61★聖剣被害者の会、ここに結成?
「ななななんでお前がここに! クロリンダ!」
目をむくイーヴォが視界に入らないのか、クロリンダは変わらぬ口調で、
「アタクシ五年くらい前、帝都にいたのよ。一度だけ宮殿の夜会に参加したわ。そのとき遠巻きに皇后様をちらっとお見かけしたの」
訊かれてもいない話を披露する。広間から聞こえる歌声に癒されたのか、クロリンダはずいぶん落ち着いていた。
「へえ……」
ゆっくり後ずさろうとするイーヴォの手が、じりじりと手すりの上をすべってゆくも、
「ねえ、二人で音楽を聴けるなんてロマンチックね」
クロリンダのすべすべとした手が重ねられた。
「ウゴッ!?」
妹以外の女性と手をつないだことのないイーヴォは、目玉が飛び出さんばかりの驚きよう。
「きっとあの歌手、アタクシたちがここに来ることを分かっていて、歌うよう命じられていたんだわ」
クロリンダの、理屈が通らない妄想はいつも通り。だがイーヴォは気にせず、引っかかっていることを尋ねた。
「俺様なぜかこの声に聞き覚えあんだけどよ、どこで耳にしたのか思い出せねえんだ」
「ジュリ――なんていったかしらね。エドがアタクシのためにひらいてくれたお茶会でも歌っていたわ。皇后様お気に入りの歌姫で、エドによると今度オペラで主演を務めるんですって」
「そんな
もう一度サロンに視線を戻したとき、曲がちょうど間奏に差し掛かったのか、銀髪の歌姫が窓際に立った。風にはためくカーテンに手を伸ばして室内に引き入れ、金糸の房がついたタッセルで留める。
イーヴォの野生動物並みの視力が役立った。書物が嫌いな彼は乱視どころか近視すら縁がないのだ。
「ジュリアちゃんだ、俺様の!」
白磁の頬に残るあどけなさ、ツインテールに結ったきらめく銀髪、少しきつめの目元――間違えるはずはない。
「俺様の、ですって?」
クロリンダは怒り出す代わりに眉尻を下げた。
「お可哀想だけどあきらめなさい。あの
「えっ」
予想もしない情報に、イーヴォのまなざしは向こうのサロンに釘付けになる。こちらに気付いたらしい銀髪の少女が怪訝な顔で立ち尽くし、ハープのうしろから立ち上がった皇后が、少女の両肩に優しく手を置いたからだ。
「わわわっ、キスだと!?」
イーヴォの見ている目の前で、皇后は少女のうなじにそっと唇を近づけた。途端、何に動揺したのかレモネッラ嬢の演奏が止まった。
皇后が振り返って何か言うと、音楽は再び流れ出す。
「とんでもねぇな、貴族って」
「しっ、不敬にあたるわ」
クロリンダが人差し指を立てて、自身の唇に当てた。
「でも皇后様がそっちだっていうのは、結構有名な噂よ」
「そんなぁ」
イーヴォは情けない声を出した。
「純粋だったあの
「恋とは思うようにならないものよ」
大人びた口調でさとすクロリンダに、
「なんでい、知ったような口ききやがって」
「アタクシだってエドモン殿下に恋焦がれる身ですもの。だけどあの方には、すでに婚約者がいらっしゃるのよ」
「チッ、権力たぁ厄介なもんだぜ」
イーヴォが自由になる片手で鼻の下をこすったとき、一陣の風が吹きつけた。上階の鎧戸が風に押されてきしむ音と、
「キャー!」
クロリンダの悲鳴が重なった。
「おおっと!」
イーヴォは伸びあがって風に舞うスカーフをつかんだ。
「ほら、お前さんの――」
振り返ったイーヴォは絶句した。
「み、見ないでくださいましっ!」
イーヴォの手からスカーフをひったくり、頭に巻くクロリンダ。
「どうしたんでぃ、その頭」
「嫌よ嫌よ、忘れてちょうだい!」
泣き出すクロリンダに、
「まさかおめぇも聖剣とやらに、やられたんか?」
うつむいてスカーフを結んでいたクロリンダは、ハッとして顔をあげた。
「――どうして分かるの?」
「俺様も同じだからさ」
言うなりイーヴォは、気取った仕草でバンダナをはずした。現れた輝かしい頭皮に、クロリンダは頬に涙の跡を残したまま笑い出した。
「ホホホホホ!」
「失礼なやつだな」
当然イーヴォは憤慨する。
「ごめんなさいませ! でもおかしくて!」
「おめえの髪型だっておかしいぞ」
「そうですわね! ホホホホホ」
よほどツボに入ったのか、クロリンダはおなかを押さえて笑い続けている。
「でもなんだ、おめえのは放っときゃぁまた伸びんだからいいじゃねえか」
「その通りですわ! ホホホホホ」
笑い転げたクロリンダは目じりの涙をぬいぐいながら、
「なんだかあなたと話していると、アタクシの悩みがちっぽけなことに思えてきますの!」
「そいつぁよかったじゃねえか。だがおめえ、俺様の頭は必殺技を繰り出すためにこうなったんだ」
イーヴォはバンダナを腰のベルトにはさむと、
「目ぇつむってろよ。めちゃくちゃまぶしいからな」
それっぽい印を結んだ。
「
「キャッ、何が起こりましたの? 目を閉じていても分かりますわ! すごい光量ですこと!」
「だろ? こいつが俺様の力さ!」
イーヴォは自信満々、両手を広げた。
宮殿の窓という窓がひらいて、二階の空中回廊を見下ろしている。突然宮殿内で強烈な光が発生したのだ。一体何事かと皆、不安げな表情をしている。
「ギャーハッハッハ! 見たか、者ども! 光魔法を操る栄光の
イーヴォは宮殿の真ん中で大声を出した。
「なんて大胆な方……!」
聖剣の被害者同士、他人とは思えぬクロリンダの鼓動が早くなる。自分と同じ目に遭いながら――いや、もっとひどい目に遭っていながら、どこまでも前向きな方……!
「俺様はイーヴォ・ロッシ! 世界に名を刻む男だ!!」
「ああっ、アタクシが救う世界に、あなた様が名前を刻まれるのねっ!」
サロンの音楽がやんで、窓から銀髪の少女が顔をのぞかせた。その形の良い眉は明らかに、ひそめられている。
「あぁっ、ジュリアちゃぁぁぁん!!」
イーヴォは手すりから身を乗り出して、ブンブンと手を振った。
「フン、何よ! あの小娘は皇后様と
クロリンダは目をつり上げると、両手でスカートのすそを持ち上げ足早に宮殿の中へと戻って行った。
─ * ─
次回『計画始動』
ついにオペラ公演当日の物語となります。
運命の瞬間は刻一刻と近付いているようです。
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