35、巨大な毒蜘蛛との最後の戦い

「ああ、貴重な伯爵家ご用達の異空間収納袋が!」


 物の価値が分かるレモが両手を頬に添えると、前伯爵がその肩に手を置いた。


「ご安心なされ、レモネッラ嬢。あれは大したものではない。ミスリル貨十枚ほどで買える安物じゃ」


 ミスリル貨って俺は見たことないんだが、金貨十枚と交換できると聞く。ってことは…… あの革袋ひとつで俺の村なら一年近く遊んで暮らせるぞ!


 革袋からすっかり姿をあらわした巨大な蜘蛛が、


「ほほう…… 見慣れぬ魔術剣を手にしておるな、小僧。自前の氷の剣は折れてしまったのかな?」


 バルバロ伯爵の声であざ笑った。俺は聖剣に注意深く精霊力を込めてゆく。親父からゆずってもらった普通の魔術剣に、不用意にも膨大な精霊力を流して破壊しちまった前科持ちだから慎重になるのだ。


 ――我があるじ殿、もっと下され――


 聖剣が俺に話しかけたような気がした。


 力を込めれば込めるほどまぶしく輝く聖剣を毒蜘蛛に向けて、俺は尋ねた。


「最後に訊く。ラーニョ・バルバロ伯爵、その魔物の力を抑えて今まで通り人として暮らす気はないか?」


「えっ、許す気!?」


 レモが驚愕の声を上げ、


「ジュキエーレ殿、優しすぎますぞ!」


 前伯爵が叱責を飛ばした。


「魔術兵たちを食ったこいつが許されねえってことは分かってる! でもこいつはただのモンスターじゃない。人間だったヤツを殺すなんて――」


「グハハハハ!」


 突然、蜘蛛伯爵が品のない笑い声を上げた。


「私の演技は大したものだな! 人族の伯爵として通用するとは!」


「……どういうことだ?」


 俺はなんとか声をしぼりだした。


「私は数年の月日を経て、こいつの脳を完全に食らったのだ。この人間は、自分が不死の魔物を食らって生き延びたと思っていたようだが、逆だったのさ! 人間に創り出された私が人間を食らうとはなんと胸のすく話よ!」


「じゃあ、あんたは誰なんだ!? 誰がラーニョ・バルバロの振りをしていたんだ!?」


「私はただのモンスターだ。いや、だったと言うべきか。ラピースラ・アッズーリという残忍な人族は、我々モンスターを使っておぞましい実験をおこなったのだ。何者にも破れぬ強い封印をかけた密室の中に、私――巨大毒蜘蛛グランスパイダー、ケルベロス、砂蟲サンドワーム、キングオーガが飢餓状態で閉じ込められた。我々は七日七晩戦い、私が勝ち残ってほかの魔物たちを食らった」


 恐ろしい光景を想像して、その場にいる誰もが凍りついた。


「生き残った私は解放されることなく、食べ物を与えられることもなく放置された。そしてまた餓死寸前になったころ、モンスターたちが投入されたんだ。そんなことが何度繰り返されたか分からない。私を最終的な勝者と見なしたラピースラ・アッズーリは、奇妙な術で私の背中に魔石を埋め込んだ」


 俺はぞっとした。ラピースラ・アッズーリはおそらく同じ方法で、俺の胸に封印石を埋め込んだのだ。生まれて間もない生後一日の赤ん坊の胸に――。彼女は十六年前から、生物に特定の魔力を持つ宝石を埋め込む魔術を知っていたのだろう。いやむしろ、俺の力を封印するために編み出した術と考えた方がつじつまが合うかもしれない。


「すでに最強のモンスターだった私は、魔石から絶え間なく供給される魔力により不死身となった。魔石には私自身の恐怖や憎しみ、恨みが瘴気となっていくらでも力を与えたのだ。あのころ知性の無いただの魔物だった私には、自分の感情を認識することすらできなかったが――」


 今、俺たちに話をしているのは、魔物だった巨大毒蜘蛛グランスパイダーなのか、人間だったラーニョ・バルバロなのか、それとも二つの魂は混ざりあっているのか――


「ラピースラ・アッズーリの実験は、最後に最強で不死身のモンスターを人間に食べさせることで完成するのだ。彼女はその機会をうかがっていた」


「自分で食べりゃあいいのに」


 レモが小声でつぶやいた。


 瀕死の怪我を負ったラーニョ・バルバロ氏は、願ってもない実験材料だったわけか。


「あの女は私を凍らせ再生する間もなく粉々に砕くと、ベッドに横たわったラーニョ・バルバロに食わせたのだ。私の欠片はあの男の身体のすみずみまで行きわたり、復活した」


「二つの生命体が融合したってこと? そんなことが可能なの?」


 レモが眉をひそめた。帝都の魔法学園で主席だった彼女にとっても、あり得ない魔術なのだろう。


「ラーニョ・バルバロも頸椎けいついの上に魔石を埋め込まれていたからな。魔石の力で私たちは融合したのだ」


「ラーニョ・バルバロ氏は帝都の由緒ある家柄に生まれた伯爵さんだろ? 後頭部に魔石を埋め込むなんて怪しげな実験、なんで受け入れたんだ?」


 ラピースラ・アッズーリにだまされていたのだろうか?


「私があの男の脳から読み取った感情は―― 騎士団長の家系に生まれながら弱い自分を恥じ、嘆くものだった。人間というのは愚かだな。一代限りで適した職にけばよいものを、世襲などとつまらぬ仕組みを作り出すから、この男のような者が現れるのだ」


 ラーニョ氏はバルバロ伯爵家長男ゆえに騎士団長の座に就いたものの、部下たちからも弟たちからも軽んじられていることに悩み、魔石救世アカデミーに関わってしまったのだろう。魔石を埋め込んで強くなったところで満足すればよかったのに、力を誇示したくて瘴気の森の奥まで入ってしまった。


 魔法医から死を宣告された彼が、せっかく力を手に入れたのに、ここで死んでたまるかと思っただろうことは容易に想像できる。


 魔物を食らう魔物である巨大毒蜘蛛グランスパイダーと融合したラーニョ・バルバロはすでに魔物となっており、恨みのある騎士団員を闇に乗じて襲い食らい続けたのか。


「あんたと混ざったことが弟たちにバレて、ラーニョさんは家督を奪われたのか?」


「次男一派が鑑定士を雇ったようだな」


 ヴァーリエ冒険者ギルドのギルマスのようなギフト<鑑定ミズーラ>持ちが就く職業に鑑定士がある。


「『ラーニョ様はすでにモンスターです』という報告に、弟どもはビビったのさ。私としても、騎士団長など辞めた方が好きに動けるからな。私の中に宿ったラーニョの精神が憎んでいた奴らは、あらかた食い終わったし」


 ギルマスのマウリツィオさんがバルバロ伯爵を鑑定しようとすると、妨害に遭った理由が分かった気がする。鑑定ミズーラ持ちに魔物認定されていては人間社会で動きにくいから、鑑定阻害の結界を張るようになったのだろう。


「ラーニョ・バルバロの脳を食らった私は、このように言葉を得た。あいつの悔しさや逆恨さかうらみの感情も分かるようになった。それで私は気付いたのだ。密室に閉じ込められ、殺し合いをさせられたとき、自分が恐怖していたと! そしてそのようなくだらない実験を繰り返す人間を憎んでいたことを!」


 毒蜘蛛が巨大な前脚を振り上げた。


「お前も食らってやる!」





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次話、ついに聖剣を振るうジュキの活躍!

聖剣で斬られたら、蜘蛛モンスターは再生できないのか!?

だとしたらジュキは強いから1話100字で終わってしまうのでは!?


そんなわけないからどう展開するのか気になる方は、フォローしてお待ちください!

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