四、聖剣アリルミナス

32、不死のモンスターを倒す方法

「美しき竜王よ、お困りのようでしたのでせ参じました!」


 陸地に上がれない巨海蛇シーサーペントは、海から長い首を伸ばして地響きを起こすような声で俺に話しかけた。


「伝説の聖獣が――!」


 魔術兵が息をのむ。


「えぇっ、あの銀髪の少年が竜王!?」


「シーサーペントを従えているだと!?」


 皆さん大騒ぎである。もう勘弁してほしいよ、シーサーペントさん。おそらく人間社会の事情なんか想像できないんだろうけど。いや、そのかわり聖獣や魔獣については詳しいかも――


「なあ、巨大毒蜘蛛グランスパイダーの急所を知らないか? いくら倒しても復活するんだが――」


 俺の問いに、シーサーペントは丸い目をさらに見開いた。


巨大毒蜘蛛グランスパイダーだと? この禍々まがまがしい生き物が!?」


 首を伸ばして、闘技場の真ん中で斬られては再生し続ける黒い魔物をのぞきこむ。


「竜王殿、これはの知っている巨大毒蜘蛛グランスパイダーではない。巨大毒蜘蛛グランスパイダーは本来、不死身などではないのだから」


 やはり不死身のモンスターなど存在しないのか。


 シーサーペントは長い首を悲しげに振り、


「これは愚か者が人為的に作り出した魔物だ。生命をもてあそぶとはなげかわしい!」


「あんたですら、倒す方法は分からないか――」


 俺は落胆のため息をもらした。


「ああ、のいとおしい人は話し声すら甘美だ――ではなくて竜王殿!」


 一瞬シーサーペントの目がとろんとしたんだが、見なかったことにしよう。


「少し前、この地に聖剣が運ばれたはずです」


 人間の感覚で言えば数十年前で、決して「少し前」ではない。


の髭に聖剣の波動を強く感じる。近くにあるのだろう?」


 一人一人の顔を確認するように首を揺らし、ぐるりと目玉を動かした。前伯爵が冷や汗をぬぐいながら、


「お、おっしゃる通りでございます! この島の礼拝堂地下に移動してございます!」


「やはりな。その聖剣でつけた傷は、邪悪な力で治癒することはできぬのだ」


「よし!」


 俺は前伯爵を振り返る。


「大旦那様。聖剣、使わせてくれますよね!?」


「ジュキエーレ殿、その、実はな――」


 前伯爵は息子であるルーピ伯爵に視線を送ったが、彼もまた気まずそうに目をそらしてしまった。


「――聖剣アリルミナスは、岩に刺さっていて何百年も、誰も抜くことができないのじゃ」


 前伯爵が苦虫をかみつぶしたような顔で打ち明けた。


「でもヴァーリエから移動させたんじゃ――」


「岩ごと動かしたのじゃよ。八頭の馬にかせ、それから大きな船に乗せて島まで運んだのじゃ」


 それで大会の優勝者がもらい受けるのは「所有権」のみだったわけか――。振るえない剣が賞品とは、商売上手なスルマーレ島領主らしい狡猾さだ。


「――竜王殿なら抜けるかも知れぬ」


 シーサーペントがぽつんと言った。魔術兵たちがざわつく中、前伯爵が立ち上がった。


「聖剣のところまで案内しよう、ジュキエーレ殿」


 だが突然、レモが立ちくらみを起こして俺に倒れかかった。


「おいレモ! 大丈夫か!?」


 ずっと鎌渦斬風シクルウィーズルを維持していたから、魔力が底をついてきたのだ。


「ごめんジュキ。この術、普通は相手を倒したら解除するものだから――」


「氷塊よ、我が敵封じ込めたまえ!」


 レモの術が消えると同時に、俺は氷の中に巨大な蜘蛛を閉じ込めた。だが蜘蛛の瘴気によって、少しずつ氷が溶けてゆくのは明らかだ。


「レモ、気付くの遅れてごめん!」


 俺は彼女を強く抱きしめた。


「そんなことよりジュキ、早く聖剣を抜きに行って。ここは私たちに任せて」


 俺の腕に支えられながら、彼女は強い瞳で言った。


「こんな状態のあんたを置いてくなんて、できるわけないじゃん!!」


 溶けだした氷からはみ出した蜘蛛の脚を、客席から戻って来た魔術兵たちが攻撃する。氷塊からのぞいた頭に、シーサーペントが鋭い牙をき出して食らいついた。


「竜王、ここはなんとかが死守するので、その間に――」


「わたしも戦うよっ!」


 ユリア嬢までもがアリーナへ飛び降りて、亜空間収納システムになっていると思われるレースのバッグから、自身の身長と同じくらい大きい戦斧バトルアックスを取り出した。


「てやっ」


 少女の怪力で蜘蛛モンスターの脚が吹き飛ぶ。頭をシーサーペントに噛みつかれ、脚は次々に切り落とされても、巨大な蜘蛛は無数の糸を繰り出し彼らを捕食しようとする。


 俺は意識を敵の体内に集中し、精霊力を細くって放った。


「汝が体内流れし水よ、絶対零度に迫りてあらゆる動き静止せよ!」


 体液を凍らせると、巨大な蜘蛛は動きを止めた。


 だが俺は両手で顔をおおって首を振った。


「やっぱりだめだ! みんなをここに置いて礼拝堂に行くことなんかできない!」


 俺が戻ったらみんな全滅してるなんて悪夢、絶対嫌だ!


「ジュキ―― つらい思いさせてごめんね」


 レモが俺をぎゅっと抱きしめた。


「でも私たちを信じて。私だってジュキの張ってくれた水の結界を信じていたから、蜘蛛伯爵に毒針攻撃されても一切集中力を乱さずに、聖魔法を完成させられたのよ」


 おだやかな笑顔で、俺をあやすようにいい子いい子してくれる。


「ねえねえレモせんぱい、なんか相手を眠らせる術あったじゃん」


 ユリアが動かない巨大な蜘蛛の横から俺たちを見上げる。


「レモせんぱいが授業休講にしたいとき、こっそり教授にかけちゃう術。あれで眠らせるとか?」


「わしのかわいいユリア、素晴らしいアイディアじゃが、睡魔スリーブは屈強な戦士や上位の魔物には効かないのじゃよ。ましてや戦闘態勢にある相手になぞ――」


「いや、ご老体。ご令孫れいそんの策、けだし妙案かもしれぬぞ」


 シーサーペントは前伯爵の言葉をさえぎると、俺の方に首を向けた。


「いとしの竜王――」


 その呼び方やめてほしいなぁ。


「貴殿なら邪悪な魔物を眠らせることも可能かと!」


「――どうやって?」





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