39、地下洞窟「水晶洞」へ

 二日後――


「レモせんぱい、ジュキくん! おっきな港が見えてきたよーっ」


 実はシーサーペントだけじゃなくユリアまでついて来た。


「ユリア、危ないからあまり身を乗り出さないで」


 甲板で海風に吹かれながら、レモが注意する。頭上を飛び交うカモメたちも、帆船と一緒に現れたシーサーペントに驚いて、慌てて港の方へ逃げてゆく。


「あれはヴァーリエ港だな」


 海面に反射する日差しに目を細めながら、俺は次第に近付く港を見つめた。


「アルジェント卿、港まででよろしいですか? それともどこかの河口まで行きましょうか?」


 水兵帽の横からイタチみてぇな耳をのぞかせた船員が、俺に話しかけてくる。一瞬、アルジェント卿って誰だよ、と思ってしまうが俺のことだった。騎士に叙されると、この国では「卿」が敬称になるらしい。


「えーっと、ちょっと待って―― 地図地図……」


 人に指示を出すなんて慣れてない俺が、もたもたと亜空間収納マジコサケットの中をまさぐっていると、


「竜王殿、ダンジョン『古代神殿』の最下層へ行かれるのでしたな?」


 海からシーサーペントが首を伸ばして話しかけてきた。「竜王殿」って呼び名の方がさらに誰だよって感じなんだが、しっかり定着しやがった。


「うん。本物の竜王殿に会いに行きたいんだ」


 あえて「本物」を強調する俺。人間と感覚の違う聖獣だからか、シーサーペントは何も気付いた様子はなく、


「それでしたら竜王殿、『水晶洞すいしょうどう』という海底洞窟がダンジョンの最下層とつながっておりますよ」


「え、初耳なんだけど!?」


が案内いたしましょう」


 自慢げなシーサーペントには悪いが――


「でも海底ってことは水の中なんだよな?」


「もちろん。しかし途中から上り坂になっており海水が消えるのです。だからダンジョンまで水が及ぶことはない」


 そんなこと聞いてるんじゃなくて……


「俺たち水中じゃ息できないからな?」


「あ」


 あ。じゃねーっつーの。この聖獣ちょっと抜けてるよな。


「だいじょぶよ、ジュキ。私が風の結界を張るわ」


 レモがとなりから声をかけてくれる。


「でも長時間結界を維持したら、また魔力切れ起こさねえか?」


「風の結界なら大きな術じゃないから平気よ」


「竜王殿が魔力を補充してやれば良いではないか」


「どうやって?」


 他者に魔力を補充できるなんて聞いたことない。


「ご存知ありませんでしたか。体液には魔力――竜王殿の場合は精霊力が含まれているのですぞ。お二人は恋人同士。何も問題ないかと」


 大ありだっつーの。


「わ、わ、私は受け入れられるわ!!」


 レモがすっかりその気になってやがる。


「わぁ、楽しみ!」


 こういう話になると突然、察しが良くなるユリア。


「そんなことするくらいなら、俺がレモから風魔法習った方が早いだろ」


「ほほーう。接吻でも構わないのですぞ、竜王殿。やり方が分からないとおっしゃるなら、が実践してみせましょう」


「うわー! やめろやめろ!」


 あろうことか魚臭い口で俺に迫ってきやがった!


「お控えください、聖獣様!」


 俺の前に飛び出したのはさきほどの船員。なんて勇気ある行動!


「このお方は聖剣の騎士。我らがスルマーレ島を救った英雄です!」


「ちっ、恋の好敵手か」


 違うから。何はともあれ、シーサーペントは首を引っ込めた。


「ありがとう。助けてくれて」


 ほほ笑みかけると、船乗りはビシッと敬礼した。


「いえ、騎士殿! 当然のことをしたまでですっ!」


 しかし仕事に戻った彼が、甲板で働いている水夫たちに耳打ちするのが聞こえてしまった。


「すげーかわいい笑顔で礼言ってもらえたぜ!」


「いいなあ。アルジェント卿、細くて白くて声も少年みたいでたまんねぇよな」


「おいらもアルジェント卿の綺麗な目で見つめられてぇよ」


 ……そこはかとなく身の危険を感じるんだが!?


「竜王殿、『水晶洞』はもうすぐです。そろそろの頭にお乗りなさいませ」


 下心ありそうで気に入らねぇが仕方ない。ダンジョンの入り口から最下層まで行くの、めんどくせぇもんな……


「わぁい! 乗る乗るぅ~!」


 さっそくユリアがシーサーペントの首によじ登っている。


「私も――よいしょっと。あ、なんかヌルヌルしてる」


「それじゃあ俺たちはここで聖獣に乗り換えますんで。ここまで乗せてくれてありがとう!」


「いえいえ、騎士殿のお役に立てて光栄でした!」


「地下洞窟の旅、お気をつけて!」


 船乗りたちが甲板から手を振って見送ってくれる。俺がシーサーペントの頭に乗ると、帆船は入り江になったヴァーリエ港に向かって行った。船は伯爵家が所有する商船なのだ。ユリアのじいさんの説明によれば、ルーピ伯爵家の初代は二百年以上前の貿易商だそうで、今も伯爵家は帝国内の物流をになって利益を上げているそうだ。


 シーサーペントは俺たちを乗せて入り江の南端に近付いてゆく。


「そろそろもぐりますぞ」


聞け、風の精センティ・シルフィード――」


 レモが風魔法を構築する。


「――なんじ息吹いぶき尽くることなく我らを包み、まもりたまえ。風護結界ウインズバリア!」


 風の結界が俺たちを包み込むと、シーサーペントは一気に潜水した。水圧で振り落とされないよう、俺たちはシーサーペントの頭や首にしがみつく。


「あ……竜王殿の太ももの内側が当たってる感触――」


「俺やっぱ泳いで行こうかな……」


「あわわわ、冗談です! につかまっていて下さい!」


「レモせんぱい、ジュキくん、見てぇ。岩に裂け目ができてるよー」


 ユリアがのん気な声で指さしたとき、海底洞窟の入り口から巨大なクラーケンが現れた!




─ * ─ * ─ * ─ * ─




VSクラーケン! さっそく聖剣の出番!?

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