ⅶ、初クエストはなぜか楽勝

 獣人族の村を囲むゴブリンの森は、故郷のそれとは違っていた。


 時おりピンクや水色など、色とりどりの葉をつけた七色の木が立っているし、足元ではキノコが歩いている。鈴のような音が鳴る実や、光る果実がぶら下がっていたりと、見慣れない景色が広がっている。


「ジュキエーレくん、竪琴持って来ていましたよね?」


 欄干のない煉瓦橋を一列になって渡っていたら、うしろからサムエレが話しかけてきた。


「うん。なんで?」


「僕は教会で君のオルガンを聴いているときにいつも感じていたが、おそらく歌声だけでなく演奏にも魅了の効果が乗っている」


 竪琴を弾いても、歌声魅了シンギングチャームの効果があるってことか。


「じゃ、森の魔物をうっとりさせられるかも知れねえな」


 俺は白いグローブをはずしてズボンのポケットに突っ込むと、背中にしょった亜空間収納マジコサケットから竪琴を取り出した。頭上で交差する枝のアーチをくぐりながら、簡単に調弦する。


 適当な和音進行を爪弾きながら、移動するキノコを踏まないように注意しつつ木々の間を進んでいく。


 竪琴の音色に誘われたのか、木陰からひょっこりと緑色の小さな頭がのぞいた。竜人族の俺たちより大きく尖った耳、緑の頭皮に髪はなく、血走った目でこちらをうかがっている。


「あれ、ゴブリンじゃん!?」


 大人の腰ほどまでしかない痩せた怪物をあごで示した俺に、


「うるせー、静かにしろ」


 イーヴォは一声怒鳴ってから、慣れない手つきで印を結び呪文を唱えだした。


聞け、火の精センティ・サラマンドラ。燃ゆるほむらよ――」


 そのあいだにもあっちの木陰、そっちの枝の上と緑色の影が見え隠れするが、ぼんやりとこちらを見つめるだけで攻撃してくる素振りはない。


「――一条の矢となりて我が敵影、貫きたまえ!」


 イーヴォの火魔法が完成した! 弓矢を引き絞るポーズをして、手前のゴブリンをねらう。


焔翔矢フレイムヴェロス!」


 ひょろひょろ〜と矢の形をした炎がゴブリンへ向かい、すとんとその脳天に落ちた。その瞬間、緑色だったゴブリンの姿は黒いかすみへとへんじ、こずえを渡る風に吹かれてかき消えた。


 カラン、とかすかな音を立てて、木の根元に何かが落ちる。


「イーヴォさん、すごいっス! おいらもやるっス!」


 ニコが褒めたたえ、


「魔石だ! これ換金できる上、ギルドポイントも貯まるんだぜ!」


 イーヴォが嬉しそうに、妖しく輝く石を拾ってきた。


聞け、土の精センティ・ゲーノモス土塊つちくれよ、鋭きやいばとなりて――」


 つづいてニコが呪文を唱え始める。


「――愚かなる存在もの貫きたまえ! 壌塊斬エルデブレイド!」


 大地から現れた茶色いきりが、そこかしこに突っ立っていたゴブリンを下から串刺しにする。声を上げることもなく、ゴブリンたちは魔石になった。


 おかしいな。親父に聞いた話だとゴブリンは、すばしっこいし集団で襲ってくるし、初心者にとっては厄介なモンスターだという。


 だが目の前のゴブリンたちには俊敏さの欠片もないし、醜悪そうにも見えない。


 でも村人たちは家畜を襲われて困っていたから、ギルドに依頼したんだよな。情けをかけている場合じゃないんだろう。


 頭では分かっていても、やり場のない気持ちを吐き出したくて、俺は鎮魂歌レクイエムを歌った。


「――偉大なる優しき精霊王よ

 我らの願いに耳をお貸しください

 祈りの歌と共に彼らの魂を

 その御心みこころに受け入れてください――」


 苔むした木の根っこをまたいで森の奥に分け入るうち、大きなキノコの上で仰向けになって寝ているゴブリンや、七色の鱗粉を振りまいて飛ぶ蝶を見上げたまま動かないゴブリンに出くわした。イーヴォとニコが次から次へと、奴らを魔石に変えてゆく。


「――幾年いくとせも思い出がめぐるように

 雨が川となり海へかえるように

 今日天へのぼる魂がまたいつの日か

 この地に新たに息吹くよう――」


 森に息づく命をいつくしむように大切にうたつむぐ。答えるように七色の葉を付けた枝が揺れ、葉擦れの音を奏でた。


 鎮魂歌レクイエムが終わるころには、イーヴォとニコが腰に下げた革袋は、魔石ではち切れんばかりにふくらんでいた。


 *


 冒険者ギルドに戻ると、俺たちはカウンターの上にドンっと革袋を乗せた。長年蓄積された冒険者の手垢で黒ずんだ木のカウンターの向こうで、ねえちゃんが目を丸くしている。


「まさかこれ全部、魔石!?」


「そうだよ。俺たちゴブリン討伐に行ってきたんだから」


 俺がきょとんとして答えると、姉はもう一度訊いた。


「森のゴブリンを全滅させたってこと!?」





─ * ─




次回、主人公たちの冒険者パーティ「グレイトドラゴンズ」がランクアップ!

いよいよダンジョン「古代神殿」に行きますよ!

果たしてダンジョンも楽勝で切り抜けられるのか?

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