05、ラピースラの魂をその身に縛れる人物

「いやいやちょっと待ってください!」


 俺はぶんぶんと両手を振った。


「宰相ですら説得できない皇帝陛下が、皇后様のお話なら耳を傾けるのですか!?」


「まあ――母上のバックにはノルディア大公国がついてるからなあ」


 エドモン殿下が腕組みする。


「皇后様は、現ノルディア大公の三番目のお嬢様なのよ」


 レモが解説してくれる。


 ノルディア大公国――帝国内の最北に位置する豊かな領土だ。といっても数百年前までは、むしろ貧しい地域だったという。大公国の北に広がる瘴気の山脈からは、たびたび魔物が下りてくる上、冬が長く作物も育ちにくいからだ。


 だが魔物討伐のために魔術が進歩し、農業に代わって牧羊が盛んになると、貧困地域ではなくなっていく――という話をドーロ神父がしていたはずだ。


 百年ほど前、一人の修道士が魔石を動力に用いる魔導機械を発明したことから、伝統的な羊毛生産から毛織物製造業への転換をはかったそうだ。


 現代では帝国一と言われるノルディア魔法騎士団を持ち、経済的にも豊かな地域となって、帝国内の発言力も随一となった。


 ちなみに俺の出身地である多種族連合ヴァリアンティ自治領だって、人族に比べると魔力量の多い亜人族が暮らすのだから、強い騎士団がいてもよいはずだが―― いかんせん南東部の温暖な気候の中、海の幸にも恵まれた亜人族はものぐさで、戒律を守って一糸乱れぬ騎士団を結成するのは難しい。各種族ごとに生活スタイルも違うしな。


「――っていうようなことがあって、ジュキはすでに劇場支配人のアーロンさんから、出演を嘱望しょくぼうされているのよ」


 レモが得意げに事情を説明していた。


「それは実に素晴らしい!」


 エドモン殿下は目を輝かせた。


「ジュキエーレちゃんがプリマドンナとして舞台に立つところ、僕ちゃんもぜひ観たいね!!」


 大変なことになった! 師匠の話では、俺は女装してオーディションに出て、皇后と知り合えばよかったはずだ。だがこのままでは帝都の舞台に立って、大勢の人に女装した姿をさらすことになる。そんなの―― 恥ずかしすぎる!


 帝国中から女の子扱いを受ける未来を想像して、俺はぞっとした。


「ま、待ってください、殿下! 俺が帝都に来た理由はラピースラ・アッズーリを倒すためです。あの大聖女の悪霊が魔人アビーゾを復活させたら、次期皇帝が誰であろうと俺たちに未来はありません!」


「ふーむ」


 エドモン殿下は腕組みして、椅子の背にもたれかかった。天井を見上げながら思考を巡らせているようだ。


 ああ……、おそらく俺に勝ち目はない。だってこの皇子、絶対俺より知恵が回るもん! しかも、レモも師匠も俺を女装させたい派閥だ。頭のいい人たちが三人も集まって、俺を女の子にしようとするなんて、八方ふさがりだよっ!


「ラピースラ・アッズーリの悪霊というのは、どうすれば倒せるんだ?」


 皇子が尋ねた相手は師匠だった。うん、正しい選択だ。俺は頭脳担当じゃねーからな。


「ラピースラの魂を滅する手段は、レモさんの聖魔法なりジュキくんの聖剣なり、複数あります。が、問題は霊魂の状態である彼女が、どこにでも現れ、また瞬時に姿を消すことです」


「どぉにかなんねーのか? 賢者さんよ」


 師匠にぶん投げる俺。だって今俺、機嫌悪いんだもん。


「霊魂に精霊魔法は効きません」


「精霊魔法?」


 きょとんとする俺に、レモが説明してくれる。


「ジュキがいつも使ってる水魔法や、私が使う風魔法なんかを精霊魔法って言うのよ」


 ああ、地水火風の四大精霊から力を借りて発動させるからか。


「師匠が言っているのは、ジュキの氷の術や私の風の術で、ラピースラの霊魂を縛ったりとどめたりはできないってこと」


「なるほど……」


 確かに悪霊を凍らせて動けなくするなんて、ナンセンスだよな。


「霊魂に影響を及ぼすには――」


 師匠が解説を再開する。


「人もしくは魔物の精神で縛るしかありません」


「精神?」


 オウム返しに問う俺に、レモがうなずいた。


「そうよ。ジュキの歌声魅了シンギングチャームなら、悪霊にも影響を及ぼせたでしょ」


「でも縛れなかったよ?」


「そうなんです」


 今度は師匠がうなずいた。


「悪霊を縛れる精神を持つ人間など、めったにいません。<支配コントロール>や<固執オスティナート>といった精神操作系の強力なギフトを持っていない限り――」


「――あ」


 レモが小さく声をあげた。


「一人、該当する人物がいるわ」



 ─ * ─




ラピースラ・アッズーリの魂をその身に縛れる人物とは!?

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