亜空間収納マジコサケットに放り込む。一息ついてあたりを見回した俺は、耳の奥で血の気が引く音を聞いた気がした。


「どこだ、ここ?」


 転がる魔石を追いかけるのに夢中になって、見覚えのない場所に来てしまった。


 グオ……ォ……


 どこかからキングオーガのうめき声が聞こえて、俺は身震いした。


「やばい! とにかくまずは上の階層に上がらなくちゃ!」


 ダンジョンは低い層ほど強い魔物が棲んでいる。今いる低階層から抜け出すため、来た道を戻り始めた。


「階段はどこだ? こんな広い廊下歩いたっけ?」


 ダンジョンは入り組んでいて、地図なしで戻るのは至難のわざだった。


「あんな根っこ、見てないぞ…… この道じゃない――」


 天井から伸びる木の根を見上げたとき、その前に設置された石像が動いたのに気づいた。


「ガーゴイル!」


 石の翼が広がり、目に埋め込まれたルビーが真っ赤に光る。


 そうだ、竪琴! 俺は亜空間収納マジコサケットから竪琴を出し、右手の爪で旋律を奏で始めた。


 グ……ググ……


 不気味な音を立てながら、広がった翼が静かに下がってゆく。しかしまだ赤い目には光が宿っていた。


 歌いたいが、恐怖でちゃんと息が吸えない。


 俺は目を閉じて、敵前にいることを忘れようとした。ここは地下―― 村の精霊教会にある地下聖堂……昔の聖職者たちの棺が並んでいる――


 だんだん気持ちが落ち着いてきて、俺は静かに聖歌を歌い始めた。


「――耳を傾けなさい、心をひらきなさい、我が子供たちよ。

 風の音を聞き、水の流れに身をゆだね、

 大地の鼓動にふれ、炎の中に真実を見よ――」


 あの静かな空間ではいつも、壁の燭台でゆれるロウソクが天井のフレスコ画を照らし出していた。とても古い絵で、半分くらいはがれ落ちていたんだ――


「――私たちの敬愛する精霊王、私たちはいつも『はい』と答えます。

 あなたの声を聞き、あなたの言葉に身をゆだね、

 あなたの美しさにふれ、共に真実に生きます――」


 そっと目を開けると、ガーゴイルはただの石像に戻っていた。


「村に―― 帰りたい……。こんなところで死にたくない……」


 ガキの頃から村を出ることばかり考えていたのに今さら、かけがえのない土地だったと気付くなんて――。海岸線にせまる山の上に身を寄せあう石造りの家々、そのてっぺんから突き出す鐘楼、時を告げる鐘の音――思い出すだけで胸が苦しくなる。


「音楽を教えてくれたドーロ神父――。冒険者になる夢を応援してくれた親父――」


 目を閉じればまぶたの裏に、なつかしい教会のドーム屋根が浮かび上がる。イーヴォの挑発なんかに乗るんじゃなかった。


「俺が死んだら母さん、泣き崩れるよな……。いやそれより、ねえちゃん過保護だから気が狂いそうだな……」


 ぼんやりと発光する苔に覆われた不気味な壁が、死への恐怖をかきたてる。


「見なければいいんだ」


 俺はほんの少しだけ薄目をあけて、現実逃避したまま歌いだした。歌を口ずさみながら進むと、魔物の唸り声は聞こえなくなった。


 ちゃんと前を見ていなかったから気付かなかった。石畳の床の真ん中、そこだけ妙に大きな正方形の石がはまっていたこと。そしてその石だけ光る苔が生えていなかったこと――


 ガッコン。


 右足を一歩進めたとたん、耳慣れない音がした。次の瞬間――


「ふえぇっ!?」


 俺はうっかり間抜けな叫び声を上げていた。体が突然沈み込み、伸ばした右手がくうを切る。


「うわぁぁああぁぁぁっ、落ちるぅぅぅ!!」


 床が抜け、俺の身体は巨大な石の滑り台をぐるぐるまわって落下していった。


 竪琴をひしと胸に抱き、俺はぎゅっと目をつむった。



 ─ * ─




魔物を鎮める神秘の歌声を持ったジュキエーレ。彼を追い出してしまったSランクパーティ『グレイトドラゴンズ』の運命やいかに? 次回は『グレイトドラゴンズ』サイドです!

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