49、追いつめられるアントン帝

「恐れながら伺いますが、ではオレリアン殿下が責任を取って下さるのでしょうか?」


 玉座の下にうやうやしくひざまずいたまま、騎士団長が不敵な問いを発した。


「なっ!」


 皇帝は驚いて、助けを求めるように宰相を見る。が、宰相はしれーっとあさっての方を向いたまま。皇帝は仕方なく、口ひげを震わせながら自ら答えた。


「責任を取るのはアカデミー代表のアッズーリ教授とかいう女だ!」


「ラピースラ・アッズーリですかな?」


「うむ、あやつじゃ」


 二度三度とうなずく皇帝には威厳などない。


「そのアッズーリ教授ですが、騎士団の調べによると、すでに他界しているようです」


「まことか!?」


「ミイラのように干からびた遺体を、一般会員が回収したそうです。その後どこへ持ち去られたかは不明ですが」


 ラピースラの魂が入っていた器であるロベリアさんの最期については、俺たちから報告したのだ。


「陛下、劇場襲撃事件は、アッズーリ教授が死んだとされる日より後で起きました。現在アカデミーの指揮を執っているのは――」


「そこまでじゃ!」


 皇帝は手のひらを突き出して騎士団長を制した。


「オレリアンの処遇について、今ここで決めることはできん。決定については待ってもらう」


「承知いたしました」


 騎士団長は深々と礼をして下がったものの、会場から噴出する批判的な空気にいたたまれなくなったのか、皇帝は今度こそ席を立とうとした。しかしまた、宰相の無情な発言にはばまれた。


「次の陳情者は帝都冒険者ギルドのマスター。陛下、この者に発言をお許しになりますか」


「む、許そう」


 力なく皇帝が答えると、恰幅の良い男が大股で闊歩かっぽし玉座の下に立った。決まり切った口上を述べたあと、


「帝都民の間では昨今、魔石救世アカデミーの地下研究室で魔物が生み出されているという噂がささやかれておりますが、本当なのでしょうか?」


 エドモン第二皇子から真実を聞いているだろうに、帝都のギルマスはすっとぼけた顔で質問した。


「そ、そ、そちが知る必要のないことだっ」


 しどろもどろになる皇帝。それ、国家機密だって皇后様が言ってたもんな。


 宰相は相変わらず一切助け舟を出さず、関係ないところを見ている。


 ギルマスは平身低頭したまま、


「ただ騎士団長殿の陳情を聞く限り、帝都民の不安は的中しているのではないかと――」


「何が言いたい!? 朕は忙しい! さっさとそちの陳情を始めよ!」


 皇帝は青くなったり赤くなったり大忙しだ。


「大変失礼いたしました。我々冒険者ギルドの責務は帝都民の暮らしと安全を守ることと心得、瘴気の森から現れる魔物を討伐しております」


「うむ、ごくろう」


 話が魔石救世アカデミーから離れたと判断した皇帝は、落ち着きを取り戻した。


「瘴気の森には高ランクの魔物も多く、本日この場に連れて参りましたBランク以上の冒険者で対応しております。限られた人材で対処しておりますので、新たな魔物発生場所が帝都の真ん中に出現するのは大変困ります」


「アカデミーから魔物が逃げ出すような事件は起きていないではないか!」


「陛下」


 小声で宰相がさえぎった。


「事実、市民が襲われておりますので、それは不適切な発言かと」


「市民じゃと?」


「皇后劇場襲撃の件です。宮廷楽師のフレデリックと劇場支配人アーロンは帝都民でありますゆえ」


「むっ」


 一瞬言葉につまった皇帝は、円柱脇に控える騎士団長をすがるように見た。


「だがもしものことがあった場合は、魔法騎士団が出動するでのであろう?」


 しかし騎士団長の言葉は、皇帝の期待に反したものだった。


「恐れながら陛下、魔石救世アカデミーから現れた魔物はスキュラも改造済みヒッポグリフも強力で、今後もこのレベルの魔物が出てくるのであれば、我々だけで対応することは難しいと存じます」


「うぐっ」


 皇帝は変な声を出して黙った。


 玉座の下にひざまずいたギルドマスターが、


「私の責務は冒険者たちの命を無駄な危険にさらさないこと。人為的な理由で魔獣や魔物が発生しているのであれば、どうか偉大な陛下のお力で止めていただきたいのです」


「承知した」


 皇帝は声をしぼりだした。


 深々と礼をしてうしろに下がるギルドマスターを見て、皇帝は胸をなで下ろした。しかし彼の苦悩はまだ終わらない。


「最後の陳情者は聖魔法教会の教主殿。陛下、この者に発言をお許しになりますか」


「ちょっと頭痛が――」


「発言を許していただきありがとうございます、陛下」


「宰相、わし……」


 何か言いかけたときには、教主が玉座前に立ち儀礼的な口上を述べていた。


「陛下、我ら聖魔法教会の教義は死後の救いでございます。日々つつましく暮らしていれば死後、異界の神々のもとへ招かれて何不自由ない満ち足りた来世が待っているのです」


 教主はゆっくりと、やわらかい声で話した。


「そうじゃ。分かっておる」


 荘重な雰囲気に呑まれながらも、皇帝はまたアカデミーの話をされるのではないかと心配して落ち着かないようだ。


「して、偉大なる陛下。オレリアン様が外部理事を務めておられる魔石救世アカデミーの主張をご存知ですかな?」


 皇帝が無言で目を見開いた。心の中で「来たー!」と叫んでいるに違いない。


「先日、敬虔な信者の一人が我々の教会に、ある冊子を持ち込みました。彼は武器屋の店主。魔石救世アカデミーに関わった息子がおかしくなり、店の売上金を使い込んだと言う。彼は息子が変わってしまった理由を探り、息子の部屋でアカデミーが制作した冊子を見つけたのです」


 それを持って教会に相談しに行ったってわけか。


「冊子を読んで、我々は驚愕しました。そこに書かれていたのは、我々の教義を真っ向から否定するものだったからです」


 そこまで話して、教主は黙った。じっと皇帝を見つめている。しわだらけのまぶたからのぞくグレーの瞳は凪いだ海のようにおだやかだが、皇帝はそわそわとし出した。


「何が書いてあったのじゃ」


 たまらず質問すると、教主は静かな口調で告げた。


「死後、異界の神々のもとへ行くまで幸せになるのを待つ必要はない。魔石の力を使えば現世で幸せになれる。なんでも願いが叶う。一人一人がこの世で幸せになることが、この世界を救うのだ。目覚めた人から幸せになり、私たちの世界を良くしていきましょう、と書かれておりました」


「そ、それは確かに、聖魔法教会の教義に反するのう……」


 皇帝は額から流れる汗をぬぐった。


「陛下、魔石救世アカデミーは学術団体の皮をかぶった邪教集団です」


 教主は断言した。玉座の肘掛けを強くにぎる皇帝に、さらに追い打ちをかける。


「オレリアン殿下はアカデミーの邪悪な教えに染まっておいでです。その証拠に、客人に眠り薬を盛って亜空間に閉じ込めたり、皇后様のいらっしゃる劇場を襲撃されました」


 ちょっと話をすっ飛ばしたような気もするが、嘘は言っていない。何より教主様の言葉には、聞く者の心を揺さぶる響きがあった。


「陛下、聖魔法教会に帰依せぬ者を、次期皇帝にされるおつもりですか? 神々に守られ繁栄するレジェンダリア帝国に終止符を打つおつもりですか? この帝国の伝統を打ち破るのでしょうか?」




─ * ─




皇帝の弱み=伝統を持ち出す教主。

いよいよ次回、チェックメイト!

『オレリアン第一皇子、修道院送りとなる』

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