31、蜘蛛伯爵の正体

 目を開けた俺が見たものは――


「あんた、やっぱり魔物だったのか……!」


 蜘蛛伯爵の黒ずんだ皮膚が、かきむしるたびがれ落ちてゆく。その奥からのぞくのは、密集した短い毛におおわれた真っ黒い何か。


「に、人間の中から魔物が出てきたぞー!」


 おびえた観客たちは逃げ出し、かわりに大勢の魔術兵たちがアリーナに下りてきた。


 背中の両側から生え出すのは蜘蛛の足。人間だった手足の皮膚も破れ、茶色い毛におおわれた黒い足が出現する。


「お嬢様の婚約者を決める大会に、魔物が出場していただと!?」


 魔術兵たちが警戒しながらアリーナを囲う一方で、二回戦勝者たちは闘技場から走り出ていく。あんなのと決勝戦するんじゃたまらないとでも思ったか? もう剣大会は中止だろうな……


「フフフ…… ようやく本当の力を出して戦える」


 どこからしゃべっているのか、巨大な黒い蜘蛛は伯爵の声で言った。


「人間に化けていたのか?」


 そんなモンスターがいるなんて聞いたことないんだが――


「化ける? 違うな。私は巨大毒蜘蛛グランスパイダーを食らって進化したのだ」


「食らうだと? それで体内で毒や糸を作れるようになったのか?」


「理解が早いな。さといお前なら分かるだろう。この姿をさらした今、私はこの大会に優勝したとて伯爵令嬢の婚約者になることも、聖剣を得ることもできない。ならば敬愛するアッズーリ教授をおとしめたお前たち二人を食らうまで!」


「俺たちまで食うのかよ!?」


 俺は背中の翼にかけた封印を解くと、レモをかかえて舞い上がった。


「そうだとも! 私は食らった者の力を得るのだ! 騎士を大勢食ったから剣の達人よ! グワハハハハ! 貴様らの力も我が物としてくれるわ!」


「ジュキごめんなさい。私が大きな聖魔法なんか使ったから――」


 俺の腕の中でレモがうなだれている。


「なに言ってんだよ。あんたがあいつの正体をあばかなかったら、人間食って力を得るようなヤツが、人間のふりして社会に溶け込んでたんだぜ?」


 俺たちの眼下で魔術兵長が怒号を上げた。


「我が領土を乗っ取ろうとしたモンスターめ! 覚悟しろ!」


 兵たちはそれぞれの色に輝く魔術剣を振り上げ、一気に巨大毒蜘蛛グランスパイダーに斬りかかる。


 が、魔物は八本の脚を同時に動かし次々に兵士を捕らえると、口の中に放り込んだ――!


 むしゃむしゃと噛み砕くその姿に悲鳴を上げて逃げ惑う兵士を、また蜘蛛の脚が襲う。


「氷よ、無数のやいばとなれ!」


 俺のイメージ通り、水晶のように透明な短剣が宙に現れ、蜘蛛の脚めがけて降りそそいだ。それらは狙いたがわず八本の脚を断ち切り、魔術兵たちを解放した。


「かかれー!」


 手足のなくなった蜘蛛に魔術兵たちが再度向かうが、ある者は口から放たれた毒に倒れ、またある者は糸にからめとられて身動きできなくなった。糸はまるで意思を持つかのように自在に動き、全身白い糸で包まれた兵士が蜘蛛の口に運ばれていく――


「水よ、我が意にこたえて鞭となれ!」


 俺の指先から伸びた水の鞭が、日差しにきらめきながら波打ち、蜘蛛糸を次々と断ち切ってゆく。


「みんな、危ないから離れていてくれ!」


「か、かたじけない! 若き竜人殿!」


 魔術兵長らしき男が、空中で羽ばたく俺を見上げて答えた。魔術兵たちは、糸に包まれ白くなった同僚を引っ張って客席まで後退する。


 その様子を見届けたレモは、俺の腕の中でくすっと笑うと、


「さて、みんな避難したことだし、おっきな術で蜘蛛の首でも斬り落としますか」


「バルバロ伯爵はついさっきまで人間だったのに――」


 今はモンスターの姿とはいえ躊躇ちゅうちょしてしまう。


 大体パーティを組んでダンジョンにもぐっていたときでさえ、モンスターを倒していたのはイーヴォとニコで、俺はうしろで優雅に竪琴を爪弾つまびいていたんだから。


「たとえ人間でも、人間食うようなヤツは生かしておけないわ」


 レモは断言して呪文を唱え始めた。彼女はとても優しい人だが、同時に厳しい強さを持っている。公爵令嬢として育てられたからだろうか? 公爵家なら時には領地の罪人を死罪にすることもあるだろう――


 俺が腹をくくろうと唇をかみしめていると、レモがさっさと呪文を完成させた。


烈風斬ウインズブレイド!」


 風の術が飛びゆき、蜘蛛の頭を胴体から切り離した!


「倒したか!?」


 まだ残っている観客たちがワッと湧くが――


「私は不死身なのだよ」


 あろうことか、胴体からにょきっと頭が現れ、見る見るうちに八本の脚が生えそろった。


「嘘でしょ!? あいつの頭、まだ地面に落ちてピクピクしてるのに……」


 俺の耳元で気持ち悪い実況中継をするレモ。その口元から魔術兵が一人、い出て来る。


「私は一度死んだのだ。だが不死身の蜘蛛を食らってよみがえったのだよ! アッズーリ教授こそ、私の命の恩人なのだ!」


「不死身の蜘蛛だって? 死なないモンスターなんて聞いたことねぇぞ?」


 俺の言葉に、首から上は完全に蜘蛛と化した伯爵が鼻で嗤った気配がした。


「偉大なるアッズーリ教授が創り出されたのだ。あの方は魔石や瘴気を研究し、より強いモンスターを生み出す実験をおこなっていたからな」


 ラピースラ・アッズーリめ、ますますとんでもねぇ。


「さらばだ」


 巨大な蜘蛛が俺たちを見上げ、口をひらいた。その中から現れるのは燃える火の玉。


「凍れる壁よ!」


 中空にあらわれた分厚い氷が火の玉を打ち消す。


 俺は覚悟を決めた。本物のラーニョ・バルバロ氏は瘴気の森で亡くなっていて、俺の目の前にいるのは心を失った、ただのモンスターなのかもしれない……


「極大なる氷の矢よ、かの者の心の蔵を貫きたまえ!」


 狙いたがわず太い氷の矢が、巨大な蜘蛛の腹を貫通した。


「ぐふっ」


 俺の精霊力をこめた氷が心臓に刺さった状態なら、さすがに復活はしないだろう。


 俺は背中の白い翼を羽ばたいて、ルーピ伯爵やユリアたちの待つ特等席まで飛ぶと、そこにレモを下ろした。伯爵一家を守るため、魔術兵たちが複数人で結界を張っている。


「ごくろうじゃった。ジュキエーレ殿」


 ユリアのじいさんが俺に声をかけ――


「まだ動いてるよ!」


 ユリアが蜘蛛を指さして叫んだ。


「なんだって!?」


 俺たちの見守る前で、巨大な蜘蛛は器用に脚を動かして、自分の胴体を貫いた氷の矢を抜いた。攻撃を受けるたび服が破れ人間の肉体がもげ落ちて、今やその姿はこげ茶色の毛に全身をおおわれた蜘蛛そのものだった。


鎌渦斬風シクルウィーズル!」


 レモが風の術を放つ。風の刃が蜘蛛を囲み、ぐるぐると回りながら切り刻み続けるという恐ろしい術だ。


「これなら再生するそばからまた傷を負うわ。根本的解決にはならないけどね」


 レモが苦い顔で告白する。


「くそっ、どうすりゃいいんだ!」


 倒すこと自体は難しくない。だがいくら倒してもキリがない。


 そのとき闘技場のうしろの海に水柱が立った。人々が驚いて見つめる中、ざばーっと大きな水音を上げて巨海蛇シーサーペントが姿をあらわした!


「竜王殿!」





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強力な助っ人が参上!・・・なのか?


不死身のモンスターをどうやって倒すのか!?


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