56、ニコ、ステルス竜人と呼ばれし者【後半、他者視点】
「激流よ、愚かなる者押し流したまえ!」
ざばーん!
「ぎゃーっ!」
虚空に突如現れた水流に腹を打たれ、イーヴォは壁に激突しておとなしくなった。
「ちっ、口ばっかかよ」
聖剣を鞘に収める。
「終わりましたか」
侍従が笑みを抑えながら近付いてきた。
「アルジェント卿、令嬢たちと一緒にいるときは優しい少年といった感じなのに、やっぱり男友達の前では元気ですねぇ」
「いや、こいつらは友達とかそういうんじゃないんで」
「で、結局二人とも今は罪びとではないということですかね?」
床に倒れたイーヴォたちを見下ろす侍従。
ニコがむっくりと起き上がり、
「うん、おいらも『
「なんだよそれ」
あきれる俺に、
「いてもいなくても気付かれないって一芸を披露したのさ」
確かにこいつ、イーヴォの太鼓持ち以外の存在価値がないよな。
ニコは偉そうに、
「ジュキお前、『聖剣の騎士』とか呼ばれていい気になるなよ? ルーピ伯爵から称号をもらったのはお前だけじゃないんだから」
いや、「栄光のハゲ術士」とか「
「スルマーレ島で恩赦があっても――」
無精ひげをなでながら疑問を呈したのは帝都のギルマス。
「聖ラピースラ王国でも捕まっていたんだろ?」
「ええ、お姉様が投獄したの」
「そうだったかしら?」
驚いた顔をするクロリンダ。まさか投獄した理由を忘れたのか?
「そういえばアタクシを怒らせたような気もするけれど、アタクシを愛してくれるなら許すわ」
「お姉様ったらエドモン殿下はどうしたのよ?」
「もちろん今の婚約者はエドよ。だけどイーヴォはずいぶん前にアタクシから、慰謝料と称してネックレスとイヤリングを奪っていったの。だから今回の婚約破棄は――」
ごちゃごちゃと妄想の説明を始めたクロリンダを無視して、俺はギルマスに、
「クロリンダ嬢が投獄した以外にも、この二人は聖ラピースラ王国の聖堂を――」
言いかけた俺のマントをレモが引いた。
「どした?」
振り返ると、かわいらしくまばたきして何かを訴えている。
「――あ」
俺は気が付いた。イーヴォたちが聖堂を破壊したのは、レモの嘘に乗せられたため。しかもその罪はここにいるクロリンダ嬢にかぶせてあるのだ。無駄なことを言うと
「聖堂を?」
続きをうながすギルマスに、
「なんでもないっす!」
ごまかす俺。すかさずレモが、
「あの男、頭から聖なる光が出るし乱視で悪霊も見えるなら、姉にぴったりじゃないかしら? 毒を以て毒を制す人選で良いと思うわ!」
「レモせんぱい、ゴミはまとめて出すうぐっ」
うまいことを言いかけたユリアを黙らせる。
「ご
満足げにうなずく侍従を見て、ギルマスが確認した。
「ではイーヴォ・ロッシとニコラ・ネーリに、クロリンダ嬢の護衛を依頼して頂くということでよろしいでしょうか?」
「二人ともジュキくんにボッコボコにされてたけど」
ユリアが空気を読まない発言をしてギルマスをヒヤリとさせるが、侍従は気にする素振りもなく、
「帝国一強い聖剣の騎士殿にかなう者などいないのだから負けて当然。悪霊相手に聖魔法が使えれば、城内には衛兵もいるし何も問題ありません」
太鼓判を押したので、イーヴォたちは無事雇われることとなった。
衛兵が二人を揺り起こし、
「一体いつまでのびているんだ。お前たちの部屋はクロリンダ嬢のとなりにある控えの間だ」
扉をあけて放り込んだ。
*
【以下、三人称視点】
オレリアン第一皇子は簡素なベッドで目を覚ました。
(ここはどこだ?)
視界を占めるのは見慣れた天蓋ではなく、黒ずんだ木の梁。
(そうだ、ここはサンロシェ修道院)
思い出して起き上がると、長いあいだ眠らされていたせいか背骨がきしんだ。
中庭から斜めに陽が差し込み、木のテーブルに置かれた水差しとパンを照らしている。
鳥のさえずりのうしろに遠く波音が聞こえていたが、オレリアンが耳を澄ますことはなかった。
(僕は一生をここで暮らすのか)
ふと、それも悪くない気がした。
だが片耳からぞわりと、別の思念が広がった。
(こんなところで終わるお前ではない。あいつらに復讐するのだろう?)
それはオレリアン自身の思いだったろうか?
だが疑問を持つことなく、彼はその聞こえざる声に呑み込まれた。
(ここから僕が逆転するにはどうしたらいい?)
聖剣の騎士などと呼ばれている汚らわしい竜人を亡き者にして――
「いや、あいつを消したところで何も変わるまい」
謁見の間で起きたことを思い出す。
自分を廃嫡に追いやったのは誰だ?
聖魔法教会の教主、冒険者ギルドのマスター、騎士団長。それから宰相もグルに違いない。指折り数えながら、虚空をにらみつける。
「だが、あいつらのうしろにいるのは」
あの人脈は腹違いの弟のものか。
「エドモンが聖剣の騎士と共に仕組んだのか?」
ベッドから降り、無骨な焼き物の水差しから
(違うな。エドモンは帝位に興味などなかった)
木の椅子に座って庭をにらむ。床が平らではないのか、それとも椅子の足が不揃いなのか、体重を移動するたび不安定に揺れるのが居心地悪い。
(エドに言うことを聞かせられるのは、父上のほかには皇后くらいのものだ)
そこまで考えて、オレリアンは唇の端をつり上げた。
「三人とも消さねばならぬことに変わりはない、か」
廃嫡され修道院送りとなってしまった以上、皇帝の決定はそう簡単に覆らないだろう。アントン帝自身が本心ではオレリアンを助けたいとしても、一度決めた処遇をすぐに取り消しては
それなら皇帝も第二皇子も、黒幕であろう皇后と彼女に
(僕が皇帝になったら、宰相も騎士団長もアカデミーの幹部で固めよう)
ククク、と忍び笑いが漏れる。見つめる庭は長いあいだ潮風を受けてきたせいか、どこかくすんだ色をしている。
(それにしても消さねばならぬ人間が多すぎる)
ふっと短くため息をついたとき、目の前の庭に空から人が降りてきた。
「何者だ!?」
素早く立ち上がると、手にしたマグカップから水がこぼれた。
─ * ─
庭に現れたのは誰!?
次回『第一皇子の逆転計画』
悪しき第一皇子の計画実行日が決まったようですよ。
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