26、ラピースラの正体、しゃべっちまった

「あの尻軽男とどんな約束をしたのよ?」


 実の息子を尻軽男って……と突っ込みたいのをこらえつつ、


「えーっと、クロリンダ・アルバ公爵令嬢を帝都に呼び寄せていただくお礼に、俺が帝都の舞台に――」


「クロリンダ・アルバ? 聖ラピースラ王国の公爵令嬢よね? どうして?」


 ちょっと待てこれ。ラピースラ・アッズーリが千二百年前の大聖女で、その悪霊が魔人アビーゾ復活をねらっているから倒さなきゃいけないって話までしなきゃなんねーじゃん!


 俺は腹をくくって全てを打ち明けた。


 初めこそ壮大すぎる話に半信半疑だった皇后様も、


「あなたは伝説だった聖剣アリルミナスを抜いたくらいだもんね……」


 と納得し始めた。


 多種族連合ヴァリアンティ自治領のダンジョン『古代神殿』がホワイトドラゴンの復活によって地殻変動を起こし、地上に現れたこともすでに報告を受けているらしく、伝説が実際の歴史だった事実に抵抗はないようだ。


 だがすべての話がつながったとき、皇后様は震える声で尋ねた。


「ラピースラ・アッズーリってまさか、魔石救世アカデミー代表を務めるあの女?」


「そうです。ロベリアさんっていう女性に取りいて、帝都で活動していたんですが、それは先日乗り込んだときに俺とレモネッラ嬢で倒したんです。でも霊魂だけは、まだどこかでさまよっていて――」


「あり得ないわ! オレリアンの罪は、私のいとしの歌姫を亡き者にしようとしただけではなかったのね!」


 俺を歌姫って呼ばないでー! あれ? でもオレリアンは魔神復活なんて信じていないから、ラピースラと手を結んでいるんだよな? これって冤罪? まいっか。


「なんでエドモンはそんな大事なことを私に言わないのよっ!」


 また怒り出した皇后様をなだめようと、


「エドモン殿下は、クリスティーナ様が目も合わせて下さらないっておっしゃってましたよ」


「だってあの子、めんどうな政治の話があるときしか私に会わないのよ? 私の実家――ノルディア大公国の力を借りたいときばかり」


 若い娘のように目を吊り上げる様子は、およそ母親らしくないが、寂しかったのだろう。


「エドモンには会いたくないって拒否していれば、私の気持ちに気付くだろうと思っていたのに、このごろお目通りすらしてくれなくなったわ」


 ぷいっとそっぽを向く。うーん、さっきまでの威厳はどこへやら。


「私はあの子と一緒にオペラを観てどのアリアが気に入ったか話したり、楽師の演奏を聴きながら、このコンチェルトは何楽章が好みか、とか話したいのに。昔、長調と短調どっちが好き? って訊いたら、どうでもいいって言われたのよ!?」


 それは本当にどうでもよい話題だったんだろうなあ、エドモン殿下にとっては。


「エドモン殿下も悲しんでいると思います」


 俺は恐る恐る申し上げてみた。


「クリスティーナ様、さっき俺に話してくれたみたいに、エドモン殿下にも接してあげてください」


 皇后様はつーんとあらぬ方向を向いたまま。親子の確執ってぇのは、時に他人同士より難しいんだろうなぁ。


「まあよいでしょう」


 まだちょっと怒った声のまま、皇后様はふっと息を吐いた。


「ジュキエーレがバカ息子とした交換条件は私が引き取って、もっとよい条件に差し替えておきましょう」


「えっ、どんな?」


「心配しないで」


 俺を振り返ると、皇后様はみずみずしい唇で三日月を形作ってほほ笑んだ。


「私はバックにノルディア大公国騎士団がついている皇后なのよ。お前より遥かに素晴らしい交渉材料を持っているわ」


 そう、この女性は皇帝陛下より権力を持っているかもしれないお方。だがその力を使う理由が、俺に自分好みの役を歌わせることなんだよなあ……


「そうそう、オペラのタイトルは『オルフェオ』にするから。主人公はお前よ、ジュキエーレ。早急に宮廷詩人を呼んで台本を改稿させなくっちゃ!」


 皇后様はまた、ブルーグレーの瞳に少女のようなきらめきを宿したのだった。



 ─ * ─


皇后様の言う「交渉材料」とは? 次回『第一皇子、ピンチ!』

さっそく皇后様が動き出したようです。


ジュキが「明日までに帰らなくちゃいけない。約束があるから」と地の文で語っていた理由も明らかになります。

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