ⅱ、ジュキエーレ出生の秘密

「ジュキちゃんはね、先祖返りっていって特別な姿で生まれたの!」


 ねえちゃんがぼくのワンピースの裾を直しながら、自慢げに話した。


「せんぞがえり?」


 初めて聞く言葉だ。父ちゃんとねえちゃんにはさまれて、色褪せたソファに座ったぼくは、首をかしげた。


「俺たち竜人族の祖先はドラゴンなんだ」


 父ちゃんの説明に、ぼくはこくんとうなずく。その話は知ってるよ。


「父ちゃんの遠いご先祖様はホワイトドラゴンだって言われてる」


 うん。村の人たちはみんなそれぞれ、うちはレッドドラゴンだ、うちはナントカドラゴンだって自慢げに話してるもんね。


「ジュキは先祖返りといって、ホワイトドラゴンの特徴が強く現れたんだよ」


「それっていいことなの?」


 みんなと同じ姿に生まれたかったよ……


「いいことに決まってるじゃない!」


 ねえちゃんが大きな声を出す。


「外見だけなんてことはないはずよ! 大きくなったら、きっと強ーい魔法が使えるようになるわ!」


 ねえちゃんの言葉に、ぼくの胸が高鳴る。


「だって、ジュキちゃん知ってる? ホワイトドラゴンはドラゴンの中でも水の精霊王って呼ばれる存在で、特にすごいんだから!」


 早口でまくし立てるねえちゃんの話は難しくて、ぼくには半分くらいしか分からない。


「あのね、ジュキちゃん」


 すぐ横のキッチンで大きなお鍋をかけ回していた母ちゃんが振り返った。


「先祖返りはとってもおめでたいことなの。ジュキちゃんが生まれた日には、村のみんながお祝いしてくれたわ。次の日には旅の聖女様が村にいらっしゃって、ジュキちゃんを守る石をさずけて下さったのよ」


「これよ!」


「きゃっ」


 ねえちゃんが勢いよくワンピースをめくりあげたので、ぼくは小さな悲鳴をもらした。


「この変なの……」


 ぼくは猫ちゃんみたいな爪で、七色に光る冷たい石を小さくたたいた。


「変じゃないわよ! 聖石せいせきって言うんだって!」


 ねえちゃんが楽しそうだから、ぼくは黙っていた。どうしてか分からないけれど、この石を見ると嫌な感じがするんだ。とっても不安になるの。


「ありがたいものなのよ」


 母ちゃんもほほ笑んでいるし、この石が怖いなんて言えないもん……


「そうだぞ、ジュキ。人族の聖女様がわざわざこんな辺境の――彼らが亜人領なんて呼んでる地域まで来たんだ」


 ヘンキョウ? よく分からなかったけど、ぼくは何か引っかかった。


「聖女さん、人族なんだ……」


 ぼくのつぶやきは、楽しげに笑いあうみんなの声にかき消された。




 三日後の朝、ぼくはねえちゃんに手を引かれて手習い師匠さんのおうちへ行った。


 坂道ですれ違う村の人たちが口々に、


「まあ、かわいらしいお嬢さん!」


「ジュキちゃん、お姫様みたいよ」


「すっかり美人姉妹ね!」


 と声をかける。ぼくはなんて答えたらいいか分からなくて、足元の石畳ばかり見ながら一心に歩いた。


 嬉しそうに手を振っていたねえちゃんが、


「ジュキちゃんが健康上の理由で女の子の格好をしてるってことは、ちゃんとお師匠さんに伝えてあるから、安心してね」


 優しく背中をたたいて、坂の途中にある一軒のおうちの前で立ち止まった。


「じゃ、私は魔法の先生のところに行くから、がんばるのよ」


 ねえちゃんの背中が坂道を上って遠ざかっていく。村は丘の上にあったから、すべての道が坂道だった。


 ぼくは手習いの先生のおうちを見上げた。玄関をトントンってすればいいのかな。


 深呼吸したとき、坂の下から二人の男子が大股で歩いてきた。


「お、誰かと思ったらシロヘビのばけもんじゃねーか!」


 あ! あの赤い髪の怖い子!


 ぼくは震えあがって、思わず後ずさりした。


「なんで女の格好してるんだよ? え?」


 どうして怒鳴るの? ぼくは震える手で、斜めがけした革鞄のたすきをにぎりしめた。


「イーヴォさん、こいつバケモノのくせにワンピースなんか着て、髪むすんで気持ち悪いっスよ」


 このあいだも一緒にいた黒髪の子がぼくをにらむ。ぼくは大きく息を吸うと、言い返した。


「ぼくはバケモノじゃない! 先祖返りだもん!」


 父ちゃんも母ちゃんも褒めてくれたんだ!


「ギャハハハハ!」


 なぜか赤い髪のイーヴォとかいうやつが、ふんぞり返って笑った。


「親父から聞いたぜ。お前、先祖返りのくせに魔法も使えないんだってな?」


「だってぼくまだ五歳だもん」


「『だってぼくまだ五歳だもん』だとよ! ヒャハハ!」


 黒髪が変な高い声を作ってぼくのまねをした。腹立つ。


「俺様はなあ」


 イーヴォがずいっと、ぼくにおおいかぶさってきた。汗臭い。


「五歳ん時にゃあ親父の工房で火を起こしてたぜ?」


「イーヴォさんは火魔法が得意なんだぜ」


 黒髪が解説してから、


「おいらだって土魔法で父ちゃんの畑仕事、手伝ってたもんな!」


 と言いつのった。


 そういえばねえちゃんも、ぼくが物心ついたときからずっと魔法が使えるんだ。


 もしかして魔法が使えないのは、ぼくだけなの!?


「せっかく先祖返りしてたって外見だけじゃなあ?」


「役立たず!」


 イーヴォと黒髪がはやし立てる。


「外見だけモンスター、実力は人族以下! ギャハハハハ」


「ヒャハハハ!」


 二人の笑い声がぼくを追い立てる。


 たまらず、くるりと背を向けると、ぼくはもと来た道を駆け出した。


 石畳の坂道を上っていると、ねえちゃんが勉強している魔法の先生のおうちが見えてきた。だけどぼくには関係ない。ぼくは魔法が使えないから、きっとあそこに通うことはないんだ。


 見ないようにして走り抜ける。


 そのうち、ぼくの家が見えてきた。二階のバルコニーで母ちゃんが、風魔法を使って洗濯物をかわかしている。みんな当たり前のように魔法を使っているのに、ぼくだけできない。


 子供たちはみんなお外で遊んでるのに、ぼくだけいっつも熱を出しておうちの中。


 どうしてぼくだけ何もできないの?


 坂道を走り続けていたら胸が苦しくなって、ぼくはこのまま消えちゃえばいいのに、と思った。


 立ち止まると、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔に風が冷たい。


 気が付くと村のほとんど頂上まで来ていた。


「海の見える高台に行こう」


 家には戻りたくないし、イーヴォたちのいる手習い師匠の家には近付きたくない。


 重い足を無理やり動かしていたとき、風に乗ってどこからともなく音楽が聞こえてきた。


「パイプオルガンだ」


 子供の頃から教会に行くたび耳にしていたはずなのに、今はなぜか胸の奥にしみとおっていく。


 たおやかな旋律に導かれて、ぼくは村のてっぺんにある精霊教会をのぞいた。


「ようこそ。小さなお客さん」


 ひんやりとした聖堂の中で、一人音楽を聴いていたぼくに気付いた神父様は、演奏をやめると立ち上がってぼくを見下ろした。





 ─ * ─




次回『ギフト【歌声魅了】が芽生えた日』です。


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