27、魔術剣大会開始! ニコVS蜘蛛伯爵

「ジュキったらこんなところにいたのね。魔術剣大会始まったわよ。見に行かないの?」


 ルーピ伯爵邸の屋上で寝椅子カウチに寝っ転がって、日差しに輝く海や遠くの島々、ひときわ高い鐘楼の足元を埋めるオレンジ色の瓦屋根――などをぼんやり眺めていたら、レモがやってきた。


「だって俺の出番、決勝からだし。レモが出るときは援護射撃しに行くよ」


 俺は繊細だから人の多いところが苦手なのだ。


 レモがカウチのヘッドレストに座って、俺のくせっ毛をやさしくなでてくれる。


「ジュキの銀髪、日差しに輝いて綺麗だわ。それにしても昨日、一日中歩き回ったから疲れたのかしら?」


 そう、昨日は丸一日、レモと二人でスルマーレ島観光デートだったのだ。一緒に海の幸の揚げ物フリットを食べておいしいねとほほ笑みあい、一緒に美しい景色を見てきれいだねと肩を寄せあう。二人の心の距離がさらに近付く幸せな時間だった。


「もうすぐ蜘蛛伯爵とニコラ・ネーリが戦うみたいよ。ユリアの侍女さんに頼んで試合予定、書き写させてもらったの」


「えっ!?」


 俺は飛び起きると、レモが手にした綿紙コットンペーパーをのぞきこんだ。トーナメント表とタイムテーブルが、インクで手書きされている。


「ニコラ・ネーリは牢屋にいるはずじゃ?」


「決闘に勝ったら無罪放免なんですって」


「そんな甘いことでいいのか!?」


「参加者が多いほうがおもしろいじゃろって、ユリアのおじいさまがおっしゃってたわ」


 あのジジイ……


「ニコはどうでもいいけど、蜘蛛伯爵の戦い方は気になるな。観に行こうぜ」


 俺は寝椅子カウチから立ち上がると、真っ青な空を見上げて伸びをした。




 魔術剣大会の会場は、海に面した大きな広場だった。扇状に広がった客席は階段になっている。急勾配のおかげで貴婦人たちが日傘を差しても、うしろの客の視界をさえぎらない構造だ。


「うおー、いけいけー! 剣だけじゃなくて魔法も使えよ!」


「バカ、ちゃんと結界張っとけよ!」


 貴族たちも観に来ているというのに、見物客が大声で叫んでいる。その間を物売りが行き交い、ワインやジェラートを売り歩く。


「盛り上がってるなあ。どこに座る?」


「私たちの席は決まってるの。こっちよ」


 レモに手を引かれるまま座席中央へ向かうと、金糸の織り込まれたぜいたくな布で日よけが作られていた。


「げっ。まさかルーピ伯爵家専用の特等席!?」


「ご名答。おじいさまがジュキを気に入って、ぜひ一緒に観ましょうって」


「気に入ってるっつーか……」


 まだあきらめていないのだ。俺とユリアの仲が深まれば、もしかしたら婚約者になるかもしれないと思われている。


「俺がレモ以外の女の子を好きになるわけないのに」


「えっ、ちょ、ジュキったら何よいきなり!」


 振り返ったレモが焦ってパチパチとまばたきするのがかわいくて、俺はうしろからぎゅっと抱きしめた。


 ユリアだってかわいらしさで負けてないのは分かるのだが、いかんせん妹のようにしか思えず、俺の中でレモと比べられるような存在にはなり得ない。大体ユリアだってその気ないじゃん。


「お若いの、通路で抱き合うのはやめてもらえんかの」


 見物客に声をかけられて、俺たちは慌ててその場を離れた。


「第一回戦、第五試合! 人族ラーニョ・バルバロ伯爵対竜人族ニコラ・ネーリ!」


 司会が大声で名前を読み上げると、アリーナに蜘蛛伯爵が姿をあらわした。


「ニコラ選手は文字の読み書きが苦手なようで『ニーコ・ネッリ』でエントリーされましたが、窃盗罪で捕まったので本名が判明しております!」


 偽名のつもりだったニコ、自分の名前が書けないと思われててあわれ。


 二人の魔術兵が引く鎖につながれて、ニコが出てきた。


「罪びとはすっこんでろー!」


「牢屋に戻れーっ! お嬢様をわたすもんか!!」


 すかさず客からヤジが飛ぶ。


「紳士淑女の皆さま、ご安心ください! ニコラ・ネーリはたとえ優勝しようとも、聖剣も婚約者も手に入りません! しかし決勝まで出場できれば罪が許されます!」


 この領地で恩赦が与えられても、隣国から引き渡し依頼が来そうだけどな。


「試合開始!」


 号令と同時にニコが走った。


「うおおおおお!」


 だが――


 蜘蛛伯爵が両手の指先をニコに向けた瞬間、


「うっ!?」


 ビクッとその身を震わせて、一瞬ニコの動きが止まった。


「な、なにをした!?」


 斬りかかろうとするが、足はもつれ、剣をにぎる両手もぶるぶると震えている。蜘蛛伯爵はゆっくりと近付くと、ニコの前で立ち止まった。


「どどど、どうする、つつつもり……」


 舌も回らないようだ。


 観客たちの間にもどよめきが広がる。


「なんの術だ?」


「試合開始前に呪文を唱えていたのか?」


 俺も腑に落ちない表情で試合を見下ろしていたんだろう。となりに座ったレモが小声で、


「神経毒かも」


 と、ささやいた。


「蜘蛛伯爵は両手の指を向けただけだぜ? 身体から毒が出るってことか?」


「分かんないけど、爪の間から毒発射! とかね。糸も出すくらいだし」


 レモが冗談めかして言った言葉がまるで予言だったかのごとく、蜘蛛伯爵の腰のあたりから突然、糸が束になって発射された。見る見るうちにニコは白い糸でぐるぐる巻きにされてゆく。


「終わりにしましょう」


 蜘蛛伯爵がぞんざいに剣を構える。


「こ、こここ降参だ!」


 カラン……


 ニコの手から魔術剣がすべり落ちた。


「ラーニョ・バルバロ伯爵の勝利!」


 司会の男が叫ぶ。


「あの糸、どこから出したんだ? あの伯爵、人族だろう?」


「手品師とか」


「なるほど!」


 周囲の獣人族たちがいい加減な推理を繰り広げるなか、俺はちょっとがっかりしてつぶやいた。


「ニコのヤツ、あっさり第一回戦敗退かよ」


 期待していたわけではないが。


「剣を手放したら降参なんじゃ。わしは無駄な殺生を好まぬからな」


 豪華なひじ掛け付きの椅子に座った前伯爵が、うしろから解説してくれる。


「糸で巻かれて動けなくなったら、降参するしかないですよね」


 無視するわけにもいかず答える俺。


「でもどんなに強くなっても、お尻から糸を出したくはないわね」


 レモがよく通る声で素直な感想を述べたので、周囲の観客たちもざわめき出す。


 アリーナから観客に手を振っていた蜘蛛伯爵まで聞こえていたらしい。


「肛門から出ているわけではないぞ!?」


「じゃあどっから出てるんだよ……」


 思わずあきれた声を出した俺に、うしろから前伯爵がまた説明する。


「蜘蛛のような仕組みだとすれば、肛門とは異なる器官じゃな」


 アリーナではまだ蜘蛛伯爵がわめいている。


「無知な庶民め! 私は進化した人間なのだ!」


「ん? じゃ、穴が増えたってことか?」


 俺のひとり言に、レモがまた凛とした声で、


「えーっと、殿方よね?」


 無駄なことを言った。


「決まっておろうが! この変態令嬢め!!」


 蜘蛛伯爵はアリーナで両脚を踏み鳴らして怒っている。戦わずに精神攻撃をするレモ、見事である。


 怒り心頭の蜘蛛伯爵には見向きもせず、


「わたくし、日陰で休んでまいりますわ」


 令嬢モードで周囲にあいさつし、ユリアの侍女さんと席をはずした。


 レモがいなくなったことで、となりの席になったユリアが俺の服を引っ張った。


「知ってる? ジュキくん。レモせんぱい、変身たぁぁぁいむ! なんだよ?」


 深海のような紺碧の瞳で俺を見上げる。なるほど、侍女が手伝って男装させるのか。


「レモは第一回戦、どんなヤツと戦うんだ?」


 俺はレモの置いて行った予定表を手に取って、目を見開いた。


「イーヴォとだって!?」





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次回、小姓に扮したレモネッラ嬢がイーヴォと戦う!

イーヴォは果たして反撃できるのか!?


★など入れつつ待っててね♪

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