50、オレリアン第一皇子、修道院送りとなる

「陛下、聖魔法教会に帰依せぬ者を、次期皇帝にされるおつもりですか? 神々に守られ繁栄するレジェンダリア帝国に終止符を打つおつもりですか? この帝国の伝統を打ち破るのでしょうか?」


 悲痛な声で矢継ぎ早に問われて、皇帝はかすれた声でつぶやいた。


「帝国の、伝統……」


「そうです! 我が帝国では初代皇帝の時代からつねに、聖魔法教会で戴冠式が行われてきました。しかし我々教会は、邪教の思想に染まったオレリアン殿下に月桂冠を託すことはないでしょう!」


 熱のこもった演説に、会場のそこかしこから、


「いいぞ、教主様!」


「神々の御心みこころのままに!」


「帝国を邪教の手には渡さない!」


 などと威勢のいい声が聞こえる。振り返ると叫んでいるのは見知った顔ばかり。だがサクラに乗せられて、賛同の声が盛り上がっていく。


「オレリアン殿下は危険だ!」


「皇后様に攻撃する皇子など許すな!」


 いや、あの魔物は俺を狙ってたんだと思うけどな。


 すべてが作戦の結果だと知っているレモが、俺のとなりでささやいた。


「教主様、予想以上に演説がお上手ね……」


「きっと若い頃から教会で、信徒に向けて話してきたんだろ」


 人々の心に訴えかける話術を習得しているのだ。もしかしたら精神操作系のギフトを持っているのかも知れない。


 熱に浮かされた人々は、


「オレリアン殿下を排除しろ!」


「次期皇帝はエドモン殿下だ!」


 普段なら不敬罪で投獄されかねないことまで叫んでいる。


 皇帝は玉座の上から、血の気のない顔を宰相に向けた。


「わし、どうすればいいんじゃ……」


「陛下、ここは決断していただかねば、収まりますまい」


 宰相が告げる通り、


「陛下、どうかご裁定を!」


「「「陛下!」」」


 謁見の間に集まった人々が唱和する。


「決断じゃと?」


「ええ、こうなってはオレリアン様の命が危ないですぞ。もはや修道院にでも閉じ込めておくよりほかに、ありますまい!」


 宰相に誘導されて、皇帝は苦渋の決断を口にした。


「分かった。オレリアンを廃嫡し、サンロシェ修道院送りとしよう」




 宮殿内の自室に戻って一息ついた頃、扉がノックされた。


「アルジェント卿、いらっしゃいますかな?」


 この声、魔法騎士団の師団長さんだな。


「はいはーい」


 気軽に扉を開けると、廊下にずらりと騎士たちが整列していて、俺も思わず背筋を正した。


「聖剣の騎士殿に我ら魔法騎士団の護衛を依頼したいのだが、受けていただけるだろうか? 報酬は金貨十枚だ」


 えっ、そんなに!? いやでも騎士団を護衛するっておかしくないか?


 どこから質問してよいか分からず、目をしばたいていると、


「これから我ら騎士団で、オレリアン殿下をサンロシェ修道院へお連れする。殿下に亜空間転移魔術を使われてはかなわぬから、魔術師に魔力封じの結界を張ってもらうが、オレリアン殿下は剣の使い手でもある」


「ああ、俺が魔術師たちを守ればいいのか」


「いや、魔術師たちは我らが護衛する。が、万一に備えて帝国一強い貴殿の力をお借りしたい」


「分かった。乗りかかった船だし、最後まで見届けるよ」


 うなずいて廊下に出たと同時に、隣の部屋の扉がひらいた。


「そういうことなら私も行くわよ。あの憎たらしい第一皇子がどんな情けない顔してしょっぴかれるか見物して差し上げるわ」


「おおレモネッラ嬢まで。これは心強い。報酬のほうは――」


「報酬? オレリアンの顔が敗北に歪むのを見られれば充分よ。あの男はジュキに散々ひどいこと言ったんだから!」


 廊下に出てきたレモのうしろから、ユリアも顔を出した。


「レモせんぱいとお兄ちゃんが行くなら、わたしも修道院見てみたーい!」


 というわけで騎士団に俺たち三人を加えて、宮殿の廊下を隊列組んで進むことになった。


「第一皇子は宮殿の寝室にいるんですか? それとも執務室とか?」


 俺の問いに師団長はやや渋い顔をした。


「分からんのです。皇子はひんぱんにアカデミーの建物に出入りしていた。今日もそちらかも知れない。が、まずは第一皇子宮へ向かいましょう」


 下に運河が流れる空中廊下を渡って第一皇子宮に足を踏み入れると、争う者たちの怒声が聞こえてきた。


「急ぐぞ!」


 騎士団長の号令一下、俺たちはモザイク模様の石床を蹴って駆けだした。


「ここを通さぬと言うなら斬り捨てる!」


 廊下の角を曲がると、抜き身の剣をぶら下げたオレリアン第一皇子の姿が目に飛び込んできた。その周りを囲むのは衛兵だろうか? ちょっと服装が違うような……


「あの兵士たちは皇后様がノルディア大公国から招いた衛兵たちで、普段は皇后様の身辺警護に当たっているんです」


 師団長が説明してくれた。


 北方から来た背の高い衛兵たちは、ノルディア大公国のものと思われる紋章の入った盾でオレリアンを取り囲んでいる。


「殿下、ここを通すわけには参りません」


「皇后様のご命令です」


「貴様ら――」


 血走った目で衛兵たちをにらみつけたオレリアンは、口の中でぶつぶつと呪文を唱え始めた。


聞け、風の精センティ・シルフィードくうべるぬしよ――」


 同時に俺の横でレモが、顔色一つ変えずに聖なる言葉を詠唱する。


 魔術騎士団員たちは口々に、 


「皇子が唱えているのは、なんの呪文だ!?」


「なんでもいい! とにかく魔力障壁を!」


 叫んで呪文詠唱に入った。だが彼らより早く、


亜空間展開ハイパースペース!」

魔術無効スペルズキャンセル!」


 皇子とレモの魔法が同時に完成した。




 ─ * ─



二つの魔術がぶつかり合う。その結果は?

次回『第一皇子、ご乱心!』

久々にちょろっとバトル回です。

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