ⅲ、ギフト【歌声魅了】が芽生えた日

「ようこそ。小さなお客さん」


 ひんやりとした聖堂の中で、一人音楽を聴いていたぼくに気付いた神父様は、演奏をやめると立ち上がってぼくを見下ろした。オルガンの椅子は中二階みたいなところにあった。


「坊やも弾いてみるかい?」


 神父様は女の子の格好をさせられたぼくを、坊やと呼んでくれた。ぼくはうれしくて、笑顔をおさえられない。


「いいの!?」


 心にもう一度、明かりが灯ったような気がした。


 古くて大きなパイプオルガンの左右には、たくさんボタンやレバーが並んでいて、操作するたび音色が変わるのだ。鍵盤を押すと荘重な音が石造りの壁に響きわたる。


 パイプオルガンに夢中になったぼくは、教会に入り浸るようになった。神父様は音楽だけじゃなく、読み書きや精霊教会の神話についても教えてくれた。


「むかーし昔、世界にまだ何もなかったころ、空から四大精霊王が降りてきました。彼らはそれぞれ空気、水、土、火を作り出し、そこから命が生まれたのです。我々竜人族は、水をつかさどる竜の精霊王の子孫なんだよ。さあ、命の源となった精霊王たちに祈りを捧げよう」


 ぼくは手を合わせてちょっと目をつむってから、


「ねえ、しんぷさま。きょうもオルガンさわっていい?」


「もちろん。ふいごに風魔法をかけるから少し待っていなさい」


 オルガンの立ち並んだパイプに空気を送るため、神父様はいつでも風魔法を使ってくれた。


 ある日ぼくが右手だけでオルガンを弾きながら旋律を口ずさんでいると、立ち並ぶパイプの下で神父様が茫然ぼうぜんとたたずんでいるのに気が付いた。


「どうしたの?」


 演奏を中断して顔をあげると、


「ジュキエーレ、君の歌声はなんて美しいんだ」


 熱に浮かされたようにつぶやいた神父様の灰色の瞳から、透明な涙がこぼれ落ちた。


「ジュキの歌声が、美しい……?」


 神父様の言葉を口の中で繰り返したとき、心にぱっと花が咲いた。村の高台から見える、陽射しに輝く海みたいにキラキラした気持ちになった。


 みんなから先祖返りだと期待されているのに魔法も使えない、ほかの子供たちより身体が小さくて弱くて友だちもできない、そんなぼくに初めて「価値のあるところ」が見つかったのだ。


 それからぼくは毎日聖堂に通って、神父様から聖歌を習った。


 歌うことが体質に合っていたのか、それとも六歳になったからか、ぼくは前ほど寝込まなくなった。




 二年後―― 冬至の精霊祭の日、八歳になったぼくは教会に集まった村人たちのために歌った。


「――耳を傾けなさい、心をひらきなさい、我が子供たちよ。

 風の音を聞き、水の流れに身をゆだね、

 大地の鼓動にふれ、炎の中に真実を見よ――」


 冬の精霊教会は一際ひときわ冷える。凛と張り詰めた空気にぼくの高い声が放たれて、丸天井クーポラへと浮かんでゆく。


「――私たちの敬愛する精霊王、私たちはいつも『はい』と答えます。

 あなたの声を聞き、あなたの言葉に身をゆだね、

 あなたの美しさにふれ、共に真実に生きます――」


 教会の響きが手伝ってくれるおかげで、細いぼくの声がやわらかく広がるんだ。


「――私たちをお守りください精霊王、

 私たちはあなたのために歌います――」


 神父様がいつも、透き通った歌声だと褒めてくださる高い声が、丸天井クーポラを突き抜けて空の上まで登って行くみたい。冬の凍てつく星々と一緒に、きらきらまたたいて聞こえる。


「あなたのために祈ります。

 あなたのために生きて眠ります。

 最後の瞬間ときまで――」


 心をこめて大切にしめくくると、村の人たちみんなが拍手で答えてくれた。


「ジュキちゃんの声は、なんと澄んで美しいのだろう――」


「心を満たす歌声だ」


恍惚こうこつとして何も考えられなくなる――」


 みんなぼくの歌を気に入ってくれたみたいで、ほっとした。だがそのとき、聖堂のはしからあざ笑うイーヴォの声が聞こえてきたのだ。


「けっ、女みてぇに高い声で歌いやがって、かっこわりぃ!」


「こらっ、イーヴォ! よしなさい!」


 周りの大人たちが慌てて止める中、イーヴォは声変わりの始まった変な裏声でぼくの歌を真似した。


「みーみーうぉぉぉか~たむけぇなさ~~いぃ」


「馬鹿か、お前は!」


 イーヴォの親父さんが息子の耳を引っ張って聖堂の外に連れて行った。


 ぼくは唇をかんで悔し涙をこらえていた。きっとぼくの白い顔はいつもと違って朱に染まっていただろう。でも幸い、ぼくの立つ聖歌隊席は聖堂の床より高いから、きっと誰にも見えない……


 せっかくみんなに喜んでもらえるものが見つかったのに。


 この二年間、ずっと歌うことに打ち込んできたのに。


 許せない。


 でもこんなふうに馬鹿にされるのは、自分が弱いからじゃないか?


 もしあいつより強かったら、この歌声が笑われることもなかったのでは?


 そうだ、強くならなきゃ。ぼくは――、いや、俺は父ちゃんみたいな強い男になるんだ!!




 その次の日から俺は、以前ほど足しげく精霊教会に通わなくなった。


 春になるころ、何を勘違いしたのか両親が、小さな竪琴をプレゼントしてくれた。


「お前のかっこいい先祖返りした手でも、こいつなら弾きやすいだろ?」


 贈った側の親父が、俺より満足そうな顔をしている。


 指の間に薄い膜が張った俺の手では、鍵盤楽器が弾きにくかったのは事実だけれど。


 高い声を嘲笑されて傷付いたとはいえ、歌うと生きていることを確かめられた。だから俺は一人、村の高台へ行って竪琴だけを友に弾き歌うようになった。




「ジュキは歌に関する<ギフト>を授かってるんじゃねぇか?」


 夏の夕食時、親父が豆と夏野菜の冷製スープを口に運びながら言い出した。暑い季節はいつも、うちの家族は親父が木材を手に入れて屋根の上に作ったテラスで食事を取っていた。


「ギフト?」


 俺が首をかしげると、 


「ギフトっていうのはね――」


 母さんが聞く者の心を癒すような落ち着いた声で教えてくれた。


「――生まれながらの才能や、小さいころに身につけた能力のことよ。私たち帝国の民はみんな、一つか二つ――時には三つギフトを持っているの」


「魔法のこと!?」


 早く魔法を使えるようになりたくて、俺は声を高くして身を乗り出した。


「ちょっと違うわね。発動するのに魔力が必要なギフトもあるけれど、魔法と関係ないものも多いのよ」


 なぁんだ。つまんないの。


「ギフトってどうやったら分かるの?」


 俺よりねえちゃんが興味を持って尋ねると、親父が説明を始めた。


「領都にある冒険者ギルドに登録すると調べてくれるんだ。この村にゃぁギフトや魔力を鑑定する水晶がないからな」


「魔力!?」


 聞き捨てならない言葉に俺は顔を上げた。


「そうだぞ。父さんだってギルドに登録したときに調べてもらったんだ。それから幼馴染たちと組んだパーティで帝国中を旅したのさ」


「俺も絶対こんな小さな村飛び出して、強い冒険者になるんだ!」


「よくぞ言った!」


 親父が大きな声で褒めてくれた。


「ジュキ、お前はちょっと成長が遅いだけだ。ギルドに登録できるのは十五歳から。その頃には父ちゃんみたいに強い竜人になってるさ」


 親父の言葉は俺の胸を期待でいっぱいにした。


「お前に父ちゃんが使ってた魔法剣マジックソードをゆずってやろう!」


「やったー!」


 俺は手の中のパンを放り投げて飛び上がった。


「明日から剣の修行する!」


「偉いぞ、ジュキ!」


 親父は目を細めて、俺の癖っ毛をガシガシと力強くなでた。


 日よけのため頭上に張った帆布はんぷが、風に吹かれてバタバタと音を立てる。陸から海へと帰っていく風に導かれるように、俺は赤茶けた瓦屋根が連なるその向こう――夕日にきらめく海を見つめた。


 俺は、広い世界と自由な冒険に胸を躍らせていた。






 ─ * ─




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