28、イーヴォVS謎の小姓(実はレモネッラ嬢)
「第一回戦も最後の試合となりました! 人族の騎士見習いレモネッロ・アルバーニ対竜人族イーヴォン・ロッジ!」
司会の男が紹介すると同時に、二人は反対方向からアリーナに入ってきた。俺は念のため、服の下で
「イーヴォン・ロッジの本名はイーヴォ・ロッシ!」
「えっ、なんでバレてるんだ!?」
司会の言葉に間抜けな声を出すイーヴォ。
「調べによると、先ほど一瞬で敗退したニコラ・ネーリはただの実行犯に過ぎず、イーヴォ・ロッシの命令に従っただけ」
「なっ――」
「というわけで伯爵家主催の剣大会にノコノコ出てきた
「なんだとぉぉ!? 話が違うじゃねえか!」
イーヴォが声を荒らげると、闘技場のコーナーに立っていた屈強な魔術兵たちが、ずいっと一歩踏み出した。
「戦わなければ今すぐ投獄! 勝てば恩赦により無罪放免!」
司会者の言葉にイーヴォはふんぞり返った。
「なぁんだ、簡単なことじゃねえか。勝てばいいんだろ、勝てば」
ま、相手は俺が最強の結界で守るレモネッラ嬢だけどな。
「いいぞー! 負けろー!」
「騎士見習いの少年、やっつけちまえ!」
とりあえず盛り上がる観客たち。
レモは観客に手を振りながらさりげなく俺の前あたりで立ち止まると、印を結ぶ振りをした。俺は打ち合わせどおり――
――我が力溶け込みし清らかなる水よ、薄き
心の中で念じて、彼女に精霊力をまとわせた。薄い水の膜がさらさらと彼女を包み込む。
「弱虫め! 俺様にビビって水の結界を張りやがったか。ゲハハ!」
イーヴォが品のない笑い声をあげた。
「俺様の炎で蒸発し尽くしてやるぜっ!」
声もでかいが言うこともでかい。ゆーっくり呪文詠唱してるうちに、レモが高速で魔術構築して攻撃してくるだろうけどな。
「試合開始!」
司会の声と同時にレモは、すらりと
「はんっ! ほっそい剣だな! え? たたき割ってやるわ!」
「その錆びた鉄で?」
レモが冷静な声で訊き返した。
「きみのそれ、ボクの目には剣にすら見えないけど?」
イーヴォが手にした棒に集中していた観客が、次第にざわめきだす。
「あ、あの鉄―― おらんちの前の橋がらパクったやづじゃねえが!?」
スルマーレ弁で誰かが叫んだ。
「欄干ドロボーっ!」
「柵返せーっ!」
ルーピ伯爵邸武器庫に忍び込んだニコが魔術剣を盗み出すのに失敗したから、
「ぐおおおお!」
叫んで斬りかかるのはニコと一緒。どこの流派なんだろう…… 同郷だけど全然分かんねえ。
レモはまだ動かない。唇だけがかすかに動いているのは、何か呪文を唱えているのだろう。
イーヴォがレモを攻撃すると見えた刹那、彼女はレイピアの
「よっとっと……」
「――
なんとか踏みとどまったイーヴォの背中を、
「ぐわぁっ!」
ばたり。
一瞬の出来事だった。突っ伏したイーヴォはぴくりとも動かない。
「勝負あり! 勝者、レモネッロ・アルバーニ!」
「おぉぉぉ! 見事だったぞ!」
人々が拍手喝采する。レモの戦い方を見ると、貴族の学園でプロの指導を受けていただけある。それにしてもイーヴォ、やっぱり弱かったんだなあ。お前が弱すぎて、俺がかけた最強の結界が活躍する暇さえなかったよ……
「一瞬だったな、あの竜人……ただ突進するしか能がねえと来たもんだ」
周囲からは落胆する声も聞こえてくる。竜人族は魔力量が多く、亜人族の間では強いと信じられている種族なのだ。
「突進したら流されたからなあ。女みてぇに小柄な人族相手に情けなさすぎるぞ?」
そりゃレモは女の子だからな。
「魔術使う間もなく負けるとか、もはや亜人族の恥だぜ」
同郷の俺なんか恥どころじゃないぜ。他人のふりしたい。
「欄干返せー!」
数人の亜人がアリーナに飛び降りてイーヴォの手から鉄の角棒を奪うと同時に、マッチョな魔術兵がぞろぞろとやってきて倒れたままのイーヴォをひっとらえる。
「お、お前ら放せ! 俺様はまだ負けてない!」
意識の戻ったイーヴォ、両側から体の大きな獣人兵にかつぎあげられ、足をぶらぶらさせながら情けないことを言う。
「寝言は牢屋に入ってから言え」
「俺様が負けるはずないんだぁぁぁぁ!」
泣きながら城外に運び出されていった。
「今から
必要事項を伝達して司会者は奥へ引っ込んだ。
伯爵家特別席には使用人たちがテーブルを持ってきた。さらに次々と食べ物を運んでくる。屋敷からそう遠くないとはいえ、ご苦労なことだ。
「レモネッラ様はいらっしゃいませんか?」
飲み物を運んできた使用人の一人が俺たちに尋ねた。
「日陰で休んでくるって言ってたな」
とルーピ伯爵。まさかたった今、竜人を一瞬でのした騎士見習いが張本人だとは思うまい。
「何か
尋ねた俺に、
「さきほど黒い服を着た紳士から、こちらを渡してほしいと――」
使用人は、飲み物のグラスと一緒に銀のお盆に乗せてあった封筒を差し出した。
「分かった。渡しておくよ」
受け取った封筒の表には、「親愛なるレモネッラ・アルバ嬢」と書いてあるものの、どこにも差出人の名前がない。
「その男って、さっき剣大会に出てたラーニョ・バルバロ伯爵じゃないよね?」
俺の問いに、使用人は首を振った。
「申し訳ございません。お屋敷の厨房でお昼食の準備をしていたため、剣大会は拝見していないのです」
そこへ女の子の服装に戻ったレモが、ユリアの侍女とともに帰って来た。
「わ~、いい匂い!」
小さなテーブルの上にところせましと並べられた料理に歓声を上げる。レモが戦ったことは秘密にしなくちゃいけないから、「おつかれ」とか「一発だったな」とか話せないのがもどかしい。……二人きりになりたいなぁ。
「ジュキ、その封筒なに?」
「ああ、レモネッラ嬢宛ての手紙だってさ」
「何かしら?」
レモは細い指先を差し込んで封を開けると、中から取り出した便箋を俺にも見えるようにひらいた。
そこに書かれていたのは――
<お前の姉クロリンダをあずかった。返してほしくば造船所の東にある廃教会の庭まで一人で来い>
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クロリンダ嬢が誘拐された!?
レモネッラ嬢は救いに行くのか?
次回は剣大会も二回戦。一回戦勝者同士が戦います。
蜘蛛伯爵と当たったのは――なんとレモ!?
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