二、剣の修行と旅立ち(9歳~)

ⅳ、親父に課された旅立ちの条件

 俺に剣の稽古をつけてくれるよう、親父は冒険者時代の仲間に頼んでくれた。それからの俺は、剣の稽古に励みつつ、息抜きに歌う日々。


「お前、歌ってる時間の方が長いんじゃねえか? ガハハハッ」


 二階の窓に腰かけて竪琴を爪弾いていたら、親父に笑われた。


 っるせー。俺にはご褒美が必要なんだよ。と思ったが言わないでおく。最近、親父がよく俺の剣術師匠の家に行き、建付けの悪い扉や吊戸棚を直しているのを知っていたから。きっと剣術稽古のお礼なんだろう。俺の夢を応援してくれる親父には頭が上がらない。


「ジュキちゃんには冒険者なんて野蛮な職業、向かないと思うわ」


 なんて言っていた母さんも、俺が真剣な姿勢を見せ続けると、だんだん止めなくなっていった。


 だが、姉アンジェリカだけは反対し続けた。


「ジュキちゃんがどうしても冒険者になるって言うなら、ねえちゃんとパーティ組みなさい!」


 姉同伴の冒険者生活なんて嫌すぎる!


「ジュキ、アンジェは父さんが説得してやる。だが十五になってすぐ旅立ちたいなら条件があるぞ」


 親父の仕事を手伝って、村で採れた山菜を下の漁村まで売りに行った帰り道、村の坂道を上りながら親父が言った。


「信頼できる年上の友人と村を出るんだ。最初のパーティはその友人と組んで、冒険者ギルドに登録するってぇのが条件」


 親父の言葉を聞くうち背中にかついだかごが、どんどん重く感じてきた。


 ヤバイ、ヤバイぞ。俺、友達いたっけ!?


 昨日は一人で竪琴を弾いて歌っていた。おとといはねえちゃんと山に木の実を取りに行った。一昨々日さきおとといは薬屋のばあちゃんちに招かれて一緒にジェラートを手作りし、近所のおばちゃんたちとパーティーした。その前は神父様のオルガン伴奏で聖歌を練習した――毎日楽しく過ごしていたが、冒険者になりそうな友人なんていねえ!


「ジュキ、心配するな」


 足元を見ながらひたすら坂道を登っていたら、親父が声をかけてきた。


「神父様に相談したら、甥っ子のサムエレくんに頼んでくれるって言ってたぞ」


「サムエレか……」


 選べる立場じゃないのは分かっているが、胃の辺りにもやもやと暗雲が立ち込める。


「なんだお前、サムエレくんと仲悪いのか?」


「いや、ほとんどしゃべったことねーし。つーかあいつ、俺があいさつしても無視するんだよな」


 眼鏡の奥から冷たい碧眼で、ちらりと俺を見やるあのまなざしを思い出して、背筋がぞくりとする。


「ハハハ、これから仲良くすりゃあいい」


 親父は大仰な笑い声をあげた。


「それにな、ジュキ」


 少し声の音量を落として、親父は真面目な顔になって続けた。


「サムエレは聖職者見習いで、回復魔法が得意なんだろ? 冒険者がパーティを組む際に回復役は外せねえ」


 日に焼けた横顔は頼もしい先輩冒険者らしくて、親父がかっこよく見えた。


「ジュキ、お前は剣士だろ、サムエレは聖魔法使い。あと一人攻撃魔法が使えるやつを探せば、最低限パーティを組めるぞ」


 まだ見ぬ仲間たちと結成する冒険者パーティを想像して、俺の胸は高鳴った。


 早く十五歳になりたい!




 そして待ちに待った十五歳の冬、


「ジュキちゃん、お誕生日おめでとう」


 声をかけてくれる近所の人たちに、


「俺、春になったら村を出て冒険者になるんだ!」


 嬉しくて言い回っていた。


「えぇっ、ジュキちゃんもう十五なの!?」


「そうだよ」


「あらぁ、まだちっちゃくてかわいいのに!」


 俺は無言で唇を突き出した。


 小さな村だから、ガキの頃からよーっく知られているのだ。俺はもう小さくもかわいくもねえってのに。あーあ、こんな息のつまるとこ、早く逃げ出してえ。




 ついに早春のある日、俺はサムエレと共に村を旅立つこととなった。精霊教会の鐘楼を隠す朝もやが、山全体をおおっている。


 俺の両親と、サムエレの叔父である神父様が、村の出口まで見送ってくれた。


 半年前、領都に働きに出たねえちゃんはいない。冬至の精霊祭には帰ってきたけれど、新年早々また仕事に戻っていった。


「きれいな嫁さん連れて帰ってこいよ!」


 酔ってもないのに親父が冗談を言って、俺の背中をバシバシと叩く。


「まあジュリアーナほどの美人なんて、レジェンダリア帝国じゅう探してもいねぇだろうがな」


 セイレーン族出身の母さんは確かに美人だし、声も綺麗だ。親父が自慢するのもうなずける。だが母さんは盛大にため息をついた。


「あなたその話はもういいから。ジュキちゃんにわたすものがあるんじゃないの?」


「おお、忘れるとこだった!」


 母さんにうながされた親父が、


「旅立つお前に餞別せんべつの品だ」


 と手渡したのは亜空間収納マジコサケット


「腰に巻いて使うのよ。背中側につけて上からマントを垂らしておけば防犯にもなるし、邪魔にもならないでしょ」


 母さんは俺の白いマントの下に亜空間収納マジコサケットを付けてくれた。


「ジュキちゃんの竪琴たてごとを入れてあるから」


 母さんのこのお節介がのちのち役に立つなんて、このときは思いもしなかった。


 神父様も穏やかな微笑を浮かべ、


「二人ともさまざまな種族の人に出会って、色んな経験を積んでくるのですよ。そして常に感謝の心を忘れないようにしなさい」


「うん、神父様!」

「はい、叔父様」


 俺たちは同時に返事をした。


 だがサムエレの顔に張り付いていた素直そうな笑顔は、木立の向こうに三人の姿が見えなくなると同時に消え失せた。


「いいかい、ジュキエーレくん」


 サファイアみてぇな瞳が眼鏡の奥で、底冷えするような光を放つ。


「気が済んだらすぐに帰るんだぞ?」 


「なんでだよ? あんた『水の大陸』中を冒険したくねぇの?」


 歩き慣れた山道を下りながら、俺はまじまじとサムエレの顔を見つめた。


「冒険なんてとんでもない! 僕は汗をかくのが嫌いなんだ」


 ああ、だから教会の中庭を掃除するときいつも、不服そうな顔をしていたのか。聖歌の練習を終えた俺が声をかけても舌打ちしてきやがったのは、俺が涼しい教会の中にいたからかな?


「じゃあサムエレ、なんで俺の旅についてくるなんて了承したんだ?」


「叔父さんが、君のおりをして村の外を見てくることが、僕を正式な聖職者に任命するための試練だって言うからさ」


「神父様はおりなんて言わなかっただろ?」


 嫌な言い方にカチンときて問いつめる。あの優しい神父様が、そんな言葉を使うはずはない。


「ククク、どうだろうね?」


 サムエレは意地の悪い笑みを浮かべた。


 ああ嫌だ、こいつと領都まで四とき余り、顔を突き合わせていなきゃならないなんて。冒険者ギルドで早々にほかの聖魔法使いを探さなくちゃ。


 俺たち竜人族の村がある低い山を下りると、セイレーン族の漁村が広がっている。パステルカラーに塗り分けられた家々の壁が、朝日にまぶしい。


 波音を聞きながら、潮風に強い低木や松が立ち並ぶ海沿いの街道を歩き続ける。時おり荷馬車が土ぼこりを上げて、俺たちの横をすり抜けていった。




 午後の日が傾き始めたころ、俺たちは商店が軒を連ねるにぎやかな領都ヴァーリエの冒険者ギルドに着いた。


「ヴァーリエへようこそ。人が多くてびっくりしたでしょ?」


 カウンターごしに笑顔を向けたのは、プロポーション抜群の受付嬢。紫がかった銀髪を高い位置で一つにまとめ、母さんゆずりの美貌が輝く――って、


「ねえちゃん!? 領都で働くって言って家を出たのに――」


「だから言った通り領都で働いてるじゃない」


 そう、ギルドの受付に立っていたのは姉アンジェリカだった。


 登録料を支払って一通り手続きを済ますと、姉はカウンターの下から水晶を取り出した。


「それじゃあギフト鑑定と魔力値の測定をしましょう。手をかざして」


 言われた通り水晶に片手をかざす。かすかな熱を感じるだけで、何も変わったところはない。


「ジュキエーレ・アルジェント、ギフト<歌声魅了シンギングチャーム>――」


 姉はブツブツとつぶやきながら、水晶に浮かんだ古代文字を羽ペンで綿紙コットンペーパーに書き写していく。


「レベル―― えっ、すごいわ!」


 姉が水晶に浮かんだ文字を二度見した。





 ─ * ─




ジュキのギフト<歌声魅了シンギングチャーム>のレベルは?

ギフト<歌声魅了シンギングチャーム>でジュキは無双できるのか、それとも?


次回は魔力も鑑定します。

いまだ魔法が使えないジュキの魔力値はどうなっているのか?

次回『衝撃的な鑑定結果』よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る