40、クラーケンが現れた!

 海面から差し込む光が青く彩る水中の世界に、立ちはだかる切り立った崖――その中ほどに大きな亀裂が口を開けている。


「グルオォォォゥ!!」


 断崖の裂け目から半身をのぞかせたクラーケンの叫び声が、海水を震わせた。


「おいおい、モンスターのみかになってるじゃんか……」


 ダンジョン最下層が海底洞窟につながっているなんて聞いたこともなかったが、納得だ。クラーケンが棲みついていては、この道を通ろうなんて冒険者はいないだろう。


「あれ~!? 百年前は誰もいなかったのに!」


 シーサーペントがすっとぼけたことを言う。


「あんたにとっちゃあ百年前は最近なのか?」


 あきれた声を出した俺に、ちょっとはいいところを見せようと張り切ったのか、


「愚かなクラーケンよ。竜王殿がお通りだ。そこをどきなさい」


 尊大な口調で命じた。


「グルオゥ!! グゴーッ!」


 クラーケンは荒々しく叫ぶばかり。


「言葉通じるのか?」


 いぶかしげに尋ねた俺に、


「この海底洞窟は自分の縄張りだから、なんぴとたりとも通すわけにはいかぬと申しております」


 シーサーペントが通訳した。


「じゃあいいよ、俺ら地上から行くから」


 争いを好まない俺が引き下がろうとすると、


「聖剣でぶった切っちゃえば一発じゃない?」


 レモが物騒な提案をし、


「クラーケンの墨壺で作る真っ黒パスタ、おいしいんだよー。じゅるり」


 ユリアがよだれをたらした。まさかのモンスターを食材とみなしてるヤツ……


「ではが言うことを聞かせましょう。しっかりつかまっていて」


 言うなりシーサーペントは猛烈な速さでクラーケンの触手をすり抜けると、本体の首元に噛みついた!


「グルゴォォッ!」


 クラーケンが恐ろしい叫び声を上げ、すぼめた口から大量の墨を吐いた!


「わぁ、もったいない!」


 ユリアが心底残念そうな声を出す。


「もともと目が悪いに目くらましなど効かぬ!」


 自慢にならないことを言って氷のブレスを吐いたようだが、ほとんど何も見えない。


「水質浄化。澄みわたれ!」


 周囲の海水に声をかけると一瞬で墨は溶け消え、シーサーペントが長い尾でクラーケンの触手とやりあっているのが見えてきた。太い尾の打撃を受けてクラーケンの触手はちぎれ飛ぶが、数でまさっているから次から次へと襲い来る。


「ジュキくん、墨消しちゃうなんて水中なら無敵だね!」


「ジュキはいつでもどこでも無敵よ」


「聖獣さんは聖獣なのに、墨壺に言うこと聞かせられないのかな?」


 ユリアの冷静な疑問に、


「ここはの縄張りではないのだ!」


「へぇー。スルマーレ島の守り神さんだから、縄張り結構狭いんだね!」


 ユリアの正直な感想にプライドを傷つけられたらしく、シーサーペントの攻撃がにぶる。そこへクラーケンの触手から放たれる鋭い水のやいば。シーサーペントの硬いうろこに無数の傷を付けた!


「うおぉぉぉっ!」


「「きゃぁぁあっ」」


 シーサーペントがのけぞり、振り落とされまいとしがみついたレモとユリアも悲鳴をあげる。


「わたしたちの乗り物が傷だらけに!」


 守り神とか言っていたくせに乗り物扱いするユリア。


「ちょっと大丈夫!?」


 レモが風の結界を維持しながら聖魔法を唱え始めた。こいつぁのんきに観戦してるわけには行かねぇな。


治癒光ヒーリングライツ!」


 レモが治療してやるそばから、吸盤の並んだクラーケンの触手が襲いかかる。シーサーペントに絡みつこうとするその触手一本一本に、牙の生えた口が現れた!


 俺は肺いっぱい空気を吸い込むと、風の結界の外へ泳ぎ出た。水深が深いせいか、海水は思った以上に冷たい。


 ――水温上昇!


 適当に願うと心地よいぬるま湯になった。こんな広い海の水さえ、自分の身体の一部のようにあやつれるとは我ながら驚きだ。


 クラーケンから充分に距離を取り、水中で聖剣を抜く。触手の届く範囲に近付いたら、吸盤で絡めとられて氷の刃や鋭い牙の犠牲になるからだ。


 レモの聖魔法で回復したシーサーペントが、氷のブレスでクラーケンの動きを止め距離を取った瞬間、俺は大きく聖剣を振るった。光の斬撃が大波となってクラーケンを襲い、触手を次々と斬り飛ばす。


「グルルルル……」


 怪物が俺に向きなおった。本当の敵はこちらだと気付いたんだろう。


 ――水よ、我を運べ!


 俺の意思に応じて水流が生まれ、瞬時にクラーケンの頭上へ移動する。振り下ろそうとした聖剣を絡み取ろうと触手が伸びてくる。


 ――凍れるやいばよ!


 あたりの海水が鋭利な刃物と化し、クラーケンの触手を切り刻む。が、そろそろ俺の呼吸が限界だ。いったん息継ぎしにレモの結界の中に戻らないと―― と思ってクラーケンから離れた俺は愕然とした。


 シーサーペントめ、ずいぶん遠くに移動してやがる! あいつ逃げてんのかよ!?


 ――海よ、頼む! 俺をシーサーペントのところまで運んでくれ!


 水流が俺を押し上げるが、同時にクラーケンも追いかけてくる! 同じ水の流れに乗っているんだ!


 まずい……息が――




─ * ─ * ─ * ─ 




息ができない窮地をどうやって切り抜ける?


その前にそもそも水の精霊王の力を持ってるのに、本当に水中で息できないんだろうか?


作品フォローしてお待ちください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る