34、聖剣よ、我が手に!

「この若者を聖剣アリルミナスのところまで案内しましょう。ですが―― 不浄な魔物を神聖な場に持ち込んでいただきたくないのですが……」


 かついだ毒蜘蛛がでかすぎて入れないため、礼拝堂入り口で立ち往生しているユリアに目を向けた。


「だってぇ、ジュキくん心配症だから蜘蛛から目ぇ離せないんだもん!」


 蜘蛛の下からユリアが大声を出す。


「そうじゃな、ユリア。ではこれに入れて持って行こう」


 前伯爵がふところから出したのは、亜空間収納と思われる革袋。ルーピ伯爵家紋章入りだから、高性能で圧縮率の高い逸品に違いない。


「わーい、入ったぁ!」


「結局、神聖な地下聖具室に持って行くんですかい」


 気の毒な司祭はうんざりしている。司祭といっても、彼はルーピ伯爵家の個人的な礼拝堂に雇われている身。あまり厳しいことは言えないようだ。


 日差しのまぶしい外から礼拝堂内に入ると、すっと涼しい空気が気持ちいい。


「こちらです」


 司祭が祭壇横の木戸を開けると、地下に続く階段があらわれた。


「暗いので足元お気をつけて」


 手燭に魔力の明かりを灯し、せまい階段を下りる彼に俺たちも続く。


「レモ、この階段すべりそうだから気を付けてな」


「ほんとね。大理石が古くなって摩耗してるんだわ」


 俺はうしろを歩くレモの手をしっかりとにぎった。


「おぬしら、隙あらばいちゃいちゃするのう」


 うしろから聞こえる前伯爵の声は無視! 手をつなぐくらい、いいじゃんか!


 急な階段を下りきると、天井の低い地下空間が広がっていた。大理石の柱が立ち並び、アーチ状に連なる天井を支えている。ひんやりと湿った空気に、故郷モンテドラゴーネ村のなつかしい地下聖堂を思い出す。


「あちらが聖剣アリルミナスです」


 司祭が示したのは、大理石の柱に囲まれた円形の空間。その中央に安置された岩に、聖剣はまっすぐ突き刺さっていた。


「海水が浸水しているのか?」


 聖剣が刺さった岩の周囲は水に満たされている。海抜の低いスルマーレ島の地下だから、浸水していてもおかしくない。


「いいえ。聖剣の刺さった岩を安置してしばらくすると、まるで剣を守るかのように水が湧いたのです」


 司祭の静かな声が石壁に反響する。


「聖剣アリルミナスは、翼をそなえ光をまとった水の聖剣と言われていますからな。伝説では古代、我々が住む『水の大陸』に君臨したホワイトドラゴンが氷のブレスを放ち、それがつるぎの姿に変わったと言われています」


「ホワイトドラゴン?」


 それってドラゴネッサばーちゃんか?


「ええ、四大精霊王に数えられる、雪のように白く輝くドラゴンですよ。言い伝えでは、ちょうどあなたの髪のようにきらめく銀のたてがみだったとか」


 司祭が俺を振り返った。あきらかにドラゴネッサばーちゃんのブレスじゃん。


「あの岩のところまで行っていい?」


 俺の問いに司祭がうなずくと同時に、


「もちろんじゃ」


 前伯爵もうしろから許可を出した。


 大理石の柱と、四大精霊王の石像が見下ろす円形のプールをのぞきこむ。深いはずはないのに、鏡面のような水面みなもには壁にかかった燭台の炎がゆれるばかり。まるで水底が見えない。


「飛んでゆくか」


 翼を出すため精霊力を解放したときだった。


 サアァァァァァ……


 水の流れる音がして水面が真っ二つに割れ、岩までの道があらわれた。


「み、水が消えた!?」


 司祭が息をのみ、


「聖剣がジュキを呼んでいるんだわ!」


 レモが興奮した声を上げた。


「失礼します」


 俺は誰にともなくあいさつして、聖剣の刺さった岩まで歩いた。


 間近に見る聖剣アリルミナスは美しいつるぎだった。ガードには黄金の羽の意匠、神秘的な湖のごとく緑がかった光を放つ刀身は、クリスタルのように透き通っている。


 俺は白銀に輝く握りグリップに、そっと手をすべらせた。グローブごしに、ひんやりとした金属の感触。


 ――お待ちしておりました――


 そんな声が頭に流れ込んできた刹那、聖剣はふわりと浮き上がった。


「ジュキエーレ殿が聖剣を抜いたぞ!」


 ユリアのじいさんが叫んでいる。が、抜いたという感覚はない。岩から浮かんだ剣を落とさぬよう、俺は慌てて両手を添えた。


「本当に、聖剣アリルミナスが持ち主を選んだ……」


 司祭が呆然とした声でつぶやいた。


「パパもじいじも誰も抜けなかった聖剣、ジュキくんのだったんだね!」


 ユリアの無邪気な声に、レモは腰に手を当て自慢げだ。


「ふっ、当然の結果ね。無限の精霊力を持つジュキ以外に、聖剣にふさわしい人物なんていないんだから。私が選んだジュキを選んだこと、聖剣の趣味の良さは認めてあげるわ!」


 伝説の聖剣に対しても上から目線のレモネッラ嬢、さすがブレない。右手に聖剣をにぎって戻って来た俺の左腕に抱きついてきた。


「でも先にジュキを選んだのは私だから!」


 張り合うな。


 俺は目の前に剣を構えて、透き通る刀身を見つめた。


「あんたには巨大な毒蜘蛛を斬ってもらわなくちゃならないんだ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、


 ――おおせのままに、我があるじ――


 そんな答えが返って来た気がした。


 地上階に上がると若い聖職者が二人、見物に出てきていた。


「あの少年が数百年ぶりに現れた聖剣の持ち主……!」


「数百年? もっとだろ? こんな歴史的瞬間に立ち会えるなんて――!!」


 礼拝堂前の広場に出ると、こっちにも見物人が並んでいる。


「あの銀髪の竜人が優勝者? まだほんの少年じゃないか!」


「いや、不死身のモンスターがエントリーしていて剣大会は中止になったらしい」


「不死身!?」


「あの少年は唯一、不死の魔物を倒せる力の持ち主らしいぞ」


 この島、うわさ回るの早いな……


「なんか革袋が動いてるぅ」


 ユリアがルーピ伯爵家紋章入りの革袋をブンブンと振り回している。


「中で毒蜘蛛が目を覚ましたんだ!」


 闘技場まで戻りたかったが、その猶予はないようだ。


「このようなところに閉じ込めおって! 無礼者どもが!」


 革袋を破って、大蜘蛛の黒い足が飛び出した。





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ついに、蜘蛛伯爵の最期!?

いや、こいつはもう伯爵ではないのか?


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