27、魔術剣大会開始! ニコVS蜘蛛伯爵
「ジュキったらこんなところにいたのね。魔術剣大会始まったわよ。見に行かないの?」
ルーピ伯爵邸の屋上で
「だって俺の出番、決勝からだし。レモが出るときは援護射撃しに行くよ」
俺は繊細だから人の多いところが苦手なのだ。
レモがカウチのヘッドレストに座って、俺のくせっ毛をやさしくなでてくれる。
「ジュキの銀髪、日差しに輝いて綺麗だわ。それにしても昨日、一日中歩き回ったから疲れたのかしら?」
そう、昨日は丸一日、レモと二人でスルマーレ島観光デートだったのだ。一緒に海の幸の
「もうすぐ蜘蛛伯爵とニコラ・ネーリが戦うみたいよ。ユリアの侍女さんに頼んで試合予定、書き写させてもらったの」
「えっ!?」
俺は飛び起きると、レモが手にした
「ニコラ・ネーリは牢屋にいるはずじゃ?」
「決闘に勝ったら無罪放免なんですって」
「そんな甘いことでいいのか!?」
「参加者が多いほうがおもしろいじゃろって、ユリアのおじいさまがおっしゃってたわ」
あのジジイ……
「ニコはどうでもいいけど、蜘蛛伯爵の戦い方は気になるな。観に行こうぜ」
俺は
魔術剣大会の会場は、海に面した大きな広場だった。扇状に広がった客席は階段になっている。急勾配のおかげで貴婦人たちが日傘を差しても、うしろの客の視界をさえぎらない構造だ。
「うおー、いけいけー! 剣だけじゃなくて魔法も使えよ!」
「バカ、ちゃんと結界張っとけよ!」
貴族たちも観に来ているというのに、見物客が大声で叫んでいる。その間を物売りが行き交い、ワインやジェラートを売り歩く。
「盛り上がってるなあ。どこに座る?」
「私たちの席は決まってるの。こっちよ」
レモに手を引かれるまま座席中央へ向かうと、金糸の織り込まれたぜいたくな布で日よけが作られていた。
「げっ。まさかルーピ伯爵家専用の特等席!?」
「ご名答。おじいさまがジュキを気に入って、ぜひ一緒に観ましょうって」
「気に入ってるっつーか……」
まだあきらめていないのだ。俺とユリアの仲が深まれば、もしかしたら婚約者になるかもしれないと思われている。
「俺がレモ以外の女の子を好きになるわけないのに」
「えっ、ちょ、ジュキったら何よいきなり!」
振り返ったレモが焦ってパチパチとまばたきするのがかわいくて、俺はうしろからぎゅっと抱きしめた。
ユリアだってかわいらしさで負けてないのは分かるのだが、いかんせん妹のようにしか思えず、俺の中でレモと比べられるような存在にはなり得ない。大体ユリアだってその気ないじゃん。
「お若いの、通路で抱き合うのはやめてもらえんかの」
見物客に声をかけられて、俺たちは慌ててその場を離れた。
「第一回戦、第五試合! 人族ラーニョ・バルバロ伯爵対竜人族ニコラ・ネーリ!」
司会が大声で名前を読み上げると、アリーナに蜘蛛伯爵が姿をあらわした。
「ニコラ選手は文字の読み書きが苦手なようで『ニーコ・ネッリ』でエントリーされましたが、窃盗罪で捕まったので本名が判明しております!」
偽名のつもりだったニコ、自分の名前が書けないと思われててあわれ。
二人の魔術兵が引く鎖につながれて、ニコが出てきた。
「罪びとはすっこんでろー!」
「牢屋に戻れーっ! お嬢様をわたすもんか!!」
すかさず客からヤジが飛ぶ。
「紳士淑女の皆さま、ご安心ください! ニコラ・ネーリはたとえ優勝しようとも、聖剣も婚約者も手に入りません! しかし決勝まで出場できれば罪が許されます!」
この領地で恩赦が与えられても、隣国から引き渡し依頼が来そうだけどな。
「試合開始!」
号令と同時にニコが走った。
「うおおおおお!」
だが――
蜘蛛伯爵が両手の指先をニコに向けた瞬間、
「うっ!?」
ビクッとその身を震わせて、一瞬ニコの動きが止まった。
「な、なにをした!?」
斬りかかろうとするが、足はもつれ、剣をにぎる両手もぶるぶると震えている。蜘蛛伯爵はゆっくりと近付くと、ニコの前で立ち止まった。
「どどど、どうする、つつつもり……」
舌も回らないようだ。
観客たちの間にもどよめきが広がる。
「なんの術だ?」
「試合開始前に呪文を唱えていたのか?」
俺も腑に落ちない表情で試合を見下ろしていたんだろう。となりに座ったレモが小声で、
「神経毒かも」
と、ささやいた。
「蜘蛛伯爵は両手の指を向けただけだぜ? 身体から毒が出るってことか?」
「分かんないけど、爪の間から毒発射! とかね。糸も出すくらいだし」
レモが冗談めかして言った言葉がまるで予言だったかのごとく、蜘蛛伯爵の腰のあたりから突然、糸が束になって発射された。見る見るうちにニコは白い糸でぐるぐる巻きにされてゆく。
「終わりにしましょう」
蜘蛛伯爵がぞんざいに剣を構える。
「こ、こここ降参だ!」
カラン……
ニコの手から魔術剣がすべり落ちた。
「ラーニョ・バルバロ伯爵の勝利!」
司会の男が叫ぶ。
「あの糸、どこから出したんだ? あの伯爵、人族だろう?」
「手品師とか」
「なるほど!」
周囲の獣人族たちがいい加減な推理を繰り広げるなか、俺はちょっとがっかりしてつぶやいた。
「ニコのヤツ、あっさり第一回戦敗退かよ」
期待していたわけではないが。
「剣を手放したら降参なんじゃ。わしは無駄な殺生を好まぬからな」
豪華なひじ掛け付きの椅子に座った前伯爵が、うしろから解説してくれる。
「糸で巻かれて動けなくなったら、降参するしかないですよね」
無視するわけにもいかず答える俺。
「でもどんなに強くなっても、お尻から糸を出したくはないわね」
レモがよく通る声で素直な感想を述べたので、周囲の観客たちもざわめき出す。
アリーナから観客に手を振っていた蜘蛛伯爵まで聞こえていたらしい。
「肛門から出ているわけではないぞ!?」
「じゃあどっから出てるんだよ……」
思わずあきれた声を出した俺に、うしろから前伯爵がまた説明する。
「蜘蛛のような仕組みだとすれば、肛門とは異なる器官じゃな」
アリーナではまだ蜘蛛伯爵がわめいている。
「無知な庶民め! 私は進化した人間なのだ!」
「ん? じゃ、穴が増えたってことか?」
俺のひとり言に、レモがまた凛とした声で、
「えーっと、殿方よね?」
無駄なことを言った。
「決まっておろうが! この変態令嬢め!!」
蜘蛛伯爵はアリーナで両脚を踏み鳴らして怒っている。戦わずに精神攻撃をするレモ、見事である。
怒り心頭の蜘蛛伯爵には見向きもせず、
「わたくし、日陰で休んでまいりますわ」
令嬢モードで周囲にあいさつし、ユリアの侍女さんと席をはずした。
レモがいなくなったことで、となりの席になったユリアが俺の服を引っ張った。
「知ってる? ジュキくん。レモせんぱい、変身たぁぁぁいむ! なんだよ?」
深海のような紺碧の瞳で俺を見上げる。なるほど、侍女が手伝って男装させるのか。
「レモは第一回戦、どんなヤツと戦うんだ?」
俺はレモの置いて行った予定表を手に取って、目を見開いた。
「イーヴォとだって!?」
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次回、小姓に扮したレモネッラ嬢がイーヴォと戦う!
イーヴォは果たして反撃できるのか!?
★など入れつつ待っててね♪
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