42、封印されたホワイトドラゴン、聖剣の一振りで自由になる
銀色に発光している苔のじゅうたんへ足を踏み出す。振り返るとクリスタル断崖の裂け目は細すぎて、そのうしろに道があるなんて想像できない。
「まさに隠し通路だな」
『誰じゃ? わらわの眠りを邪魔する者は?』
頭の中にドラゴネッサばーちゃんの意識が届いた。
「俺だよ! 約束通り聖剣持ってきたんだ!」
俺は答えると同時に走っていた。空間中央に据えられた、大理石の手すりが囲む円状の空間へ。
『おお、坊やじゃったか。その手にあるは―― なつかしき聖剣アリルミナスじゃな?』
「そうだよ。これでばーちゃんの足元を
『まさか本当に聖剣を手に入れるとは。わらわの力を使いこなせておるようじゃの』
真っ白い巨大な竜が、明るい海のように透き通った目を細めた。たぶん笑っているんだろう。レモとユリアも俺のとなりに駆け寄ってきて、息をのんだ。
「真珠のように輝くうろこに白銀のたてがみ―― まるでジュキのように美しいドラゴンね……」
「レモ、逆だから。先祖返りした俺が、ばーちゃんみてぇな姿なんだ。あ、紹介するよ」
俺は慌ててばーちゃんを振りあおいだ。
「レモネッラ嬢とユリア嬢。一緒に旅することになった俺の仲間だ」
俺はあえて二人の家名も出自も言わなかった。だが――
「ホワイトドラゴン様、聖ラピースラ王国アルバ公爵家のレモネッラと申します。我が先祖がとんでもない過ちを犯したこと、どうか謝罪させてください」
レモは石段の前にひざまずき、
『正直な娘じゃな。頭を上げてたもれ。ラピースラ・アッズーリが魔神アビーゾにあやつられてしたことを、遠い子孫のそなたが謝罪する必要はない』
「まあ、おばあさま! なんて寛容な方! お優しいお言葉、痛み入ります」
レモのやつ、ばーちゃんをさっそく「おばあさま」とか呼んでるあたり嫌な予感しかしねえ。
「でもおばあさま、わたくしはジュキエーレ様を愛してしまったのです!」
ほら来た。
『幸せにおなり』
一瞬で話が終わってレモはぽかんとしている。さすが古代から生き続けるホワイトドラゴン。だてに歳食ってねぇな。
俺は鞘から聖剣を抜いて、丸い石段の上にのぼった。
「氷のいましめと一緒にばーちゃんの足も斬りそうで怖いんだけど……」
『優しい坊や、怖がらなくて大丈夫じゃよ。本来聖剣とは
イーヴォの頭、思いっきり切れてたな。やはり
『聖剣に宿るつるぎの精と、坊やの優しい心を共鳴させるのじゃ』
「精霊力を流すってことだよな?」
『それはマジックソードの手法じゃな。聖剣はちょいと違うぞ。そなたの清らかな魂と一体化する感覚じゃ』
考えてみたら聖剣の扱い方なんて学んだことない。ここでばーちゃんに教えてもらえるなんてラッキーだ。
『つるぎの精に話しかけてみるとよい』
俺はうなずくと、淡い緑の光を放つ透明な刀身をまっすぐみつめた。歌うときのように深い呼吸をする。イメージしたのは、レモの伴奏で歌ったときの心が溶けあう感じ――
「聖剣アリルミナス、我が魂の
ブォン……
明らかに聖剣が反応して、レモの使う聖魔法のごときすがすがしい光を放った。
「清澄なる汝が光をもって、
輝くつるぎを一閃する。光の粒子がばーちゃんの足元に集まり、またたく間に厚い氷を侵食してゆく。
『ウオオオオ……』
ドラゴネッサばーちゃんが喜びの声を上げた。真夏に旅してるとき、山道でみつけた冷たい滝の水を浴びるときみたいに。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「地面が揺れてる!?」
地響きと共に足裏に振動が伝わってくる。
「レモ、ユリア、つかまって!」
俺は二人を両脇に抱えると翼を広げた。俺が舞い上がった直後――
バシャアァァァン!!
轟音を上げて水柱が立ち上がった。ドラゴネッサばーちゃんの周りを囲むように、三本、四本と間欠泉のように吹き上がる。
『おお、わらわの力が――』
ばーちゃん自身も戸惑っているようだ。水をつかさどる彼女の力を閉じ込めていた鎖が、突如断ち切られたせいだろう。
ゴゴゴ、ゴゴゴゴ――
地響きはいよいよ大きくなる。
『坊やたち、危ないからわらわの手の中に――』
ばーちゃんが、俺と同じようにかぎ爪のついた手を伸ばす。俺は水柱を避けて器用に飛び、彼女の手の上に降り立った。
ゴゴ、ゴ、ゴ―― ドーーーーーーン!!
一瞬地響きが収まったかと思った直後、あり得ないほど大きな地殻変動が起こった。ふくれ上がった地下水が大地を持ち上げ、地下ダンジョンが地上へと押し上げられていくのだ。頭上の空気圧が全身を押しつぶすようにのしかかる。
俺はレモとユリアを守ろうと抱き寄せた。ばーちゃんはそんな俺たちを両手で包み込む。
「
レモが風の結界を張って、ばらばらと落ちてくる土塊から俺たち三人の身を守る。だが見上げるとほとんどの石や砂を、ドラゴネッサばーちゃんがかぶって俺たちを守ってくれているようだ。
「水よ、我らを守りたまえ!」
俺はホワイトドラゴンさえ包む巨大な水の結界を構築した。
『坊や、ドラゴンのうろこは硬いから大丈夫じゃよ』
「怪我しなくたって痛いだろ?」
『優しい子じゃのう』
いや、当然だと思う……
「まぶしっ」
レモが小さくつぶやいた。なんと最下層だった広間に陽射しが入ってきたのだ。
「完全に地上に出ちまったのか」
広間には壁がなく、崩れかけた大理石の柱が上階の床を支えているだけ。ドラゴネッサばーちゃんの足元からは清水があふれだし、小川になって山肌をすべり落ちてゆく。
「まじか…… 地下ダンジョン消滅しちまった……」
俺は呆然としていた。
「ダンジョンって言うからにはモンスターがたくさん生息してたんでしょ?」
レモの問いに答えたのはドラゴネッサばーちゃん。
『坊やが振るった聖剣の聖なる光を浴びて、みんなただの魔石に戻ってしまったじゃろうな』
「じゃあしばらくは、ヴァーリエの冒険者さんの仕事は魔石拾いになるのね」
レモの言う通りだが、崩れかけた古代神殿の上階で魔石集めをするのは、別の危険がともないそうだ。
「ばーちゃん、これで自由に動けるんだろ?」
『もちろんじゃよ。まさか解放される日が来るとは思わなんだ。ゆっくり温泉にでも浸かって、固まった身体をほぐすかの。千五百年前は向こうの山から湯が湧いておったのじゃ』
ばーちゃんは柱の間から長い首を出して、古代神殿のうしろにそびえる山を振りあおいだ。その手に抱えられたままの俺の目には、反対側にきらきらと輝く海が見えた。その海面に首を出して優雅にすべってゆくのはシーサーペント。
「ばーちゃんにはゆっくり過ごして欲しいけど、実はそんなにのんびりもしていられないんだ。ラピースラ・アッズーリの魂がある女性に取り
俺はレモの叔母であるロベリアの身体にラピースラ・アッズーリの魂が入り込んでいる話、彼女が帝都で魔石救世アカデミーなどという団体を立ち上げて、危険な魔物を生み出す実験を繰り返していることを話した。
『それなら坊やの次の行き先は決まりじゃな』
「えっ」
『帝都に決まっておるじゃろ?』
「ばーちゃんは行かないのか!?」
『なぜわらわが付いてゆく必要があるのじゃ。坊やはわらわの力を全て受け継いでおるのじゃぞ?』
そのあとに続いた言葉に、俺は耳を疑った。
『そなたは魔神の復活を止めるために、異界の神々によってこの世界に送り込まれた存在じゃからな』
─ * ─ * ─ * ─ * ─
なんと、すべては仕組まれていた!? 次回、第二章最終話!
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