ⅷ、初ダンジョンも楽勝か?

「森のゴブリンを全滅させたってこと!?」


 悲鳴のような姉の質問に、イーヴォがにやりと笑う。


「俺様たちの実力が分かったか?」


「換金カウンターはあっちよ」


 姉は事務的な口調で、同僚のほうを指差した。


 魔石は、瘴気の強い場所に発生するモンスターの体内から得られる。魔法を使えない者が多い人族居住エリアでは魔道具の動力源として欠かせないから、モンスター出現場所の多い多種族連合ヴァリアンティ自治領では主要な交易の品となっていた。


「一年近く遊んで暮らせるんじゃないですか?」


 クエスト報酬と魔石換金で得た金貨を山分けしながら、サムエレがいつもより高い声で言った。


「村へ帰って遊んで暮らそうなんて言い出さないよな?」


 俺は先手を打って牽制する。イーヴォも怖い顔をして、


「俺様はこの『グレイトドラゴンズ』でSSSランクパーティを目指すんだ。魔力量の多い聖魔法使いのおめぇを今手放すわけにゃいかねえ」 


「イーヴォさんならSSSランクも夢じゃないっす!」


 うんざりしているサムエレの代わりにニコが持ち上げる。


「ったりめぇよぉ!」


 イーヴォはさらにいい気になった。


 一日で大量の魔石を獲得した俺たちは、たった三日でEランクに昇格した。


「やったー! これでダンジョンにもぐれる!」


 Eランクのメダルを手に入れてカウンター前で飛び跳ねる俺を見て、心配症のねえちゃんはため息をついた。 


「あれにしよう!」


 俺はさっそく掲示板を指差した。Eランクになると、ひとつ上のDランククエストも受けられるのだ。


「ダンジョン『古代神殿』で増えすぎた吸血コウモリの駆除!」


 スパーン!


 いきなりうしろからイーヴォに頭をはたかれて、


「いった!」


 俺は悲鳴を上げた。


「何すんだよ!?」


 振り返って涙目で見上げると、


「受注するクエストは俺様が決めんだよ! 白髪チビのくせに出しゃばんな!」


「銀髪だもん! イーヴォなんかハゲちゃえ!」


「んだとぅ!?」


 イーヴォが俺の胸ぐらをつかんだとき、


「こらーっ! ジュキちゃんをいじめるなぁぁぁ!」


 カウンターからねえちゃんが叫んだ。一気に静まり返るギルド内。恥ずかしいなあ、もう……


 俺は依頼掲示物を手に、そそくさとギルドの出口から駆け出した。ほかの冒険者たちがささやきあう声から逃げたくて。


「アンジェリカさん弟一筋だな。あんなか弱そうな弟が冒険者目指すんじゃ、放っとけないだろうけど」


「あの真っ白いガキ、小柄で声もかわいくて女の子みてぇだもんな」


「実は男装してる妹だってうわさもあるんだぜ。見ろよ、あのほっそりとした腰つき」


 最悪だ。聞こえちまったよ……


「へっへっへ」


 頭上からイーヴォの嘲笑が聞こえた。


「誰もお前を一人前の男としてなんか扱わねえよ」


 くそっ、強くなって見返したいのに!


 サムエレがクエスト受注手続きを済ませて来てくれたので、俺たちはダンジョンへ向かうことになった。


 人々が行き交うにぎやかな領都を出て、畑の中を蛇行して続く道を歩いてゆく。両脇に糸杉の植えられたゆるやかな坂道をのぼりきると、ダンジョンのある林が見えてきた。


「ダンジョン『古代神殿』は、なんのために作られたのか伝わっていないそうだ。地殻変動で地下に埋もれてしまったのだろうか?」


 遺跡に学術的な興味がわいたのか、林の中を歩きながらサムエレが考察を始める。初日も今回もギルドから逃げ出した俺に代わって手続きしてくれた恩もあるし、仕方なく相手をした。


「うちの姉貴によれば最下層に魔神アビーゾが封印されていて、その瘴気が魔物を生み出しているって説があるみたいだから、魔神をあがめる邪教集団の神殿とか?」


「魔神アビーゾ伝説は色んな所にあるから信用できないね」


 相手してやってんのに偉そうなサムエレは、見慣れない装飾がほどこされたダンジョン入り口の石門をくぐりながら、


「子供のころ言われただろ? 海底に封じられた魔神アビーゾの餌食になるから夕方まで海で遊んじゃいけないって」


 ひんやりとしたダンジョンに足を踏み入れた俺は階段を下りながら、うっすらとヒカリゴケに照らされた神秘的な空間に心を奪われて、


「ああ」


 と上の空で相槌を打った。


「子供に言うことを聞かせるための脅しさ」


 サムエレの無感動な声が遠くに聞こえる。


 巨石が積み上げられた壁に、思ったよりずっと高い天井。そこかしこに立つ壊れかけた石像は、今にも動き出しそうだ。


 だがその時ダンジョンの奥から、


「た、助けてくれーっ」


 叫び声と共に、複数人の足音が聞こえてきた。


「ほかのパーティかな?」


 思わず足を止める。半円状に口を開けた右奥の廊下から、ギルド内で見かけたことのある獣人族のパーティが姿を現した。装備はそこらじゅうが破れ、切り傷だらけだ。肩で息をしながら、


「ここまでは飛んでこないだろう」


「あいつらの巣からはずいぶん離れたはずだ」


「一体どうしたんだ?」


 俺が尋ねると、リーダーらしき男は両手を膝に置いて身体を支えながら、


「吸血コウモリの大群が襲ってきたんだ。俺たちDランクに上がったばかりで今日初めてダンジョンにもぐったから」


 ああ、俺たちみたいに一個上のランクに挑戦してるわけじゃないんだな。


「あれ?」


 獣人のリーダーが顔を上げ、まじまじと俺を見た。


「お前さん、あの有名な―― 美人受付嬢の妹疑惑がある自称弟で、シロヘビちゃんとか、竜人パーティの姫とかあだ名されてる――」


「はぁっ!?」


「お前らまだFランクだろ!? なんでこんなとこ来てんだよ? ペナルティくらって一ヶ月のクエスト受注制限かけられるぞ?」


「ばーっか!」


 嘲笑したのはイーヴォだった。


「俺様たちは今日Eランクになったのさ!」


「チッ、そうかよ。でもいい気になってると痛い目見るぜ」


 一番怪我のひどい槍術師そうじゅつしに巫女らしき女性が治癒魔法をかけているあいだ、リーダーは魔力回復薬ポーションの瓶を開けながら忠告する。


「お前らのパーティ、見たところ前衛職がいないじゃないか。暗闇から集団で襲ってくる吸血コウモリに対処できないぞ?」


「はんっ! 俺様たちを誰だと思っていやがる」


 笑い飛ばすイーヴォに、


「剣士も盾役もいないのに、どうやって戦うんだ?」


「俺様は光より早く呪文詠唱するのさ! ハッハッハ!」


 獣人リーダーの問いに不敵な笑い声を残して、イーヴォは階段を下りて行った。




 ─ * ─



次回『ランクアップが止まらない』

グレイトドラゴンズはランクシステムをかけ上がって行き、次回Sランクとなります!

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