30、クロリンダ嬢、星になる?
蜘蛛伯爵がレモに向かって剣を振り上げた!
――水よ、かの者包みて
俺は精霊力を飛ばして、遠隔で水を操る。
カキィィィィン!
剣を上段に構えたまま、蜘蛛伯爵は凍りついた。
「ぐ、ぐぐぐ……」
瘴気を放って俺の精霊力に対抗しやがる。なんとか顔だけ出した状態で、
「どこにおる!? 氷の術を操っているのは銀髪ツインテ美少女だな!?」
俺をその名で呼ぶな。
――凍れ。
カチコチーン。
再度凍りついたところへ、思いもかけぬ人物が飛び出してきた!
「アタクシのラーニョ様を凍らせるなんて、許せないわ!!」
「お嬢さん、アリーナに立ち入らないでください!」
「試合中ですので出て下さい!」
運営関係者に魔術兵までやってきて、周りを囲まれた令嬢は――
「はっ、その呪文――あんたね、レモネッラ! そんな高度な聖魔法が使える人間は、レジェンダリア帝国中探したって、あんたしかいないんだから!」
「あーらクロリンダお姉様、北の塔に幽閉されていたのではなくって? 百日経ってないと思うんだけど?」
レモ! 呪文詠唱を中断しないでくれ! 姉妹喧嘩を優先するレモに、俺は頭を抱えた。どーしよーもない負けず嫌いだ。
「レモネッラ嬢だと!?」
首から上だけなんとか氷を溶かした蜘蛛伯爵が、怒りのこもった声を上げた。
観客たちも騒ぎ出す。
「レモネッラ嬢って、聖ラピースラ王国の公爵令嬢!?」
「男装して出場していたのか!?」
レモの聖魔法を受けて急に老けたように見える蜘蛛伯爵が、
「手紙を読まなかったのか!?」
と、にらみつけた。
「読んだけど?」
「待ち合わせ場所が分からなかったとか……」
そんなバカな……
「行かなかっただけよ。クロリンダお姉様を返してほしくばって書いてあったから」
クロリンダは
「返してほしくはないということか!」
「当たり前じゃない。包装紙もリボンももったいないから、そのままあなたに差し上げるわ」
「いらん! 貴様が来ると思って昼食も取らずに待ち続けたこの恨み、今ここで晴らしてくれるわっ!」
怒りと共に瘴気を発散し、氷から自由になった伯爵が腰の剣を抜くと、レモは大きくうしろに飛んだ。
「二人とも、だめぇぇっ! アタクシのために争わないでぇぇぇ!」
状況を理解していないクロリンダの叫び声は無視して、剣をにぎった蜘蛛伯爵は元騎士団長の肩書も納得の腕前を披露する。対するレモは防戦一方。聖魔法の呪文を唱える余裕すらない。
動きの速い二人を見下ろしながら、どうやって援護射撃しようか考える俺。うしろからルーピ伯爵のため息が聞こえた。
「あの騎士見習い、若くて美形だからユリアの婚約者にぴったりだと思ったのに、レモネッラ嬢だったとは……」
「レモせんぱい、わたしのために男装してくれてたの。だからパパ、怒らないであげて」
ユリアも認めちまったし。
「ええーい、バレちまったならしょうがねぇ! どうせレモは失格だろ?」
俺は闘技場に飛び降りた。
「あんたをユリア嬢の婚約者にするわけにはいかねぇんだ! 決勝を待たずにここで俺が倒してやるよ!」
「出たな、オトコオンナ!」
うわ腹立つな、蜘蛛伯爵め。
「貴様、遠隔魔術で氷を操って、レモネッラ嬢を守るとは反則だぞ!」
うん、俺も反則だと思ってた。至近距離で対峙してりゃあレモ自身が術を発動させてないってバレるよな。バカなイーヴォ以外には。
「遠隔魔術だと?」
客席から驚きの声があがる。
「そんな高度な術を扱えるヤツが現代にいるとは!」
手元から発射せずに、ねらった空間に氷の刃を出現させるのは高度なのか。自分自身が水の精霊みてぇな俺にとってはイメージを変えれば済む話だが、普通は精霊から力を借りて魔法を使うから術式が複雑になるのだろう。
「男装してたレモネッラ嬢が強いのかと思ったが、すげぇのは竜人族の少年だったのか!」
同族意識があるのか、亜人族の観客はうれしそうだ。
「いやお前、さっき対戦相手が『銀髪ツインテ美少女』って言ってたから、きっとあの子も男装してるだけで女の子なんだよ」
「ち、違――」
客席に抗議しようとした俺の声をさえぎって、
「そういえば小柄だし声もかわいいよな」
納得するなぁぁぁっ!
「こ、
俺はちょっと涙目のまま氷の剣を生み出し、蜘蛛伯爵へ向かった。
「毒針!」
伯爵は爪の間から、極細の針を次々と飛ばしてくる。
「水壁
「ぐわぁぁっ! それもお前の術だったのか!」
「とどめだ!」
「きぃやぁぁぁっ! やめてぇぇぇっ!」
あとさき考えず、クロリンダ嬢が蜘蛛伯爵の前に立ちふさがった。
「アタクシの愛する人を斬らないでぇぇぇっ!」
涙ながらに叫ぶ姿は悲劇のヒロインそのもの。こっちが悪役みてぇで面白くもねぇ。
俺はこめかみを押さえながら、つとめて冷静に、
「それじゃあクロリンダお嬢さん、あんたの愛する人を説得してくれねぇか? この試合、降参してくれるように」
「そんなことできるわけないじゃない! ラーニョ様はこの島の領主様に、そしてアタクシは領主夫人になるのよ!」
ん……?
「いや、試合に勝ったらラーニョ・バルバロ氏は領主の娘さんと婚約するんだが?」
「嘘よ! アタクシをだまそうったってそうはいかないわよっ!!」
「いや、そういうルールですが?」
と、声をかけたのは俺ではなく司会を務めていた獣人さん。
「みんなしてアタクシをだまそうとしてぇぇぇっ! っきぃぃぃっ!! アタクシの未来の旦那様がアタクシに嘘をつくわけ――」
「
レモの攻撃魔法がクロリンダのヒステリックな声をさえぎった!
「キャァァァッ 助けてぇぇぇ、旦那様ー!」
甲高い叫び声をあげながら、空高く吹き飛ばされてゆく。
「実の姉に攻撃するなんて地獄に落ちればいいのよぉぉぉぉ……」
しだいに遠くなる声に、
「対戦相手に放ったつもりが、ちょっと狙いがそれちゃったみたいね」
レモはすました顔で言い放った。
きらりん。
空の彼方で一瞬輝いて、クロリンダは見えなくなった。
レモは、毒針逆流攻撃から復活した蜘蛛伯爵に向きなおり、
「さぁて。邪魔者は消えたわ。あんたが魔石から得ているその力、浄化してやるわよ!」
「なんの話ですかな?」
飽くまでしらを切るつもりか。俺は氷のつるぎの切っ先を伯爵の鼻先に向けた。
「レモネッラ嬢の聖魔法で正体を
レモが聖魔法を完成させるまで時間を稼ぐのだ。
「我らを
レモの詠唱を耳にして、伯爵の目玉が落ち着きなく動き出した。それでも彼は余裕があるふうを装って、堂々と声を張った。
「ユリア嬢と結婚できないはずの女性が、この剣大会に出場していること自体がおかしい。魔術兵よ! こちらのレモネッラ嬢を城外にお連れ下さい!」
闘技場のコーナーに立っていた魔術兵が顔を見合わせ、それからレモへ歩き出した。
まずい。――一瞬俺の意識が魔術兵にそれた瞬間、伯爵がレモに向かって毒針攻撃を仕掛けた!
「しまった―― 氷の……」
シュンッ
「なっ」
伯爵が目を見開く。俺があらかじめ張っておいた結界に触れて、毒針は全て消滅した。
「――汝に
精神力の強いレモは、集中を乱さずに呪文を唱え続ける。
「――今全てを無に
「レモネッラ嬢、失礼します」
魔術兵が彼女の肩に手を置いた次の瞬間――
「
「ぐ、ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
あまりのまぶしさにぎゅっと目を閉じた俺の耳を、蜘蛛伯爵の恐ろしい絶叫がふさいだ。
「な、なによこれ――」
レモが乾いた声でつぶやいた。
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蜘蛛伯爵の身に何が!? 茶番劇からいきなりシリアス展開!?
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