33、神秘の歌声は不死の魔物さえ魅了する

「貴殿の歌声なら邪悪な魔物さえ魅了し、その心を夢の世界へいざなうやもしれぬ!」


「いや、さすがに―― こいつに心なんてあるのか……」


「悠久の時を生き、感動など忘れたはずのとて涙を流した! 聖獣と呼ばれし者に効果があったのなら、試す価値はある!」


 闘技場全体を揺さぶるかのような声で訴えるシーサーペント。


「分かった。俺の歌に期待してくれてありがとう。でも危険だと思ったらすぐ中断するからな」


 俺は用心深く大蜘蛛をにらみながら、亜空間収納マジコサケットから取り出した竪琴を簡単に調弦する。


「中断などなさるな、竜王殿。が持ちこたえて見せる」


 蜘蛛の脚の先が一瞬ぴくりと動いた。莫大な瘴気で俺の精霊力に対抗しているのだ。シーサーペントは巨大な蜘蛛の上に鎌首をもたげて、すぐにでも噛みつけるように待ち構えている。


 いったん蜘蛛を聖獣に任せて、俺は竪琴を爪弾き始めた。階段状になった客席に音が反響するせいか、普段は可憐な竪琴の音が今日は荘厳に響き渡る。


 俺は古代語の聖歌を歌った――歌詞は精霊教会に伝わる創世神話だ。


「――はるか昔 この世界が産声うぶごえあげたころ

 我らが四大精霊王はこの地をしず

 空を清め 世界に光がふりそそいだ

 悪しき存在ものを大海の果てに封じた――」


 自分の声が何倍にもなって返ってくるようだ。中音域はアリーナの底に優しくたゆたい、高音域は段状の客席に跳ね返って増幅されながら、空へとけてゆく。


「――奈落の底に眠りし暴虐なる魂よ

 眠れ、眠れ、いついつまでも――」


 聖歌だと気が付いた魔術兵たちが精霊教会の印を結ぶ。ユリア嬢も、ルーピ伯爵家の方々も静かに祈りを捧げている。


 一人、聖魔法教会ラピースラ派の国で育ったレモは、彼女のやり方で手を合わせた。聖魔法教すら信じてなさそうなリアリストなのに、ちゃんと俺たちの信仰に敬意を払ってくれるのがうれしい。


「――二度とその恐ろしき目を見開くな

 光届かぬ奈落の底で

 底無き深海の最奥で

 眠れ、眠れ、いついつまでも――」


 光が煙るように、闘技場に余韻が残る。


「ほ、本当に大蜘蛛が動かなくなったぞ」


 誰かが小声でささやいた。


「ピクリともしない。なんて不思議な歌声だ――!」


「オレの心もすがすがしい歌声に洗われたぜ……」


 魔術兵たちも口々に感嘆の声をもらす。


 竪琴を布に包んでしまいながら竜眼ドラゴンアイをひらくと、瘴気が薄れたのが分かった。


「聖獣がひれ伏すような人物ってのは、素晴らしい芸術家でもあるのか」


 当の聖獣は半開きの口からよだれをたらしつつ聞きれていた。


「っくぅぅっ! またこの美しい歌声を聴けるとは! お願いしてみてよかった!!」


 ん? この聖獣、俺の歌を聴きたかっただけ!? まあ歌って喜んでもらえたら、俺も幸せなんだが。


 まだ目をつぶっている前伯爵に、


「あの、礼拝堂に案内していただけますか?」


「おお、そうじゃったな! ついジュキエーレ殿の歌声に聞き惚れてしもうた」


「目を離したくはないが――」


 俺がアリーナを振り返ると、静かになった蜘蛛の下にユリアがもぐりこんだ。


「じゃあこれ持ってく? ジュキくんのとなりにあれば、いつでも歌って眠らせられるじゃん?」


「ええっ!?」


 驚きの声をあげたのは俺だけ。


「この娘は怪力だからな。幾度いくたびの静止を振り切っておる。ようやくつかまえたと思ったら、竜王殿がいらっしゃったのだが」


 声の感じからすると苦笑しているようだ。ユリアのやつ、何度も運河に落ちてシーサーペントに気に入られるも、逃げ切ってたってことか!? 


「礼拝堂はすぐじゃ。ついて来なさい。ジュキエーレ殿が聖剣を抜けることを祈っておる」


 スルマーレ島内の細い路地を歩くと、住民たちが鎧戸を開けて見下ろしている。ユリアが巨大な蜘蛛などかついでいるから、上から見たら蜘蛛自体が動いているように見えるんだろう。


 二つほど太鼓橋を渡ると、真ん中に雨水井戸のある広場に出た。広場の突き当りに建っているのは、礼拝堂というには大きすぎる立派な精霊教会。前伯爵が扉をたたき、


「わしじゃ」


 一声をかけるとすぐに、司祭服に身を包んだ老人が姿をあらわした。


「ま、魔物!?」


 司祭はユリアがかついだ巨大な毒蜘蛛に唖然とした。


「驚かせてすまないの。魔術剣大会に魔物が出場していたのじゃ」


 前伯爵は場違いなほど淡々とした口調。


「人間に化けておっての、今はジュキエーレ殿の美しい歌声で眠っておるが、この魔物め不死身なのじゃ。倒すには聖剣が必要とシーサーペントが申したから抜きに来たのじゃよ」


 抑揚のない口調でいっぺんに説明されて、司祭は目をしばたいた。


「ルーピ大伯爵殿、ついにボケなさったか」


「ボケてないわい! 司祭殿、わしと同い年ではないか!」


「わたくしは祈りの文句を暗記して、毎日礼拝を捧げておりますからな。毎日お孫さんと遊んでいらっしゃるおじいちゃんとは違いますわい」


 言われてるぞ、じーさん。


「――とにかく大伯爵殿、あり得ないことばかりおっしゃらないで下さい。人間に化ける魔物も不死の生物も存在しませんし、魔物が歌を聴いて寝るって幼児じゃあるまい。しかもめったに姿をあらわさない聖獣シーサーペントを持ちだすなど、冗談もほどほどになさいませ」


 確かに常識では信じられないことばかりだよな。俺は一歩進み出て司祭に礼をすると、


「司祭さん、大伯爵様の話は信じなくてもいいので、俺に聖剣を抜かせてください」


「きみが剣大会の優勝者か。大伯爵殿、聖剣の秘密を彼に説明していないのですか?」


「しておる。じゃが彼なら誰も抜けなかった聖剣を抜けるかも知れぬと、シーサーペントが言ったのじゃ」


「だから冗談は――」


 前伯爵は片手を突き出し、司祭の言葉をさえぎった。


「信じられぬじゃろうが、この少年――ジュキエーレ殿は伝説の聖獣をも従わせる力を持っておるのじゃ。わしはこの目で、シーサーペントが彼にこうべを垂れるのを見たのじゃよ」


「な、なんと――」


 司祭の俺を見る目が変わった。なんかくすぐったいような気まずいような……


「島中のうわさになっておるのじゃが、聖務に忙しい司祭殿はご存知ないようじゃなぁ。毎日礼拝堂にこもりきりで世間にうといのも困りますな。ふぉっふぉっふぉっ」


 しっかり仕返しする前伯爵。


「これも知らぬじゃろうから教えてやろうの。ジュキエーレ殿はただ優れた歌手というばかりでなく、歌声に不思議な力が宿っておるのじゃよ。その声は魔物さえも操る――まさしく神秘の子じゃ」


「分かりました」


 司祭がしっかりとうなずいた。


「この若者を聖剣アリルミナスのところまで案内しましょう」





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ついに聖剣の元へ!

ジュキは岩から聖剣を抜くことができるのか!?

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