06、エドモン殿下の提示した交換条件

「うちの姉が<支配コントロール>と<固執オスティナート>両方持ってる……」


 レモがぽつんとつぶやいた言葉に、


「そうか!」

「そうでした!」


 俺と師匠の声が重なった。レモの姉クロリンダ嬢は短期間とはいえ魔法学園に通ったから、師匠とも面識があったんだっけ。


支配コントロール固執オスティナート、両方持ってるなんてやばくね?」


 小声でつぶやいたのは、皇子の侍従と思われる若い男。横に立つ同僚に話しかけたようだが、


「やばいわよ。ついでに我儘エゴイズムまで持ってるから」


 レモの疲れた声に、


「ひええ……」


 小さく悲鳴をもらした。


「私も帝都学園の教師として一月ほど教えましたが、周囲の生徒を思いのままにあやつって学園の統率がとれなくなりました」


 師匠はため息をついて、


「私は対抗魔法を創作して、ほかの学生たちの精神を解放したんです。そうしたら誰も彼女の言うことを聞かなくなって、それに耐えられず退学してしまいましたがね」


 そんな話をレモから聞いた覚えがあるな。


「でも師匠」


 まるで講義中かのように、レモが右手を挙げた。


「姉は一度、ラピースラに乗り移られているわ」


 そうだ。怪鳥に乗って、俺の故郷モンテドラゴーネ村を襲ったんだ。


「なるほど。ではレモさん、精神系ギフトにおける発動の鍵は?」


「意図することです」


 レモが即答した。突然始まった魔法学園の授業に、皇子を始め側近も俺も耳を傾ける。


「その通り。術者が意図することで、その強弱も操れます」


「意図しなければ発動しないのね?」


 俺は内心、首をかしげた。歌声魅了シンギングチャームは時々、意図せずに発動してんのかなと思うときがあるんだよな。歌わずに話しているときさえ、相手が妙に心を開いてくれるとか――


 その答えはすぐに、師匠の口から語られた。


「まったく発動しないとは言えません。しかしラピースラ・アッズーリという千二百年前から消えない怨念に影響を与えるには、意図することが必要。それもかなり強い意志を持って立ち向かわねばなりません」


 それなら納得だ。レモも腑に落ちた顔で、うなずいている。


 ポンと手を打って、背もたれに寄りかかっていたエドモン殿下が姿勢を正した。


「ジュキエーレちゃん、交換条件だ」


「命令ではなく?」


「僕ちゃんは愛する君に、そんな卑劣なことはしたくない。皇子としてではなく、一人の人間として愛されたいからね」


 怖いよーっ!


 顔を引きつらせる俺には構わず、皇子は先を続けた。


「僕は第二皇子の立場を使って、レモネッラ嬢の姉上殿を帝都に呼び寄せよう。そしてこの美貌を使って、ラピースラの魂を逃がさぬよう彼女に頼むのだ。なぁに、安心したまえ。僕ちゃんに惚れぬ女はいないからな」


 あ、そうですか……


「そのお礼に俺は、女装してオーディションに参加して主役を勝ち取り、劇場で女性歌手として歌わなければならないわけですね?」


「理解が早いな」


 皇子は満足げに目を細めると、大きな手を俺の頭に乗せた。ちっ、ガキ扱いしゃぁがって……


「そんなにうまく行くでしょうか?」


 苦言をていしたのは心配症の師匠。


「そうだよな! オーディションで俺が皇后様に好かれるか分かんねえし、ましてや主役を射止められる保証もない」


「あ。そっちは心配してないです」


 片手のひらを向けてさえぎられた。


「ジュキくんのかわいさと美声にかなう人はいませんから」


 くそー。褒められてんのにうれしくねーよ。


「姉のこと?」


 レモが手短てみじかに訊いた。


「はい。私の記憶が確かならクロリンダ嬢は相当、気難しい方だったはず」


 眉根を寄せる師匠に、


「平気でしょ」


 レモは軽い口調。


「あの人いい歳して、白馬の王子様にさらってもらう日を夢見る頭からっぽのお嬢様だから、エドモン殿下が『帝国一の美女だとうわさに聞いたから、ぜひ帝都に呼び寄せたい』とでもお触れを出せば、ほいほい現れるわよ」


 その言葉に意地の悪い響きが混ざっている。


「兄上がレモネッラ嬢たちを帝都に連れてくるよう依頼を出したのを真似て、僕もギルドに通達を送らせよう。だが『帝国一の美女』などと書いて、クロリンダ嬢は信じるのか?」


 皇子の問いにレモは冷たいほほ笑みを浮かべた。


「あの人、自分を帝国一の美女だと信じて疑っていないわ」


 ちょっと期待したのか、皇子が身を乗り出した。


「クロリンダ嬢とやらは本当に美女なのか? まあ妹のレモネッラ嬢がこれだけかわいいなら、姉上も美しいだろうな?」


「ぜーんぜん! 私のほうがずぅっと美少女よ!」


 レモの言葉に、俺も二度三度と首をたてに振った。


「うん! レモのほうが何倍もかわいいよ!」


「えへへー。女装したジュキはもっとかわいいわよーっ」


 レモがデレっとした顔で、俺の胸にほおをすり寄せる。不本意だけど、甘えてくるレモはかわいい!


 視線をからませほほ笑みあう俺たちに、男どもはあきれたような視線を浴びせていた。




 翌日――


「うぅ…… もう女騎士の恰好しなくてすむと思ってたのに――」


 ダイニングルームの椅子に座った俺は、女性のバストの形をした胸当てに視線を落とし、それから慌てて目をそらした。大好きなレモの前でこんなふうに男を捨てなきゃいけないなんて、何度やっても慣れないよ……


「しょうがないじゃない」


 うしろに立ったレモが、指先で俺の銀髪を優しくくしけずる。


「劇場支配人のアーロンさんはジュキのこと、女の子だと思ってるんだから。男バレしたら配役オーディション受けられないでしょ」


 俺のこめかみあたりに頬を寄せ、たしなめる。彼女の吐息が、竜人族の特徴である俺のとがった耳先をかすめた。


「そうだけど。女騎士が歌手の試験受けに行くの、おかしいじゃん」


 不機嫌な声を出す俺。


 開け放った窓から朝の風がふわりと舞い込む。俺たちが泊まっているのは長期滞在者用の宿。ベッドルームが二つとキッチン付きダイニングルーム、バスルームから構成されている。帝都には長期滞在する商人も多いから、宿と借家の中間みたいなサービスが存在するんだと師匠が話していた。


 ちなみに片方のベッドルームからは、今もユリアのいびきが聞こえてくる。


「オーディション当日までに、普通の町娘らしい服を仕立てないとだめね」


 レモが俺の髪を結いながら誰にともなく言った。



 ─ * ─




行き先は劇場支配人アーロンの事務所。オーディションで歌う曲も決まるようですよ……?

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