05★その頃Sランクパーティは

 その頃、なんちゃってSランクパーティ『グレイトドラゴンズ』のお三方は、ジュキエーレの歌声魅了シンギングチャームが切れかかったダンジョンの中をまだうろうろしていた。


「イーヴォくん、あきらめて帰りましょう! このままでは僕たち三人とも魔物の餌食になってしまう!」


「おいおいサムエレ、ダンジョンに一歩でも足を踏み入れたら、革袋を魔石でパンパンにして帰るのが俺様流よ」


 イーヴォが半分程度、魔石のつまった腰袋を軽くたたいたとき、暗いダンジョンにくぐもった雄叫びが反響した。


 グオォォオ……オオォ…… 


「キングオーガが目を覚ましたようです! 急ぎましょう!」


 サムエレは顔色を変えて、もと来た道を足早に戻り出す。


「キングオーガごときに何ビビってんだ? いくらでも俺様がやっつけてやるぜ」


「ジュキエーレくんのかけた魅了の効果が切れ始めたんです……!」


 半泣き状態のサムエレに、


「魔力無しが歌声でかけた魅了なんざ気休め程度だろ」


「ギフトに魔力は関係ありません!」


「バカにすんな、知ってらぁ。俺様のおふくろだって、大食漢だか胃袋(特大)だかのギフト持ってんだ。食費が――うおっ!?」


 角を曲がったところで突如、鼻先をかすめた棍棒メイスにイーヴォはのけぞった。


 ゴツン★


「いってぇー! イーヴォさんの後頭部硬すぎ!! おいらの鼻がつぶれちまいましたよ!」


「もともとつぶれてんだろ、アホが」


「二人とも静かに! キングオーガはまだ寝ぼけているようです」


 うしろから忍び声で、サムエレが叱責する。


「どうやらオーガどもは足元が見えていない。身を低くして逃げましょう!」


 サムエレはコソコソと壁ぎわを走り、上階へいたる階段まで一目散。


「フン、Sランクパーティがキングオーガごときに背を見せるなんて情けねぇ」


 イーヴォは言い放つと、のろのろと指をからませて印を結んだ。


聞け、火の精センティ・サラマンドラ。我が前にあるもの、の炎が中に―― うぎぁぁあああぁぁぁっ!!」


 イーヴォの絶叫が、光り苔に覆われたダンジョンの石壁に響きわたった。


「あ、あのっ、キングオーガめ! お、俺様の大事な股間をねらいやがった!!」


 ねらったわけではなく、いまだうつらうつらしているキングオーガたち、適当に武器を振り回しているだけなのだが。


「いや、イーヴォさん、自ら当たりにいったような――」


「ふざけんじゃねぇぇぇ! 俺様にそんなシュミがあるわけねえだろぉぉ!?」


「と、とにかく逃げましょう! モンスターの様子がおかしい!」


 ジュキエーレの歌声で状態異常になった魔物としか戦ったことのない二人にとって、凶暴なモンスターとは見慣れぬ存在だった。


 うなりをあげて耳元をかすめる巨大な武器を避けて、二人はサムエレが姿を消した階段まで走った。


「頭を守れ!」


 魔石の入った革袋を頭に乗せて走るイーヴォに、


「えっ、髪を!? あ、イーヴォさん、ちょっと生え際M字ですもんね!」


「誰がM字だ、ぅおのれぇっ!」


「イーヴォさん、仲間割れしてる場合じゃないです!」


 二人はなんとか、あちこちに打撲を負いながらもサムエレの待つ上階層まで登ってきた。だがそこには、すでに状態異常から回復した吸血コウモリたちが巣くっている。


「あ、あいつらは俺様たちの敵じゃねえ。やれ、ニコ」


「はい、イーヴォさん! ――壌塊斬エルデブレイド!」


 ニコはおなじみの土魔法を使った。しかし放たれた土塊の刃は、一つとして吸血コウモリに当たらなかった。


「へ? なんで――」


 言い終わる前に、コウモリの大群が三人を襲った。


「ついばむなぁぁ! 俺様は畜生どものエサじゃねえっ!」


「うわぁぁぁっ! い、痛い痛い!」


「早く上の階へ!」


 自分だけちゃっかり防御結界を張ったサムエレに手を引かれて、ハチの巣状態になった二人はこけつまろびつしながら必死で走った。


「た、助かった――」


「この階段を登れば第二階層だ」


「もう凶悪なモンスターは出てこないだろう」


 サムエレさえも油断して防御結界を解除したとき、崩れかけた石柱のうしろから、ひょっこりとはぐれオークが顔を出した。


「ガァァァ!」


 叫び声と共に、巨大な斧を振り上げる。


「う、うわーっ!」


 情けない叫び声をあげて、イーヴォはとっさに腰の革袋を投げた。


「ォゴッ!?」


 魔石のつめこまれた革袋は見事、オークの顔面をとらえた! が、それだけだった。バラバラと足元に散らばる魔石を踏んづけて、


「ギィオォォオッ!」


 オークが怒りの雄叫びを発する。余計に怒らせちゃったらしい。


聞け、土の精センティ・ゲーノモス―― 間に合わない!!」


 ちんたら呪文を唱えるしか能の無いニコが、死を覚悟してまぶたを強く閉じたとき、


助太刀すけだちするべ!」


 うしろから太い声が聞こえると同時に、高速回転する戦槌バトルハンマーが飛来し、オークの頭部を襲った。


「ギャッ!」


 驚いたオークは巨体に似つかわしくない素早さでうしろに飛び、ダンジョンの奥に走り去った。


 戦槌バトルハンマーは弧を描いて、投げた男の手の中に戻ってくる。


「やっぱり『グレイトドラゴンズ』! ボロボロでねぇか!」


 空中で戦槌バトルハンマーをつかんで驚いた声を出したのは、同じギルドに登録しているBランクパーティのドワーフだった。


「ま、魔物たちがおかしいんだ! 急に強くなって――」


 わなわなと震えながら主張するイーヴォに、


「今のオークは普通だったべ? ワシの戦槌バトルハンマーに恐れおののいて逃げ出したくらいだ」


 ドワーフの男は、オークが吸い込まれていったダンジョン奥の闇に目をやった。彼の仲間たちも皆、首を縦に振っている。


「そういえば、おめぇさんたち一人足りなくねぇか?」


 ドワーフはイーヴォに肩を貸すはずが、低身長のせいでかつぐような格好になりながら、きょろきょろと目だけを動かした。


「あの小柄で――女の子みたいにかわいい顔した真っ白い子」


「そ、そぉんなヤツぁ知らねえなあ?」


 あとさき考えずにすっとぼけるイーヴォに、ドワーフの男は怪訝な様子で、


「おめぇさん、あんな綺麗な子を忘れたっぺか?」 


 瀕死の怪我を負ったニコに、魔力の続く限り回復魔法をかけてやりつつサムエレが、うしろから声をかけた。


「ジュキエーレくんですね。イーヴォくんはキングオーガの棍棒メイスに頭を殴られて、記憶が混濁こんだくしているのです」


「そりゃ大変だっぺ!」


 驚くドワーフに、


「お前サムエレ何言って――」


 文句を言いかけたイーヴォの足元を、サムエレが払った。


「うお、あぶねえ!」


「イーヴォくん、気を付けて下さい! 今スライムを踏みつぶして転ぶところでしたよ?」


「お、おう?」


 驚いて直前の会話を忘れたイーヴォを放置して、サムエレはぺらぺらとまくしたてた。


「ジュキエーレくんとは魔物から逃げているうちに、はぐれてしまったんです」


「なんだべ!?」


 善良なドワーフは驚愕した。


「じゃあ、あのべっぴんさんは今もダンジョンに!? すぐギルドに報告せにゃならん!」





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次回、ジュキエーレ視点に戻ります。ダンジョン最下層に落ちた彼を待っていたものは――? 作品フォローして更新をお待ちください!


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