02、パーティに残る条件

「俺様のパーティに魔法の使えねえ無能はいらねえ。魔力量の多い竜人族のくせに魔力無しとか笑えねえよ。ギャハハハ!」


 うす汚れた木製のベンチにのけぞって、品のない笑い声を上げる。


「しかもおめぇがいると舐められんだよ。無駄に華奢な外見しやがって。ぷはーっ」


 イーヴォが葉巻の煙を俺の顔に向かって吐き出した。


「けほっ、けほ……」


 声が武器の俺は煙草を吸わないから、慣れない煙にむせてしまった。


「ったくおめぇ、しゃべるときもガキみてぇな声で一体何歳いくつなんだよ?」


 俺の話し声がやわらかい音色なのは、明らかにギフト<歌声魅了シンギングチャーム>のせいだ。通常女性にしか発現しないギフトを受け継いだため、子供のころと比べれば幾分か落ち着いた音色になったものの、十六歳男子の声としては響きが軽すぎる。


「俺様はこんな辺境で収まる器じゃねえ。帝国一を目指すために帝都へ出る!」


「俺だって行きたい!」


「っるせーぞ!」


 イーヴォは俺の頭をわしづかみにすると、無理やり自分のほうに顔を向けさせた。


「い、痛い! やめてよ!」


 俺が抗議すると、イーヴォはさらに強く俺のくせっ毛を引っ張った。


「死人みてぇな青白い顔したバケモン連れて、人族の国を歩けるかってんだ!」


「いてっ」


 イーヴォの指の間から染みだらけのテーブルに、はらりはらりと銀髪が二、三本こぼれ落ちた。俺は唇をかみしめながら、片手で自分のやわらかい頭髪を押さえた。


 俺の指には鉤爪と水かきが生えているうえ手の甲は真っ白いうろこにおおわれているから、宿帳に名を記入するときや、商店でコインを払うときなんかに驚かれるのは本当だった。だから俺は特別にあつらえたグローブをはめている。


 だが手足は服で隠せても、顔も含めて肌の色が異様に白いのはごまかしようがない。村にいたときは全員顔見知りという環境だったから、自分の外見がどれほど特異なものか自覚がなかったのだ。


 母さんやねえちゃんが、村から出たがった俺を止めた理由が今はよく分かる。それと同時に、人族の領地を冒険者として旅してきた親父が、俺を外の世界に送り出そうとした厳しい愛情に、ようやく気付いていた。


「いいか、歌うしか能がないヤツは冒険者なんざめて、吟遊詩人にでもなっておけ」


「でもイーヴォ、俺の歌声には魅了の効果があって、一応モンスターに影響を与えてるはずだよ」


 か細い声で言い返した俺の胸ぐらを、イーヴォがつかんだ。


「一応だとぉ!? 最強の火魔法を使う俺様のパーティに、そんな効果があるか分かんねえ後衛なんざ必要ねぇんだよ!!」


 イーヴォが叫ぶと同時に、俺の身体がふわりと宙に浮いた。


「ひゃっ!」


 ドンガラガッシャーン!!


 あろうことか、イーヴォは俺を片手で投げたのだ。


「ご、ごめんなさいっ!」


 隣のテーブルに背中から突っ込んで、酒と料理まみれになった俺は、ガラの悪そうな冒険者たちに必死で謝った。


「おいおい坊ちゃん、俺たちのメシ、どうしてくれるんだよ? え?」


「すみません! お金は払いますから――」


 慌ててポケットから銀貨を取り出す俺をのぞきこんで、


「おんやぁ? かわいい声してるねぇ」


「顔もべっぴんさんじゃねぇか。もしかして女の子が男装してるのかなぁ?」


 く、悔しい……。あまり背が高くないから、こうやって馬鹿にされるんだ。


「銀貨なんざいらねぇよ。その華奢な体で払ってくれりゃあいい」


 くそっ、こいつらもイーヴォたち同様、俺には冒険者稼業なんてとても無理だと見下みくだしてやがる。


 男のごつい手が俺の腰をすべった。


「引き締まったケツで好みだぜぇ」


 ち、違った……! これは馬鹿にしてるとかじゃなくて――


 男のでかい手がむんずと俺の尻をつかんだところで「体で払う」の意味を悟った俺は、一目散に自分のテーブルまで逃げ帰った。


 白いマントにトマトソースがべったりつきやがった。宿に戻ったら洗わなきゃ……


「あれぇ~? あっちのお兄さんたちのパーティにあげても良かったんだけどなぁ、お前なんかぁ?」


 イーヴォが嫌味ったらしく俺をのぞきこむ。でも、こいつのほうがマシだ。乱暴者だけど、俺を変な目で見ない。魔法が使えない俺を拾ってくれるパーティがあるとしたら、俺が男装した女の子だってぇアホなうわさを信じている変態なんだ。


「イーヴォ、どうすれば一緒に帝都まで行けるんだ?」


 俺はなんとか活路を探ろうと必死だった。


「ああん?」


 イーヴォがぎろりと俺をにらむ。


「そりゃおめぇ一人でダンジョンにもぐって、俺様みてぇにたんまり魔石を獲得してくりゃあ戦力として見なしてやらぁ。たとえ化け物でもな。ぐわっはっは!」


「本当だな?」


 馬鹿笑いに負けない音量で、俺は確認した。


「男に二言はねえ。だが魔法の使えねえヤツにダンジョン攻略なんて、ぜぇぇぇってぇ無理だぜ!」


 さも楽しそうに笑うイーヴォをにらみながら、俺はこぶしを握りしめた。グローブごしに鋭い鉤爪が、手のひらに食い込むのも構わずに。




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