72★俺様がモンスターを倒してやんよ!【イーヴォ視点】
「あの扉の向こうに違ぇねえ!」
「待ってくださいよ、イーヴォさん」
俺様は建物内をやみくもに走り回って、目的地にたどりついた。どんなもんでぃ! 俺様はなんだって出来るのさ!
「人がたくさんいますよ」
足を止めた俺様の背中に、ニコが見れば分かることを報告した。
目の前に並んだベンチには隙間なく人が座っている。左右の壁にはこまかく仕切られた部屋が積み重なり、貴族どもが顔をのぞかせていた。
舞台上でフットライトに照らされて対峙するのは、獣頭二つに女の首を持った怪物と――
「ジュリアちゃん!?」
俺様はふいにその名を口走っていた。間違いねえ。光の粒をまとったかのような銀髪、華奢な体つき、雪のように白い肌――そういやクロリンダが言ってたな、ジュリアちゃんがオペラデビューするとか。マジだったのか!
「ジュリアちゃんって言うのか、あの歌姫」
一番うしろの客が俺様を振り返った。
「そうだぜ、俺様の恋人だ」
「嘘つけ。皇后様のお気に入りなんだ。お前みたいな庶民に手が届くわけねえ」
うっ、やっぱりクロリンダの言葉は妄想じゃなかったのか!?
俺様がショックを受けていると、舞台上に置かれた鉄扉が開いてクロリンダ本人が出てきた。
ほかの客が俺様を指差して、
「でもこの男、竜人族だろ? 歌姫ちゃんも亜人族みてぇだから昔の恋人かも知れないぜ」
となりの客に話しかける。
ジュリアちゃんは人族のはずじゃあ? 彼女について無知をさらしたくない俺様が黙っていると、
「でも竜人族にあんな肌の白い
「歌姫ちゃん、なんの亜人なんだろ? 綺麗だよなあ」
だが客どもののん気な会話は、魔獣から生えた女の首が不気味な笑い声を上げたことで途絶えた。
「アハハハハ!
「しゃべるのか? あのモンスター」
俺様のひとりごとに、
「ハハハ、あんちゃん、オペラを観るのは初めてか? あの魔物は中に人が入ってるんだよ」
観客が振り返って説明するうしろ――舞台の上で獣頭の一つが炎を吐き、自らの身体を包んだ。毛皮の焼けるにおいだろうか? 脂が焦げるような嫌なにおいが漂ってくる。
「火ぃ吐いてるじゃねえか」
俺様が反論すると客どもは口々に、
「あれは魔法だぜ、あんちゃん。中に火魔法を使える演者が入って、口の位置から手を出して魔法弾を発射するんだ」
「だから今回はいつもより衛兵が多いんだろ。演出で火を使うから、火事になったら大変だもんな」
舞台上の魔物は、パチパチと何かがはぜるような音を切り裂いて、
「ウォオォォォ!」
天を仰いで咆哮した。
さっきまで凍りついて見えた頭も、薄い炎の中で動き出す。
馬鹿な観客どもは手を叩いて、
「いいぞー!」
「かっけー」
「迫力満点だ!」
などと喜んでいやがる。
俺様はあれが着ぐるみだなんて信じねえ。どう見てもモンスターだ。
「行くぞ、ニコ。あいつを倒して手柄を独占するんだ!」
うろたえるニコの手首をつかんで、壁に並ぶボックス席のほうへ引っ張る。モンスターがいる舞台に近付くには、ボックス席の前を行くしかねえ。居並ぶ衛兵や顔見知りの魔法騎士団の連中に、手柄は渡さねえぞ!
近付くと、師団長が命令を出しているのが聞こえてきた。
「魔獣は左前脚と頭をひとつ失ったうえ、いったん臓器が凍ったせいで動きがにぶくなっている。証拠品として確実に縛り上げろ!」
証拠品? なんの話だ? とりあえず倒せばいいんだろ。
師団長は魔物だと言っているのに客は人形だと信じている。なんだかよく分かんねえ状況だが、まあいい。俺様が活躍するのに支障はねえ。
魔法騎士団の奴らが口々に呪文を唱えだした。
「
騎士団の奴らが放つ殺気に気付いたのか、モンスターは舞台から客席に飛び降りた。
「我が前にあるもの
魔法騎士団の声がそろう。
「「「
ヒュンヒュンとあちこちで風がうなり、風魔法が
しかし――
「ゴオォォォ!」
獣の口から炎の縄が放たれて、風の鞭をそらしてしまう。
「消火しろ!」
師団長の命令に従って、
「「「
水魔法使いの声が重なり火球を包み込む。
「氷使い、前へ!」
師団長のかけ声ひとつ、今度は消火班のうち何名かが飛び出していき、
「「「
氷の結晶が連なったかのような鎖を出して、モンスターを縛ろうとする。
しかしそのほとんどが炎に溶かされ、体表まで至ったものも黒い体毛に触れた途端、蒸発してしまった。
「水魔法使い、それから雷使い!」
また師団長が声をあげる。それだけで訓練された兵士には作戦が伝わるらしい。
「「
まず水魔法使いが二人、モンスターに大量の水をぶっかけるも、
シュワーッ
たちまち蒸発してしまう。
「くっ、だめか!」
師団長が唇をかんだ。濡らして雷を落とす作戦だったらしい。
モンスターが炎を吐くたびに水魔法使いが防ぎ、衛兵たちも盾で身を守っている。誰も攻撃を受けていないが、だからといってモンスターにダメージを与えることもできない。
この
「みんな、目を閉じるんだ! 俺様に任せろ!」
頭に巻いたバンダナをつかみ取って、俺様は呪文を唱える。
「
俺様の頭から至近距離の太陽みたいな光があふれ、劇場中に広がった。
「「「うわっ」」」
「グワァッ!」
人間もモンスターもいっせいに叫び声を上げ、動きを止める。
「さあ、縛れ!」
俺様の号令一下、兵士どもが――動かない!?
「イーヴォさん、全員目がくらんでますよ」
ニコがサングラスの位置を直しながら言いやがる。
「目ぇつぶれって言ったろ!?」
「それどころじゃないっス! あのモンスター、やみくもに炎吐こうとしてるっス!」
モンスターから生えた二本の獣頭は、あっちこっちに炎をまき散らそうと首を振りやがる。
「火事になったら大変っス!」
ニコの言う通りだ。
「
俺様は対抗炎術を発射した。敵の炎にこっちの炎をぶつけて向きを変えることで、攻撃を相手に戻す術だ。
だが獣頭は二つある。
「ニコ!」
叱責を飛ばすと、
「
小石をたくさん飛ばして、モンスターの目と口をふさいだ。
やるじゃねえかと思ったのも束の間、怒ったモンスターがニコの前に飛んできた!
ドン!
太い前脚がニコの身体を跳ね飛ばす。
背中から壁に激突して、ニコは気を失った。
残った一頭がまた火を吐こうと口を開ける。
やべっ、呪文詠唱が間に合わねえ!
必死で詠唱する俺の耳に、
「俺が行くしかねえな」
どこか遠くでジュキのガキみてぇな声が聞こえた気がした。
「グオォォォ!」
どでかい炎が俺様に迫る! 間に合わない!?
「
対抗術を完成させたとき、視界の隅に天使が見えた。
「ジュリアちゃん!?」
散らしきれなかった炎に呑まれる寸前、背に真っ白な翼をつけた彼女が波打つ銀髪をふわりとゆらし、その手に氷の剣を構えて飛来するのが見えた。
彼女が氷の剣を振り下ろすのと、炎に包まれた俺様の意識が途絶えたのは、ほぼ同時だった。
─ * ─
イーヴォを助けてくれた天使の美少女は誰?
次回『奏楽の天使がつるぎを手にする時』です!
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