ⅴ、衝撃的な鑑定結果

「ジュキエーレ・アルジェント、ギフト<歌声魅了シンギングチャーム>―― レベル99!?」


 姉アンジェリカの声が跳ね上がった。高く澄んだ音色が、ギルドのざわめきを突き抜ける。


「<歌声魅了シンギングチャーム>レベル99ってすごいのか?」


 俺もカウンターに身を乗り出す。


「ええ、すごいといえばすごいわね」


 なぜか歯切れの悪い答えを返す姉。


「レベルっていくつまであんの?」


 俺の問いに答えたのはサムエレだった。


「99が最高ですよ。何も知らないんだな、君は」


 声をひそめて馬鹿にする後半の言葉はおそらく、すぐ近くにいる俺にしか聞こえなかっただろう。


歌声魅了シンギングチャームって何ができるんだ?」


「歌声で聴く者を魅了する、精神操作系スキルの一種ね」


 ギルド職員になって勉強したのか、姉が答えてくれた。


「しかしアンジェリカさん、歌声魅了シンギングチャームはセイレーン族の女性に発現するギフトではありませんでしたか?」


 サムエレが眼鏡の位置を直しながら訊いた。


「ええ、でも私たちはセイレーン族と竜人族のハーフだから――」


「ギャハハハ!」


 姉の言葉を馬鹿笑いがさえぎった。


「どこのチビかと思ったら、やっぱりお前じゃねえか、ジュキ!」


 ギルドに併設された酒場の方から歩いて来たのは、燃えるような赤髪を頂いた大柄な男と、


「イーヴォさん、シロヘビの化け物っスよ。退治しましょう」


 彼の子分ニコだった。


「ジュキちゃんは化け物じゃなくて天使よ。あんたの舌、引っこ抜いていい?」


 姉がにらむとニコはその場に凍りついた。


「ねえちゃん相変わらず強ぇな」


 苦笑する俺に、アンジェリカはぺろりと舌を出した。


「鑑定したら私、<威嚇ブラフ>っていう精神操作系ギフトを持ってたの」


 姉弟そろって精神操作系ギフトか。ま、母さんの遺伝だろうな。


「おいおいジュキ、お前まさか冒険者になるつもりじゃねえよな?」


 イーヴォがあざ笑いながら見下ろして来やがる。


「悪いか?」


 俺はまっすぐ見上げた。


「ギャハハハ! だってお前、歌って女を落とすギフト授かったんだろ?」


「その言い方やめてくれよ」


「バトルに使えねぇギフトを授かるたぁ、ひ弱なジュキちゃんにぴったりじゃねえか!」


 イーヴォはわざとらしく腹を抱えて笑った。


 そのあいだにサムエレは鑑定を終え、「サムエレ・ドーロ、ギフト<記憶メモリー>レベル60、推定平均魔力値28,500」と記された用紙を受け取っていた。


 すらりと長身のサムエレが手にした綿紙コットンペーパーを背伸びしてのぞきこんだ俺は、


「ねえちゃん、俺も推定平均魔力値っての知りたい」


「はいはい、そうね。すっかりレベル99にびっくりしちゃったわ。もう一度手をかざして――」


 俺が先ほどと同じように水晶玉に手のひらをかざすと、姉の顔がみるみるうちに蒼白になっていった。


「どうしたの?」


 俺の問いに、ねえちゃんは消え入りそうな声で答えた。


「推定平均魔力値、ゼロ」


 一瞬の間をおいて、イーヴォとニコが大爆笑を披露した。


「マジでゼロかよ!? ガキの頃から魔法が使えねえとは聞いてたがなぁ!?」


「そりゃ魔法も発動しないって!」


 俺は何も言い返さなかった。覚悟していた結果が突き付けられたのだ。やっぱり俺はどんなに努力しても無駄なのか―― 決して開けられない重い扉が、目の前でゆっくりと閉まっていくような気がした。


「ちょっと待ってください!」


 声をあげたのはサムエレだった。


「魔力量の少ない人族でさえ、ゼロはあり得ません。生まれたての赤ん坊ですら、なんらかの数値は検出されるはずです」


「そうなのよ」


 アンジェリカは綿紙コットンペーパーに視線を落としながら、


「亜人、人族、動物、魔物―― 値の大小はあっても生きている者はみな、魔力を帯びているわ」


 サムエレがしっかりとうなずいた。


「だからジュキエーレくんの場合、魔力自体は持っていても、何らかの理由で発動しないとしか考えられない」


「そうね。魔力値ゼロで生きられないっていうのは、空気がなければ生きられないみたいなものだもの」


「じゃ、この青白いのはもう死んでるってことか」


 イーヴォがニヤリと笑うとすかさずニコが、


「道理で顔色が悪いわけだ!」


 イーヴォの言葉を肯定する。


「死人になるのはあんたたちかもよ?」


 姉が鋭い視線を向けたので、二人は口をつぐんだ。


「ていうかそもそも、なんでここにいるんだよ?」


 俺の問いにも固まったままのイーヴォとニコ。代わりに姉が、


「二人とも五日前だったかしら? ここヴァーリエに着いたんだけど、回復役がいないからモンスター討伐依頼クエストを受けられないのよ」


「どういうこと?」


「ヴァーリエ冒険者ギルドでは新人冒険者の命を守るため、いくつか制限事項があるの」


 姉はマニュアルを丸暗記したかのような口調で説明を始めた。


「そのうちの一つが、一定期間のクエスト受注制限。回復役のいないパーティは、ダンジョンにもぐったり、瘴気の濃い魔物峠に行ったりできないのよ」


 サムエレがうなずき、


「ベテランになれば、その限りではないということですか」


「自己責任ね。ギルド側も管理しきれないし」


 姉の呪縛から解けたイーヴォが、


「ったくよ~」


 と、ぼやいた。


「俺様のギフト<火魔法フオーコ>レベル55と魔力量二万五千いくらってんなら、回復役がいなくたってモンスター討伐くらい受けられるのによぉ」


「イーヴォさんとおいらが、逃げた家畜を牧場に戻すクエスト受注してるなんて、あり得ないっスよね」


 ニコも口をそろえる。それでこいつら二人は昼間から酒場でたむろして、仲間探しをしてるってわけか。


「でもこの二人、態度だけはでかいでしょ?」


 姉が思いっきりイーヴォたちを指差す。


「新人には怖がられて、先輩冒険者には煙たがられて、人が寄り付かないの」


 まあ、そうだろうな。納得してうなずいていたらサムエレが、


「すると僕らが<記憶メモリー>と<歌声魅了シンギングチャーム>でパーティを組んでも、やっぱり大した依頼は受けられませんよね?」


「そうね。薬草採取のお仕事とか――」


「モンスターに遭遇しないやつか」


 がっくり肩を落とした俺をなぐさめるように、姉は手を振った。


「そうでもないわ。『青の沼地』は貴重な薬草の群生地だけど、ミニスライムが出るし」


 なんか地味……。


「宝地図片手にダンジョン探索したり、マジックソード構えて巨大なオーガに立ち向かっていく、とかじゃないのか」


 無表情になる俺を見て、姉は眉尻を下げた。


「ダンジョンの魔物もオーガも、体内に核となる魔石を持つモンスターでしょ? 彼らは魔力を動力とする存在だから、その流れを乱し断ち切る魔法での攻撃が一番効果的なの」


 ギルド職員らしく解説してくれる。魔法剣マジックソードに魔力を流せない俺に勝ち目はないってことか?


「モンスターって物理攻撃、効かないの?」


 腰に吊るした親父の剣に手を添える。


「低級モンスターなら何とか倒せる程度ね。でもジュキちゃんはギフト<剣技ソードテク>を持っているわけじゃないから難しいと思うわ」


 クソッ、歌ばっか歌ってねぇでもっと剣の修行に集中するんだった。


「現実が分かったところで帰りましょうか?」


 驚愕すべき発言に顔を上げると、サムエレが満面の笑みを浮かべていた。


「仕方ないじゃないですか」


 わざとらしく肩をすくめ、


「僕たちがパーティを組んでも、薬草採取くらいしかできないんですよ?」


 魔法が使えないって分かった以上、十年近くあたためてきた夢をあきらめて故郷に帰るか?


 いや、そんなことできない。俺はどうしても広い世界を見てみたい。


 それなら方法は一つしかない。


 俺は意を決して口を開いた。




 ─ * ─



ジュキエーレの決意とは?

次回『冒険者パーティ結成!』

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