52、第一皇子は満身創痍

「それならお前も斬り捨てるまで!」


 オレリアン第一皇子は足元のユリアに向かって、手にした剣を振り下ろそうと――


「やめろぉ!」


 俺は叫ぶと同時に聖剣を下方に構えて、一気に間合いを詰める。


 ザシュッ!


「ぐおぉぉぉっ!!」


「えっ――」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


「皇子様、どしたの?」


 首をかしげて見上げるユリアが無事なことは確か。


「痛い痛い痛い!」


 股間を押さえてのたうち回る皇子。


 あ。足元にいるユリアを救おうと下段に構えた聖剣が、皇子の股間に触れたかも……


 聖剣さん、何か斬りました?


 ――雄の禍々しい部分を成敗してやったのだ!――


 マジかよ。これ本当に聖剣なのかな?


 ――疑うのかっ!? 可愛げないこと言ってると、あるじ殿のもちょん切っちゃうぞ!――


 チャッ


 俺は無言で、聖剣を腰の鞘に収めた。


「よし、殿下を捕らえよ!」


 床の上で股間を押さえて動けない皇子めがけて、騎士団員が走る。だが――


「まだまだぁっ!」


 レモが先に走り出た。


「じっとしていなさい、バカ皇子!」


「レモネッラ嬢、私刑はいけませんぞ!」


 師団長の言うことなどレモが聞くはずもなく、左手で皇子の肩を押さえたかと思うと、


暴風殴ヴァンストライク!」


 ごばきぃっ


「っぐ!」


 声にならないうめきを残して、


 バタン!


 皇子は仰向けに倒れた。


 恐る恐る皇子をのぞきこむ騎士団員。


「気絶しているようだな……」


「鼻がつぶれて見る影もないお姿に――」


「ああ、美形だったのにこれでは別人だ」


 レモは仕事をやり切った顔で、パンパンと手を払いながら、


「いい? そのバカ皇子が一人で暴れて、壁に顔をぶつけたってことにするのよ」


「えぇっ!?」


 師団長が驚きの声をあげると、


暴風殴ヴァンストライク!」


 ドゴォッ


 宮殿の壁をへこませた。


「ここにぶつけたことにすればいいわ」


 しんと静まり返る騎士団員と衛兵。


「返事は!?」


 こぶしを握りしめて問うレモに、


「「「はいっ!!」」」


 男たちのあわれな声が重なった。




 俺たちは馬車に揺られて、修道院までの道を走っていた。正確には船が出る桟橋まで。海に浮かぶサンロシェ修道院へは、船でしかたどり着けないのだから。


 向かい合った馬車の座席の一方に、俺とレモとユリアが並んで座っている。三人並ぶと狭いというほどではないが、馬車が揺れるたび肩が触れ合う。


 向かいには、風魔法で縛られ睡魔スリープで眠らされたオレリアン殿下。彼をはさんで両側に師団長とその部下が座っている。こっちは大の男が三人並んでいるせいで、実に窮屈そうだ。


「殿下を押さえていてくれ」


 師団長の命令に、騎士が皇子の両肩をつかんで背もたれに押さえつける。


「それなぁにぃ?」


 ユリアが身を乗り出してのぞきこんだのは、師団長が手にした腕輪のようなもの。六月の陽射しよりも強い銀色の光を放っている。


「これはミスリル製の魔装具でな、装着者の魔力を封じる力がある」


 魔法を使えなければ亜空間魔法などという禁術を繰り出す心配もないし、空を飛んで修道院のある島から逃げることもできないってわけだ。


「それを皇子の腕につけるのか」


 納得する俺。だが、


「いえ、足首に着けるんです。いよっと」


 師団長は揺れる馬車の中で上半身を曲げ、皇子の足元へ手を伸ばす。


「危ないっすよ」


 中腰になって師団長を支える俺。一方レモは腕組みして、


「そのアンクレット、皇子が自分で外しちゃう心配はないの?」


「ありません」


 足元で作業しながら、師団長がくぐもった声で答える。


「この鍵がなければ外せないんです」


 俺たちに小さな鍵を見せてから、アンクレットの接合部に差し込んで回す。


「これは、私が責任を持って管理しますから」


 鍵がなければ取り外せないなら安心なんだろうか?


 でもイーヴォとニコ、何度も脱獄してるよな? あいつらが魔力封じの魔装具も無しに囚われていたとは考えにくい。


「ミスリルは火魔法で溶けないんだっけ」


 俺はイーヴォのギフトが火魔法フオーコであることを思い出して、誰に問うでもなくつぶやいた。


「溶けるわよ」


 レモは自信たっぷりに答えたあとで、師団長に視線を送って、


「でなければ、ミスリル製の防具や武器を加工できませんものね?」


 と確認した。


「レモネッラ嬢の言う通り腕利きの鍛冶屋は、高火力の火魔法でミスリルも加工しますね」


 イーヴォの親父さんが、そこまでの腕利き鍛冶屋だったかどうか覚えていないが、イーヴォにその術を使う技量はないだろう。


「ですがアルジェント卿。自分の足首に嵌まっている魔装具を火魔法で溶かしたら、大変な火傷を負ってしまいますよ」


「そりゃそうか」


 まあイーヴォたちなら火傷くらい屁とも思わず、元気に脱獄するんだろうけどな。


 そんな話をしているうちに、窓の外からすべり込む風に磯の香りが混ざってきた。故郷のモンテドラゴーネ村に時々吹いてきた、湿った風を思い出してなつかしくなる。


 ユリアが窓の外に顔を出して、


「お船がいっぱーい!」


「さびれた雰囲気なのに船は多いんだな」


 母さんの故郷であるセイレーン族の村と比べて意外に思っていると、


「今日のために用意させたのです」


 師団長が自慢げに教えてくれた。レモがすぐに飲み込んで、


「あらかじめ地元の漁師たちに船を用意するよう、命じておいたのね」


「その通り。五日前に手配済みだ」


 皇子の修道院送りが決まったのは今朝なのに、それは飽くまで表向きで、実際はあらゆることがお膳立てされていたようだ。政治って怖ぇ……




 眠ったままの皇子をかついで馬車から降りてくる騎士団員を見上げながら、ユリアがこてんと首をかしげた。


「皇子様って修道院から逃げ出しても、行く場所ないよね?」 


「ありませんね」


 きっぱり答える師団長。


「彼に味方する貴族はいませんし、皇子として何不自由なく過ごしてきた殿下には、貧民街に逃げ込んで生き抜くことなど不可能でしょう」


 その説明を聞いて俺は、ハッとした。つい投獄されて臭い飯食わされるイーヴォたちと同列に考えていたが、修道院にいれば質素でも衣食住は保障されるのだ。囚人とは立場が違うのだから、逃げる心配などないのかも知れない。


 数人ずつ分乗した小舟が、海面をすべり出す。入り江ゆえに波はおだやかで、かいが水を切る音が心地よく響く。潮風がおくれ毛を揺らしてくすぐったい。


「あの島か。思ったより近いんだな」


 海面から突き出た岩に、張り付くように建つ壮麗な石造りの建物――それがサンロシェ修道院だった。



 ─ * ─



次回『サンロシェ修道院に見知った顔が!?』


修道院の中にも入りますよ。観光気分♪

見知った顔―― 誰に会っちゃうんでしょうね?


サンロシェ修道院は現実に似たような観光名所があり、あちらは陸地とつながっていますが、サンロシェ修道院はつながっていない設定です。

干潮になっても本土と陸続きになったりはしません!

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