55、イーヴォ、栄光の禿術士と呼ばれし者

「パパが!?」


 驚愕の声をあげたユリアに、イーヴォは胸を張って答えた。


「おうよ。お前の父ちゃん――ルーピ伯爵が俺様に与えた称号さ。『光魔法を操る栄光の禿術士ハゲじゅつし』ってな」


「影じゃなくてハゲかよ」


 半分悪口じゃね?


「そのガキみてぇな声はジュキか!?」


 あ、しまった。


「コソコソ隠れてないで出て来いよ!」


「はぁぁぁ」


 特大のため息をついて廊下に足を踏み出した俺を見るなり、イーヴォは口汚くののしった。


「なんだてめえ。頭のうしろにでっけぇリボンなんざくっつけやがって。貴族気取りか?」


「そうです」


 答えたのはエドモン殿下の侍従。


「この方はアルジェント卿、栄えある聖剣の騎士殿です。士爵をお持ちですが、陞爵しょうしゃくが検討されています」


「え、そうなの?」


 驚いて訊き返すと、


「いえ、なんでも」


 小さくつぶやいて目をそらす侍従。えー聞いてないんだけど? 領地とか領民とか与えられてめんどくせぇことになったら嫌だなあ。


「そうだよっ! ジュキくんはパパが騎士に任命したの! スルマーレ島を救った英雄だから!」


 ユリアも味方してくれるが、


「ハゲ術士なめんなよ?」


「アタクシなんて世界を救うのよ。オーホッホッホ!」


 まったく動じない二人。


「罪びとじゃん!」


 だがユリアも負けてはいない。イーヴォとニコを指差して、


「二人ともうちの領地で捕まったでしょ?」


「ハッハッハ、ユリア嬢。俺様とニコは恩赦を受けて釈放されたのさ」


 イーヴォは偉そうに前髪をかき上げようとしたが、その指はバンダナをなぞっただけだった。


「恩赦だって?」


 眉をひそめる俺に、


「そう。魔術剣大会では罠にはまって大敗を喫した俺様だが――」


 罠などない。イーヴォは実力でレモに負けたのだ。


「魔術芸大会では見事、審査員特別賞に輝き罪を許されたのだ!」


「ユリア、魔術芸大会って何?」


 黄色い頭を見下ろすと、


「あーはいはい、あれね! じいじが気の向いたとき開催するのー。地毛に見えた者を暴走する?」


「あ?」


 全然意味が分かんねえんだけど。


「ユリアが言いたいのは、『一芸に秀でた者を登用する』じゃないの?」


「レモせんぱい、それだよそれ!」


 すげぇなレモ、なんで分かるんだろ。


「何年か前にもねえ、野盗あがりのおっちゃんが筋肉を高速でピクピクさせて火を起こすパフォーマンスして、会場のみんな大盛り上がりだったのー。その人、衛兵になったんだよ」


 魔術芸大会って言うわりに魔術関係ないじゃん。


 イーヴォはふんぞり返って、


「俺様は得意の火魔法で頭を熱して、頭上でピッツァを焼いたのさ! 審査員のじじいども、大ウケだったぜ! ギャハハハ!」


「それは笑われてたんだよー」


 容赦ないユリア。


「ンだとぅ!? 生意気言うなら俺様の光魔法光輪グローリアを食らわせるぞ?」


 その言葉にレモの目が輝いた。


「見せて見せて!」


 純粋に好奇心が爆発してやがる。


「いいぞ。見て驚くなよ」


 イーヴォはおもむろに赤いバンダナをはずした。


「あ。まだ毛根全滅してるね」


 ボソッと見たままを口にするユリア。


 だがイーヴォは構わず、不敵な笑みを浮かべて呪文を唱えた。


きらめきたまえ、我が頭皮! 光輪グローリア!」


「「「きゃぁぁぁっ!」」」


「「「うわっ!」」」


 イーヴォの頭が突然、真昼の太陽をはるかにしのぐ光を発した。まぶしくて目がくらむ。俺は手探りで襟飾ジャボを持ち上げ、マントを止めている聖石にはさんだ。シャツの胸部分は透明な糸で織られているので、竜眼ドラゴンアイをひらくと視界を確保できるのだ。


「レモ、大丈夫か?」


 立ったまま顔を覆っているレモに駆け寄って肩を抱く。


「まぶしかっただけよ。本当に聖魔法の一種みたいね」


「俺たちに害はないってことか」


「ええ。不死者アンデッド系のモンスターじゃない限り、ただの目くらましにしかならないわ」


「フハハハハ!」


 不敵な笑い声に振り返ると、イーヴォが腰に手を当てて高笑いしている。


「ただの目くらましだと? 動けなくなっているだろ、てめえら」


 その横でサングラスをかけて突っ立っているニコ。準備万端だな。


「おいジュキ、なんでてめえは動けんだよ」


「いいだろ。俺は色々特別なんだよ」


「特別だとぉっ!? 俺様を差し置いてふざけるな!」


 うるせーなー。


「あっ、てめえのその胸にくっついてる目ん玉なんだよ!?」


 バレちまった。嫌だな、化け物扱いされんの。


「どこでそんなかっけーもん手に入れたんだよ!? 俺様によこしやがれ!」


「うわあっ!」


 つかみかかろうと伸ばされたイーヴォの両手を避けるべく、俺は慌てて飛びすさった。


 信じらんねえ! ひとの胸から目ん玉引っぺがす気か!?


「おい待て! 第三の瞳なんて最高じゃねーか!」


「寄るな!」


 俺は迷わず腰の聖剣を抜いた。


「出たな、そのクッソ重い剣!」


 聖剣は俺以外には持ち上げられないよう地面に吸い付くせいで、非常に重く感じるらしいのだ。


「俺様はそいつのおかげで光魔法を手に入れたんだから、礼を言ってやるがな」


「どういうことだ?」


「スルマーレ島の鑑定士によれば、聖剣ではがされた頭皮を聖女の聖魔法で治したために、俺様の頭部には聖なる光が宿るようになったそうだ」


 マジか。聖剣で悪しきものが浄化された結果だろうか?


「頭髪と引き換えに得たものがあってよかったな、イーヴォ」


 俺は旧友をあたたかく祝ってやった。


「っるせー! 白髪伸ばしてババアみたいになったてめえに言われたくねーんだよ! 妖怪シロヘビ女!」


 うっわムカつく! でもやっぱりこいつ、毛根を失ったことはまだこたえてるんだな。


「妖怪ハゲ頭に言われたくねーよ!」


 前に踏み込んで聖剣を一閃するとイーヴォはうしろに飛んで、ボケっと突っ立ってたニコに激突した。


「うどわっ!」


 仰向けに倒れたのは体重が軽いニコのほう。


「あぶねーよ!」


 文句一つ、イーヴォは腰にぶら下げていた鉄の棒を構えた。


「その目玉をよこせ! 俺様の輝く額にこそふさわしい逸品だ!」


 マジ? こいつハゲた上に第三の瞳をくっつけるつもり? 普段は十字型の絆創膏でも貼っておくのかな?


 レモたちも侍従も、危険を察知して廊下の壁に背中をあずけて場所をあける。


 ギンッ


 聖剣と錆びだらけの鉄が打ち合った瞬間――


「お、錆が取れて綺麗になったぞ!」


 嬉しそうなイーヴォ。聖剣さん、ただの鉄を浄化してくださった!


 ――鉄くずと斬り結びたくないっ!――


 頭の中に聖剣さんの悲痛な叫びが響いた。


 ですよね。かわいそうだから、さっさと終わりにしよう。


「激流よ、愚かなる者押し流したまえ!」




 ─ * ─




戦いの行方は!?

次回『ニコ、ステルス竜人と呼ばれし者』

ニコも魔術芸大会で恩赦を受けて釈放されたようですよ。



 ─ * ─



~誰も覚えていないであろう過去ストーリーのおさらいです!~


イーヴォとニコはそれぞれ、第二章でルーピ伯爵領(ユリアの故郷「スルマーレ島」)で捕まっていますが、お約束の脱獄をして第三章「08、イーヴォの新たな弱点」でジュキたちと相まみえています。


しかし結局負けて「09、莫大な報酬で依頼を出したのは」でシーサーペントによって再度スルマーレ島に連行されました。

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