51、第一皇子、ご乱心!

亜空間展開ハイパースペース!」

魔術無効スペルズキャンセル!」


 皇子とレモの魔法が同時に完成した。


 そして――


 ……何も起こらなかった。


 魔力量でおそらく皇子を上回るレモは、彼の魔法を完全に無効化していた。


「貴様! 邪魔しやがってぇ!」


 皇子が剣の切っ先をレモに向ける。


「おっと」


 俺は聖剣を抜いて二人の間に割り込んだ。


 皇子は憤怒の形相で衛兵と騎士団員たちを見回し、


「何をぼさっと突っ立っている! この無礼者二人を捕らえよ!」


 耳障りな大声で叫んだ。


「その必要はありません、殿下。アルジェント卿とレモネッラ嬢は騎士団が正式に雇った護衛です」


 威厳に満ちた声は騎士団長のもの。


「なんだと?」


 皇子の片眉がぴくりと跳ね上がった。


「殿下が無事サンロシェ修道院にたどり着けるよう我々がお守りいたします」


「サン、ロシェ、修道院……だと?」


 皇子の表情がこわばる。


「こちらが――」


 横から歩み出た師団長が、ふところから巻物を取り出した。


「――宰相殿が記され皇帝陛下がサインされた正式文書になります」


「本日をもってオレリアン第一皇子を廃嫡とし、その身柄を聖魔法教会サンロシェ男子修道院に預けることとする……」


 震える声で、オレリアン自身が読み上げた。


「なぜだっ!?」


「なぜですって?」


 レモが不敵な笑みを浮かべ、


「どれほどジュキエーレ様の心を傷つけ侮辱したか、その鈍感な心に訊いてごらんなさい!」


 ぴしゃりと言い放つ。でもそれ、廃嫡の理由じゃあないと思うんだ。


 代わりに師団長が、


「聖魔法教会の教主殿により、魔石救世アカデミーは学術団体ではなく邪教集団と見なされました」


 事務的な口調で淡々と説明する。


「オレリアン殿下は邪教に染まって魔物を操り、英雄である聖剣の騎士や帝都の善良な一般移民を襲いました。我が帝国の伝統である聖魔法教会にそむいた殿下は、帝位継承権を剥奪されます」


「くっ」


 オレリアンは唇をかんだ。


「父上に会わせろ! 直接話さなければ納得できん!」


「なりません。陛下はそれを望んでおられませぬゆえ」


「あのクソ親父はこんなときまで僕から逃げるのか!」


 こればっかりは皇子の言う通りなので、宮殿の廊下に一瞬、気まずい沈黙が流れた。


「殿下、修道院行き以外に残された道はありません」


 騎士団長の低い声が重々しく響く。


「皇后陛下の衛兵たちが先回りして殿下を止めていたことからも、お分かりでしょう?」


「それなら皇后も父上も倒す!」


 皇子はクリスティーナ皇后を母上とは呼ばなかった。そりゃそうか……


 俺はなんだか彼の孤独を垣間見た気がした。


「力で僕が次期皇帝になるまでだ! 聞け、火の精センティ・サラマンドラ、我が前にあるもの、の炎が中にうち囲みたまえ。煽猛焚フレイムバースト!」


 ぷすん。


 場の空気にそぐわぬ間抜けな音が聞こえた。


「魔力障壁か! それならっ――」


 皇子はめくら滅法めっぽうに剣を振り回し始めた。


「お、おやめ下さい!」


「殿下、落ち着いてっ」


 皇子の命を奪うわけにいかない騎士たちは、剣を抜いても防戦一方。


 俺の聖剣なら悪しきものしか斬らないから、皇子を傷付けずに止められるのか?


 柄を握る手に力を込めたとき、


 ――その通りでございます。我があるじ――


 頭の中に意識が降ってきたような気がした。


 聖剣アリルミナス!? そういえばこの聖剣、地下聖具室で抜いたばかりの頃は、しゃべってたっけ? いつの間に無口になったんだろ?


 ――あるじ殿が、アリルミナスを抜いた状態で話しかけて下さらなかったからです!――


 なるほど。鞘から抜かなきゃなんねぇのか。


 じゃ、皇子を止めてくれ。イーヴォやクロリンダ嬢のときみたいに頭髪が犠牲になったりしないよな?


 ――…………――


 なんで黙るかな!?


「それもこれもお前のせいでぇぇぇっ!」


 なぜか俺を逆恨みして、皇子が上段から斬りかかってきた。


 迷っている暇はない。


 キンッ


 その剣を額の前で受け止める。


 衛兵も騎士団も俺に任せたと言わんばかりに場所を開ける。広くもない宮殿の廊下なので、そのほうが助かるが。


 俺は右に飛び、返す剣で皇子の左肩へ斜めに斬りつける。


 が、皇子は後方へ飛びすさった。俺は追いかけて、すかさず斬撃を繰り出す。それをすべて受け止める皇子。これじゃ一向に決着がつかねえ。


「水よ!」


「おぶっ!」


 顔面を水に包まれた皇子が、慌ててうしろに転がった。


 それを追いかけ、腹に聖剣を突き立て――


 ガンッ


 すんでのところで防ぎやがった!


「ぐおおっ!」


 筋力で押し返されて、俺はうしろに飛んだ。単純な力比べでは向こうに分がある。


 再度、聖剣を構え直したとき、


 ――あるじ殿、耳介に悪しき力を感じます!――


 アリルミナスの声が頭に響いた。


 魔石が埋まっているんだ。おそらくラピースラが彼女の瘴気を込めて生み出した、けがれた魔石――


 よし、あれを狙おう。皇子の耳が消し飛んだりしないよな?


 ――耳たぶを斬り落としたくらいでは、人は死にません!――


 無駄に血を流したくないから訊いてるんだよ!


「何をぼんやりしている!」


 皇子が斬りかかってくる。俺はさらにうしろへ飛んで、


「水よ、床を覆って凍りたまえ」


「うお、なんだ!?」


 大理石の床に張った氷を踏んで、皇子は前へつんのめる。


「氷よ、消えろ」


 俺は前へ向かって走ると同時に、聖剣で皇子の片耳をいだ。


 パリン


 かすかに冷たい音が鳴って、割れた魔石が床に散った。


「貴様、よくも!」


 耳を押さえて吠える皇子。


「あんたはその魔石に操られてるんだよ!」


「なんだって構わない! この石のおかげで、僕は音が聞こえるようになったんだ!」


「あんたが聞いているのは本当の音じゃない」


 俺の歌声だけ聴こえないなんて、絶対おかしい。


「黙れぇぇぇっ!」


 皇子は絶叫して力任せに斬りかかってきた。


 ギンッ!


 重い! 華奢な俺の腕が折れちゃうよ! 聞き分けが悪い皇子様には、必殺――


「熱湯!」


「ぎゃーっ!」


 強烈な叫び声をあげて、皇子は床を転げまわった。


「貴様っ、おかしいだろ!? なぜ魔力障壁が発動したこの空間で魔法を使える!?」


「あー俺はちょっと特別だから」


 説明すんのもめんどくせぇ。


「生意気言いやがって」


 皇子がゆらりと立ち上がったときだった。


「だめだよ皇子様! もうそろそろおとなしくしないと傷だらけになっちゃう!」


 なんとユリアが皇子の足にしがみついた。


「放せ! 馬鹿者!」


 ユリアを蹴り上げようとするが、びくともしない。


「それならお前も斬り捨てるまで!」


「やめろぉ!」


 俺は床を蹴って走った。




 ─ * ─




ユリアを守って走るジュキ。間に合うか!?

次回『第一皇子は満身創痍』

レモネッラ嬢のターンです!


第8回カクヨムコン読者選考を通過できたのは、読んで下さる皆様のおかげです。

いつも応援ありがとうございます!!

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