第五章:歌劇編Ⅱ

一、オレリアン第一皇子の末路

47、皇帝に陳情だ!第一皇子の罪をあばけ!

 謁見のは人でごった返していた。


 入り口で衛兵のチェックを終えた俺たち三人は、立ち並ぶ大理石の間であっけにとられていた。


 向かいの大理石の周りに集まっていた騎士団の一人が、


「なあ、あの銀髪の若い子、聖剣の騎士じゃないか?」

「あの白いマントの子か? うわさ通り真っ白い顔してんな」

「大声でそういうこと言うなよ。かわいそうに隠れちゃったじゃないか」


 レモのうしろで息をひそめていると、顔見知りの師団長がこちらへやってきた。


「前の方にセラフィーニ顧問がいらっしゃいますよ」


 と玉座の方を目で示す。レモが人をよけてずんずんと進んでゆく。レモに引っ張られて歩く俺はユリアがはぐれないように、つないだ手に力をこめる。


 空っぽの玉座の下で、初老の男と話していた師匠が、


「皆さん、こちらです」


 俺たちに気付いて手招きした。


「すっごい人だな。さっき冒険者みたいな一団もいたぜ?」


 俺が入り口の方を振り返ると、


「聖職者もたくさんいたわよ」


「騎士団のみんなも!」


 レモとユリアも口をそろえた。


「そうです。非番の魔法騎士団員は全員強制参加、聖魔法教会からは教主様はじめ帝都本部の聖職者の方々がいらっしゃっています。冒険者ギルドではBランク以上の者に日当を払って、来てもらってるんですよ」


「なんでそんなに――」


 俺の問いに、師匠は腰をかがめて俺たち三人に耳打ちした。


「陛下に圧力をかけるためです。あなたの下す裁定は、すぐ帝都中に広まるぞ、と」


「証人は多いに越したこたぁねえってぇわけか」


 師匠は姿勢を戻すと無言のままうなずいた。


「正しい判断をしていただけるよう、みんなで圧をかけるのね」


 レモが黒い笑みを浮かべ、


「追いつめるぞぉ!」


 ユリアが楽しそうにこぶしを握った。


 人ごみの中から三人連れが手を振ってこちらに近付いてくる。


「ジュキエーレくん、久し振り」


 レディッシュブラウンの髪をした紳士――劇場支配人のアーロンだ。そのうしろに続くのは、おとといも一緒に演奏した作曲家でチェンバロ奏者のフレデリック。彼の腕に絡みついているピンク髪のおばさんは――歌手のファウスティーナだっけ。


「男の子の恰好、初めて見たよ」


 アーロンがこそっと耳もとでささやいた。そういえば今まで女装姿でしか会ってなかったんだ。


「あんまり変わらないね」


 ええっ!? 反応に困っていると、


「アルジェント卿、ジュリアーナ・セレナーデさんに伝えておいて欲しいんだけど」


 ピンク髪の歌手ファウスティーナが華やかな声で話しかけてきた。ジュリアーナは俺なんだけど、と思いつつ彼女を振り返ると、目が合った瞬間ウインクされた。


「彼女にも事情は伝えています」


 フレデリックが補足してくれる。もーう、皇后様が俺の性別を隠すことにしたから、面倒なことになってるじゃん!


 ファウスティーナは笑顔で右手を差し出しながら、


「わたくし、エウリディーチェ役でジュリアーナさんと共演することになりましたの。よろしく伝えて下さいね」


「うん、よろしく。はい、伝えます」


 俺はしどろもどろになって、彼女のあたたかい手を握り返した。


 そこへなぜかレモが割り込んできて、


「皆さんも今日、証言するのですか?」


「そうなの。私たちも劇場で襲われたでしょう?」


 男二人より先に口をひらくファウスティーナ。歌手っておしゃべりだからな。


 レモが会話を続けようとしたとき、


「皆さん、お静かに! 陛下がいらっしゃいます!」


 侍従が大きな声で会場を制した。


 間もなく玉座横の扉がひらき、衛兵二人に守られて皇帝陛下が入ってきた。金貨には彼の横顔が彫られているが、本物を見るのは初めてだ。威厳があるというより、いかにも育ちのよい高貴なおじ様といった風貌。思ったより優しそうだ。


「こ、これはどうしたことじゃ!」


 皇帝は謁見の間を埋め尽くす群衆に驚愕して固まった。やっぱり普段はこんなに大勢集まらないんだな。


「陛下、今日は陳情したいという者が多くおります」


 さっき師匠と話していた初老の男が答えるが、


「宰相よ、なぜ今日に限ってこれほどに?」


 皇帝はいぶかしんでいる。


「偶然、重なったのでしょう」


 しれっと答える初老の宰相。師匠と話していたし、こいつも明らかにこっち側ってことか。


 かわいそうに皇帝は、目玉を左右にせわしなく動かしながら玉座に座った。


「最初の陳情者は魔法騎士団長ラルフ・バルバロ伯爵。陛下、この者に発言をお許しになりますか」


 宰相の声には有無を言わせぬ強さがある。


「うむ、許そう」


 操られたように答える皇帝。


「水の大陸をべし偉大なるレジェンダリア皇帝陛下、魔法騎士団で独自調査した魔物の件について、奏上したいことがございます」


 玉座の前でひざまずいた騎士団長が、腹に響く低音で話す。


「申してみよ」


「はっ! 今月十二日、皇后劇場に現れた魔物が無事、討伐されました。捕獲し調査したところ、魔物はヒッポグリフの両肩にオークの首を移植された個体で、三つの首全ての額に魔石が埋め込まれていました」


 魔石という言葉を耳にした途端、皇帝の顔が青ざめた。


「瘴気の森で自然発生した魔物ではなく、人為的に作り出されたものと考えられます。被害に遭った三人を呼んでおります」


 騎士団長が振り返ると、歌手ファウスティーナが皇帝の前へ出て、うやうやしく膝折礼カーテシーをした。丁寧に前口上を述べてから、


「劇場三階の控室で歌っていたら、開けっ放しだった窓から突然、魔物が入ってきたのです」


 続いて劇場支配人アーロンが、


「私が部屋へ着いてすぐのことでした。運河をはさんで向かいの建物の屋根にいた巨大な鳥が、いきなり襲ってきました。屋根の上には人影が見えました」


 さらに作曲家フレデリックが言葉を継ぐ。


「私はチェンバロを弾きながら窓の外を眺めていたので、よく覚えています。屋根の上に三つ頭がついたように見える怪鳥と、魔物使いのような五十くらいの男が座っていたのを」


 皇帝が口を開く前に騎士団長が、


「被害者と劇場職員への聞き取りから似顔絵を作成して探しましたところ、この男が浮上しました」


 騎士団の若手に引きずられてきたのは、土気色の顔に落ちくぼんだ眼を光らせた男だった。


「その男に間違いありません!」


 フレデリックが指差して証言する。


「やはりそうであったか!」


 騎士団長は大根演技を披露してから皇帝に向きなおり、


「このローレル男爵について騎士団で調査しましたところ、魔石救世アカデミーの幹部を務めており、資金調達を担当していることが判明しました」


「魔石救世アカデミーは関係なかろう。その男爵が個人的に犯した罪じゃ」


 皇帝がようやく口を開いたと思ったら、アカデミーを擁護しやがった。


「陛下、当初は我々もそのように考えておりました。しかし調査チーム内から、今月五日にアカデミーで捕らえられた六狗女怪スキュラとの類似性を指摘する声が上がったのです。そこで再度、スキュラの件を調査しました」


「いらぬことを」


 皇帝がぼそっとつぶやいた本音は聞こえぬものにして騎士団長は、


「ユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢、証言をお願いできますかな?」


 こちらを振り返った。



 ─ * ─



おとぼけユリアは上手に証言できるのか!?

次回『聖剣の騎士、皇帝の前でも無駄に目立つ』

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