25、ありのままの姿で

 皇后様はチェンバロ演奏だけでなく絵も上手うまかった。豊かなノルディア大公国で音楽も美術も、最高峰の教育を受けて来たんだろう。


「なんか手足、めっちゃ出てません?」


 俺は皇后様自筆の絵をのぞきこんで、嫌そうな声を出した。


 それは豊かなウェーブヘアを垂らした人物の立ち絵で、目鼻は描かれていなかった。衣装は古代風で、ゆったりとしたドレープが美しい。上下が分かれていないワンピース状の服に、腰ひもを結んでいる。


 問題はほとんど袖なしであることと、裾の長さがひざ丈だってこと。


「ジュキエーレさんは、どうして手足を隠したいの? いつもグローブをはめて過ごしているようだけど」


 皇后様の青みがかった灰色の瞳が、まっすぐ俺を射た。質問しているようだが、彼女はその答えを分かっていて俺に言わせようとしているんだ。


 俺はうつむいて、今はグローブをはめていない両手を握り合わせながら、小さな声で答えた。


「手足にうろこの生えた奴が舞台に出てきたら、どっちが蛇の役だか分からなくなっちまいますよ」


「それはないでしょ」


 軽い口調で否定したのはミーナさん。


「ジュキエーレさんのうろこはなめらかすぎて、間近で見なければ分からないもの。オペラグラスをのぞいたって気付きませんわ」


 その言葉に皇后様もゆっくりとうなずく。


「でも――でもっ、水かきとかぎ爪が生えてるのはダメじゃん」


 ますます小声になる俺に、皇后様がクスっと笑った気配がした。


「何がダメなの? ありのままのあなたで舞台に存在することの、何が――?」


 ありのままの俺? 心の中で繰り返す。もしかしたら、ありのままの俺は肩から枝分かれした透明な角と、背中に白い翼を生やした姿なのかも知れないが、余計に話が面倒くさくなるのでだまっておこう。


「その身体も声も全てがお前なのよ」


 皇后様の静かな言葉が、夜の空気を凛と震わせる。俺は覚えず顔を上げた。彼女の強いまなざしに引きつけられる。


「お前がありのままの姿で舞台に立ったなら、その美しさに帝都中が騒然となるでしょうね」


 その光景がまぼろしのように目の前に見えた気がして、人々の歓声が鼓膜の奥に響いた気がして、俺は武者震いした。


「俺は――美しいの……?」


 子供の頃から悪ガキ連中に醜い化け物とさげすまれ、一方で綺麗だと褒めてくれる優しい人たちがいて、俺は自分の像をうまく結べずにいた。


「美は時代や場所によって変化するものです」


 皇后様は静かな口調のまま断言した。


「だけど私たち一人一人が自分の中に、絶対的な美の基準という信念を持つことは自由です」


 ちょっと難しいなと思いながら、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「ジュキエーレ、私はあなたを美しいと思っていますよ。あなた自身はどうなのです?」


 ああ、それは俺が、自分で選ぶことなのか。


「ありがとう。クリスティーナ様」


 今はまだ、自分の基準を定められない。だけど美しいと言ってくれた皇后様に、俺は笑いかけた。


「自信をもって舞台に立てるように俺、がんばるよ」


「いい子ね」


 びっくりするくらい優しく目を細めた皇后様が、俺の髪をなでた。侍女たちに香油をもみ込んでお手入れされたせいで、艶々つやつやになった白銀の髪を。


 皇后様もエドモン殿下も、こんなちっぽけな俺に勇気をくれるんだ。


「――あ」


 忘れてた! エドモン殿下との交換条件!


「どうしたの?」


「クリスティーナ様、俺、エドモン殿下と約束しちゃったんです! 女装して舞台に立つって!」


 あわあわしながら、まくし立てる俺。いやそれより、うっかりしゃべっちまったけど、この話ばらしてよかったっけ!?


「エドモンと? どういうこと?」


 怪訝そうな皇后様は、次の瞬間、


「あぁっ」


 と声をあげて口もとを押さえた。


「あのバカ息子が懸想けそうした美少年ってジュキエーレさんよね!?」


 皇后様の発言に、うしろで侍女三人がぷっと吹き出す。いや笑うところじゃないんだが!?


「あの尻軽男とどんな約束をしたのよ?」



 ─ * ─



次回『ラピースラの正体、しゃべっちまった』

どうやらジュキくん、アカデミー代表のラピースラ・アッズーリが何者かということまで、話してしまったようですよ。そのとき皇后様は何を決意するのか?

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