59、舞台衣装を試着した俺、またかわいくなっちゃうの!?

「ちょっと待って! 俺の役、男だろ!?」


 ついに俺もイケメンになって帝都中の女性を魅了できるかもって期待してたのに、ワンピースなんて着せられたら変人として後ろ指さされるだけじゃんか!


「あれ? 聞いていないんですか?」


 衣装係のおばちゃんが、わざとらしく驚いた顔をする。


「途中でお召し替えがあるんですよ」


「初耳なんだけど」


 不機嫌な声を出す俺。せっかくの帝都デビューが性別不明に終わるなんて悲しすぎる! 俺は健全な十六歳男子。普通に女性からモテたいんだよっ!!


「では説明しましょう」


 おばちゃんは俺の葛藤を置き去りにして事務的に答えた。


「オルフェオの初登場は第一幕第一場の最後。ここでは古代風の衣装――膝上丈のキトンを着ていただきます」


 皇后様が手描きして見せてくれたような衣装だろう。


「第二場では舞台上に残って、愛の神のアリアを聴きますね。『お前が少女の姿となって歌えば、嘆きの川の渡し守も舟に乗せてくれるだろう』とかいう内容の」


「はっ!? 聞いてないんだけど!?」


 なんだよ「お前が少女の姿となって」って!


「そうですか。台本が改訂されたのでは?」


 淡々と返された。


 俺たちが演じるのは、前シーズンにノルディア大公国でかかったオペラ台本を皇后様の指示で改訂したものだ。彼女の趣味一つでいかようにも内容が変わるという、恐ろしい代物しろものである。


「そのあとの第三場が、俺の初めて歌うシーンだろ」


 俺は疲れた声で確認した。


 このあいだテラスで歌った『君の笑い声は消えてしまった』という綺麗な曲だ。


「そこまではそのキトンとかいう服だよな」


「そうです。第三場で歌った後、けるでしょう?」


 オペラではどうやら、アリアを歌ったら拍手をもらって舞台袖に引っ込む習慣があるらしい。


けたらすぐ、第四場のバスのアリアのあいだに着替えるんですよ。それで第五場は女の子の恰好で出てきて、客をあっと言わせる寸法です」


「女装して『悲しみ? 苦しみ? それこそ今の僕を表す言葉』って歌うの? そりゃ臨場感たっぷりだなあ!」


 思いっきり皮肉を言うと、


「よかったですね」


 さらっと流された。このおばちゃん、オペラの台本を頭に叩き込んでいるあたり、ただの衣装係とは思えない。海千山千な歌手たちと渡り合ってきたツワモノだろう。


「いいわね、それ!」


 目を輝かせてレモが話に割り込んでくる。


「中性的な美少年だと思ってたら、二曲目のアリアで美少女になって出てくるって最高よ!」


「そう?」


 冷たい声を出す俺に、レモは興奮した調子で、


「そうよ! あの綺麗な子は男の子かしら、女の子かしらって考えるうち、幻惑の魔法にとらわれちゃうの! 見る者すべてが――」


「皇后様のアイディアでございましょ」


 終わりそうにないレモの話を中断したのは、おばちゃんが放った一言。


「ありのままの俺で舞台に立てって言ったのに」


 口をとがらせていると、


「美少年でも美少女でもジュキはジュキよ」


 レモが燦々さんさんと陽射しを振りまく六月の太陽のようにほほ笑んだ。そのまぶしさに思わず見とれていたら、


「キトンのほうはシンプルだからいいんですが、こっちは仮縫いの段階でサイズ感を確認したいんです。あなたたち着替えさせてあげて」


 おばちゃんが部下の女性たちにテキパキと指示を出し始めた。


「さ、お召し物を脱いでください」


 若い女性に寄ってたかって服を脱がされる。


 気付けば楽屋の四隅よすみでほかの歌手たちも、仮縫い状態の衣装を試着し、肩の位置や裾の長さを調節してもらっている。


 結局、俺はワンピース姿になった。


「全然、古代風じゃないじゃん。時代考証どうなってんの?」


 裾にフリルのついたミニワンピは、白い布の上に腰あたりから葉っぱをあしらったデザイン。肩ひもの留め具も桜色をしたアーモンドの花みたいで、伝承に出てくる妖精を思い起こさせる。


「時代考証より今の観客を喜ばせることの方が大切だと、皇后様はお考えです」


 いや観客じゃなくて自分が俺に着せたい服、作らせてるだろ。


「草花のデザインは生命力の象徴よ。死の国で唯一オルフェオだけが生きていることを表しているんです」


 おばちゃんがしたり顔で解説する。


「こちらのニーハイソックスを履いて下さい」


 若い女性から長い靴下を手渡され、手近な木の椅子に腰かける。


「最後にこのリボンをウエストで結んで下さい」


 やたらと長いアイスグリーンのリボンを渡された。


「え、地面についちゃうよ。大体、俺ウエストとかないし」


「わたしもないよーっ!」


 無邪気に口を突っ込んでくるユリア。


「あらあら。でもお嬢さんは素敵なバストをお持ちじゃないの」


「へへっ。レモせんぱいが、いつもうらやましそうに見てるよ」


 おばちゃんに持ち上げられて無駄な発言をするユリア。うしろでレモが、オークのような形相でにらんでるぞ。


 適当に腰のあたりにリボンを巻くと、


「ウエストはもっと上の方にあるのよ」


 胃の辺りで結び直された。左前で蝶々結びをし、両端を長く膝下まで垂らす。


「きつくないですか?」


「大丈夫。腕と太ももがスースーするけど……」


「サイズもちょうど良さそうですね」


 女性の言葉に、俺はふと疑問が浮かんだ。


「そういえば採寸とかしてないよね」


「そちらのお嬢さんから数字をもらったんですよ」


 おばちゃんがレモに視線をやった。


「え、レモから?」


「そうよ、ジュキ! 私、ジュキのサイズ全部メモってあるんだから!」


 親指を立ててウインクするレモ。


 そうか、レモは俺のこと、なんでも知ってるんだな。いつも彼女の愛に包まれていることを再確認して嬉しくなる。胸に灯った明かりにひたっていたら、


「レモせんぱい、きっと穴があくほど数字を見つめて、ジュキくんの裸体を詳細に想像してるんだよ」


「ちょっ、ユリアったら夜、私の部屋のぞいてる!?」


 認めないでくれ、レモ!


「スカートの長さはどう?」


 一切動じず、おばちゃんが俺に尋ねる。


「短すぎます!」


 ここぞとばかりに主張する俺。


「その場でくるっと回ってみて?」


「こうですか?」


 右足を軸に一回転すると、スカートがふわりと舞い上がる。


「かわいー!! 太ももがまっちろ!」


 悲鳴のような大声でほめてくれるレモ。


「お兄ちゃんたらバカ正直にターンしてる」


 え? 回ってみろって言われたら普通こうするだろ?


「ジュキは素直なのよ、ユリア」


 レモの小声に周囲を見回せば、衣装係さんたちだけでなく、試着の終わった共演者までが全員ニマニマしながら俺を見ている。


 恥ずかしい!!


 真っ赤になってスカートの裾を押さえる俺。


「もう少し裾が短いほうがいいかしら?」


 腕組みしているおばちゃんの言葉に、


「は!? なんでっ!? パンツ見えちゃうよ!」


「見せるのよ」


「嫌だーっ!」


 俺の泣き声が楽屋に響き渡った。




─ * ─




次話『栄光のハゲ術士、クロリンダ嬢から逃げまわる』

ニコに少しだけ変化が訪れたようです。




─ * ─




※アリアを歌ったら舞台袖にける習慣は1700年代前半までです。

 この習慣のために台本作家は四苦八苦したとかしなかったとか。


※六月の太陽・・・彼らの暮らす土地には梅雨がありません。


※アーモンドの花は桜そっくりです。


※レモは第4章「09、女の子として採寸されるとか恥ずかしすぎる」のときにジュキのサイズをメモっていました笑

 素晴らしいマネージャーですね!

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