41、クラーケン、聖剣の露となる

 まずい……息が――


 ――できる!?


 なぜだ!? まったく苦しくないぞ!


 さっきまで息を止めていたのがバカみたいじゃないか!


 俺はくるりと向きを変えると、突進してくるクラーケンに対して聖剣を構えた。


 ――波よ、この魔物を拘束したまえ。


 俺のイメージ通り、水の流れが変わってクラーケンはその場から動けなくなった。ぐるぐると渦巻く水流に触手同士が絡み合って、俺の聖剣をねらうこともできない。


「悪いな。ユリアのメシになってくれ」


 青い海の中で、まっすぐ聖剣を振り下ろす。金色に輝く光の帯が走り、クラーケンの眉間に達した。


「グルワァァァァ!」


 断末魔の悲鳴を上げて、クラーケンは動かなくなった。


「お見事です! 竜王殿!」


 レモの聖魔法ですっかり回復したシーサーペントが、くねくねと泳ぎながら戻って来た。


「なんで俺から離れちゃうんだよ!」


 抗議の声を上げると、


「あ。竜王殿、寂しかったですか?」


「ち、が、う! 俺は水中じゃ息できないはずだろ?」


「今できてるじゃないですか」


 うーん、そうなんだよな。


「私のジュキ、やっぱり強くて素敵! 水の中で聖剣振るってる姿、神秘的で美しかったわ!」


 レモが風の結界をふくらまして、俺を中に招き入れた。その隙にユリアは海中に漂うクラーケンの足をつかんで、亜空間収納機能のついた貴族の娘さんらしいバッグにしまいこんだ。食う気満々だ……


 クラーケンという邪魔者のいなくなった海底洞窟に、俺たちを乗せたシーサーペントはすべり込んだ。


「レモ、抱きつくと濡れちまうから……」


「乾かしてあげるわね。――纏熱風ヴェントカルド!」  


 熱風が俺の身体をおおい、あっという間に濡れた服が乾いていく。


「真水で洗わないと、髪の毛がゴワゴワしちゃうわね」


 レモが俺の銀髪に指を通す。


「どうせ俺もともとくせっ毛だし」


「えぇ~、私ジュキの髪質大好きよ」


 指先で俺の襟足の髪を引っ張ると、ちょこんとキスしてくれた。


「レモせんぱいはジュキくんならなんでも大好きだから」


 もっちゃもっちゃとクラーケンの足に食いつきながら、ユリアが速攻突っ込む。


「なによ、ユリアは綺麗だと思わないの? 見て、ジュキの銀髪がクリスタルの光を反射してるわ――」


 洞窟の壁は一面、水晶の結晶でできていた。入り口から差し込んだ青い光が、クリスタルの壁に乱反射する。


「レモの髪の上でも光の欠片が踊ってるよ。とても綺麗だ――」


 俺は彼女のピンクブロンドの髪に口づけした。


「ああジュキ、きみとこんな美しい景色を見られるなんて私、幸せ……」


 俺の首元に頬をすり寄せるレモを抱きしめる。


 ロマンチックな雰囲気に一切のまれることのないユリアは、口の端からクラーケンの吸盤をのぞかせながら、


「それにしてもジュキくんって、聖獣さんより強いんだねぇ。もぐもぐ」


「ユリア、シーサーペントのプライドへし折っちゃだめよ」


は気にしておりませんがな。異界の神々が直接生み出した精霊王の力をそのまま受け継ぐ竜王殿に、かなうはずありませんから」


 俺はホワイトドラゴンのドラゴネッサばーちゃんの力を丸々もらってるのか?


「それで水ん中でも息できたのかな……」


 ぽつりとつぶやく俺に、


「だってジュキってお母様がセイレーン族なんでしょ? 歌声も受け継いでるくらいだし、水中で呼吸できる体質も遺伝してるんじゃない?」


「セイレーン族って水中で呼吸できるのかな?」


「えっ、私に訊く!?」


 ですよね…… 確かに母の実家に行くと、女性たちが長時間海に潜ってムール貝を大量に収穫してくるのだが、海女あまとはそういう仕事だと思っていたから疑問に感じたことがなかったのだ。


「ムール貝のリゾット、うまいんだよなぁ……」


「故郷の話? ジュキのご先祖様のドラゴンさんを自由にしたら、ジュキの故郷に行きたいわ」


 レモがまた、俺の腕をぎゅっと抱きしめた。


「水の精霊が海でおぼれるわけないじゃん。ねえ?」


 ワンテンポ遅れて話に入ってくるユリア。水をつかさどる精霊王の力を持ちながらおぼれたら、確かに笑い話である。


「竜王殿は今までの人生で、水中で呼吸できるって気付かなかったのですか?」


「海や川で泳ぐときはいつも息止めてたもん。怖いから」


「お強いのに怖がりでかわいいですなあ」


「うるせーよ」


「ねぇレモせんぱい、聖獣と魔獣って何が違うの? お話しできるかどうかかな?」


 ユリアが核心に触れる質問をしてきた。答えたのはシーサーペント。


「聖獣と呼ばれておる我々や、精霊王とうやまわれるホワイトドラゴン殿は、そなたたち亜人族や人族と同じで体内に魔石を持っておらん。一方で魔獣や魔物と呼ばれるモンスターたちは、魔法で倒すと魔石が残るであろう?」


「そっか、なるほど」


 納得する俺たち三人。


「魔石ってなんなのかしらね?」


 レモがぽつんとつぶやいた。


「海底に縛り付けられている魔神アビーゾが生み出す瘴気の結晶と言われておるな」


「へぇー」


 シーサーペントの講義はとても大切な話だったのだが、このとき俺は深く受け止めなかった。それは勉強のできるレモも同様だったようで、


「さすがにこのあたりまで来ると光が届かないわね。――光明ルーチェ!」


 魔法の明かりを灯すと、その光が周囲のクリスタルに反射される美しさにすっかり夢中になった。


「綺麗だわ! ジュキの瞳みたいにきらめいて……」


「レモせんぱい綺麗な物たとえるとき、いつもジュキくんだし」


「そりゃえんえんクラーケンの足かじってる子に、たとえるわけないでしょ」


 二人がそんなやり取りをしているうちに、洞窟の奥に陸地が見えてきた。


がそなたたちを送れるのはここまでだ。ここはダンジョン『古代神殿』がある山のふもとの地下水脈なのだ。ゆるい上り坂が見えるだろう?」


 レモが光明ルーチェをかざすと、クリスタル壁の向こうに洞窟が続いているのが見えた。


「道なりにまっすぐ登るとダンジョン最下層に到着する。ホワイトドラゴン殿によろしくな」


「ありがとな、シーサーペント」


 俺は礼を言って彼の背から陸に飛び降りると、続くレモに手を差し伸べた。


 レモの光明ルーチェが照らし出すのは、クリスタルの断崖にはさまれた自然の通路。進むにつれて細くなっていく。


「モンスター出ないねぇ」


 左右の壁をペタペタさわりながら、なぜか残念そうなユリア。


「入り口にクラーケンが棲みついてたからじゃないかしら」


 レモの言葉を受けて俺もうなずく。


「反対側には動けねぇとはいえホワイトドラゴンが陣取ってるしな」


「ホワイトドラゴンとクラーケンに囲まれた空間かぁ。ここなら安全にお昼寝できるねっ!」


 ユリアが斜め上の発想を披露する。


 ようやく登りきって、人一人がなんとかすり抜けられるクリスタルの裂け目を通ると、突然目の前がひらけた。青い光に包まれた見覚えのある空間――


「本当にダンジョン最下層に出た……!」




─ * ─ * ─ * ─ * ─




次回、第一章冒頭で登場したホワイトドラゴン、通称ドラゴネッサばーちゃんの再登場です!


話数が100話を超えました! ↓リンクから褒美に★を下さると嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100#reviews

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