20、サムエレの失言

「ヴィーリさん、ドリーナさん、私からジュキの装備についてリクエストしてもいいかしら?」


 突如、レモが二人に尋ねると、


「もちろん構わんとも」


「言ってくれ」


 二人は同時にうなずいた。


「ジュキって胸の真ん中にもう一つドラゴンの瞳があって――」


 あああっ 竜眼ドラゴンアイのことばらして欲しくないのに!


「――本当は暗闇でも物が見えるのに、服着てるとその力が発揮できないのよ。だから胸があいてるデザインの服なら便利かなって」


「嫌だ嫌だ嫌だ!」


 俺は叫んだ。


「半裸で過ごすなんて絶対嫌だから!」


「あらそう? 私だったら絶対、胸が開いた服作ってもらうのに」


「べつに暗いとこで物が見えなくったって、魔力視できるからいいじゃん!」


「魔法を使わない相手だったら見えないじゃない。まあそんな嫌がるんなら、かわいそうだからいいわ」


 レモってちょっとデリカシーに欠けるとこあるよな。まあそういう天衣無縫なところに魅力を感じてるんだけど。


「でもジュキ、ベッドの上ではその瞳もひらいててね?」


「は?」


 ベッドってなんの話だよ……


「胸に金色のまなこが張りついた全身真っ白な竜人が私を襲う――はうわ! 興奮してきたわっ! まるで太い白蛇のような腕が私の首に絡みついて、ウロコの生えた脚が私の腰の横に――ああっ、たまんないっ! ゾクゾクしちゃう!!」


「落ち着け、落ち着け」


 ドリーナさんがこめかみを押さえながら、暴走するレモの肩に手を置いた。


 いやいやいや、レモのヤツなに想像してんだよ! 俺のことどういう目で見てやがんだ! 天衣無縫にもほどがあるわっ!


「ジュキくんも耳まで桃色になって両手で顔おおっちゃってるけど、いいかな?」


 ドリーナさんの冷静な声に、俺は現実に引き戻された。まだ全身熱いんだが。


「アタシが作るなら、シャツの胸部分だけ透明なクリスタル繊維で織って、聖石の留め具から襟飾ジャボみたいな飾りを下ろして隠すデザインにするかな。暗いとこではジャボを留め具にはさんじまえば、ドラゴンの瞳を使えるだろう?」


 ジャボとは貴族の男たちが首元から下げているレースタイのことだ。


「うん、まあそれなら……。でもあんまりレースっぽいの嫌なんだけど……」


「今着ているシャツもヒラヒラしてるじゃないか」


「ああーこれは俺の趣味じゃなくて――」


 俺は頭を抱えた。レモが代わりに説明してくれる。


「ジュキって変身すると翼と角が生えるのよ!」


 変身じゃなくてそっちが本当の姿なんだが、いちいち訂正するのもめんどうだ。


「服着たまま飛べるように、私が背中と肩に切れ目のある服を作ったんだけど、うちにあった紳士用のシャツってお父様のだったから」


 やっぱりこれ、アルバ公爵の服だったんだな。ドリーナさんが反応したのはそこではなかった。


「レモネッラ嬢の仕事だったのか! いやぁ、ジュキくんがマントを脱いだとたん、背中と肩に雑なかがり縫いが見えて、男の子の裁縫だなぁって思ってたんだが」


 これにはさすがのレモも沈黙した。


「まあ安心しな、ジュキくん。アタシがプロの仕事を見せてやるさ!」


「お願いします」


 俺は素直に頭を下げつつ、


「でもジャボのデザインはあんまりヒラヒラじゃないので頼みます」


「了解。繊細なきみの雰囲気には貴公子らしいのも似合うと思うんだが、少年騎士っぽいデザインを目指すことにするよ」




 俺たちはヴィーリさんとドリーナさんに礼を言って、立ったままずっと寝ていたユリアを引きずって武器庫をあとにした。


 前伯爵に勧められるままにルーピ伯爵邸で昼食をごちそうになって、午後――


「レモネッラ様、剣大会に参加されるのでしたら、お屋敷前の広場でエントリーが必要になります」


 ユリアのしっかりした侍女さんが教えてくれた。


「伯爵家の魔術兵に支給される衣服を持ってきたんですが、大きすぎるでしょうか? これでも一番小さいサイズでして――」


 そういえば男装するんだっけ? 制服を受け取ったレモは感心している。


「ルーピ伯爵家って私兵に衣服支給してるの!? 豊かな領地は違うわねぇ」


 象嵌ぞうがん加工の美しいパーテーションのうしろに隠れて着替えながら、


「ちょっと大きいけどベルトで止めればなんとかなるわ」


 ピンクブロンドの髪は低い位置で一つにまとめ、黒いシルクリボンで包む。耳周りの髪をカールさせれば完成。


 今朝武器庫でゆずり受けたプラチナ色の鎖かたびらを着て、聖石のはまった魔装具を身につけ、ミスリル製の肩当ポールドロンを乗せる。ブーツを履き腰にレイピアを差すと、めちゃくちゃかわいらしい小姓ペイジになった。


「わーい、かっこいい!」


 レモは姿見の前ではしゃいでいる。


「ユリア様、レモネッラ様はユリア様の護衛ということにして、口裏を合わせるのですよ」


 ユリアに教え込む侍女さん、親切である。


「でもこんな小姓ペイジ、屋敷にいないってバレないのか?」


 俺の問いに、


「大丈夫だと思います。とくにユリア様のお墨付きがあれば。というのも魔術剣大会の運営には外部の者を雇っておりますので」


「そうよね」


 レモは納得している。


「大きなイベントの業務が通常業務に乗っかってくると、大体使用人の皆さん不平言い出すからね。まあうちの場合、臨時雇用する余裕もないから悩ましいんだけど」


 アルバ公爵家のリアルな財政事情を吐露するレモ。


 俺たちは屋敷の一階に下り、舟で到着したのとは反対側の門から外へ出た。


「こっちは地面なのか!」


 運河じゃないことに驚く俺。つまりルーピ伯爵邸は二つ入り口を持っていて、一方は大運河に、もう一方は広場に面していたのだ。


 中央に雨水井戸の設けられた広場で、人々は木陰でワイン片手に談笑したり、ベンチで新聞を読んだりしている。


「あそこのテントで大会エントリーができます」


 侍女に教えられ、広場の一角に張られた仮設テントへ近付くと――


「魔術剣大会エントリーはこちらです」


 聞き覚えのある声が…… ものすごく嫌な予感がする。


「あれ? あの眼鏡くん――」


 レモも気づいたようだ。なんで色んなところで元パーティメンバーに会うんだよ! こいつらのことなんか、さっさと忘れてぇのに!


「ジュキエーレくん!? きみがなぜここに!?」


「はぁぁぁぁ」


「おい、人の顔見たとたん特大のため息をもらすなんて、失礼じゃないか!」


 サムエレは一人で大会エントリー受付業務に従事していた。こんな信用ならないヤツ、一人にして大丈夫なのか? まあエントリー受付担当なんて不正しようがないか。


わりぃ悪ぃ。さっきニコラ・ネーリに会ったもんだから。また知り合いかとがっかりして」


「ああ、イーヴォくんとニコラくんも大会にエントリーしたからね」


「まじかよ!? あいつら脱獄犯だぞ!?」


 こいつイーヴォに脅されて、しれっとエントリー受けやがったな。だがこれで分かった。イーヴォは魔術剣大会で使う武器を盗ませるため、ニコを忍び込ませたんだろう。


「だから偽名でね。イーヴォン・ロッジとニーコ・ネッリだったかな」


 本名と近すぎだろ、それは。間違い探しかよ?


「で、ジュキエーレくん。まさかきみまでエントリーしに来たんじゃないだろうね?」


 意地の悪い笑みを浮かべるサムエレの向こうに、屋敷の玄関が見える。ユリアのじいさんが、使用人を二人ともなって出てきたところだ。 


「俺がエントリーしに来たらどうだってんだ?」


「保留にして、伯爵家の方々に審議してもらうのさ。きみはすでにアルバ公爵家の令嬢と懇意にしていたのに、ユリア嬢の婚約者にふさわしいわけない」


「なんで俺の邪魔をしたがるんだよ」


 疲れた声で尋ねると、


「ユリア嬢の婚約者になられたら困るからだ! この仕事で旅費を作ったら、きみを連れてモンテドラゴーネに帰るからな!」


「とっとと一人で帰れよ」


「一緒に帰って僕の無実を証明してくれ! イーヴォたちがあることないこと村人たちに吹き込むつもりなんだ」


 めんどくせ。ビビりのサムエレはイーヴォに脅されているのだろうが、村での評判を考えたら、子供のころからすぐに手が出る悪ガキとして有名だったイーヴォと、見習い聖職者の眼鏡青年――どちらが信用されるかは火を見るよりも明らかだ。


「ジュキくん持って帰っちゃだめ!」


 突然ユリアが俺の前に出て、両手を広げた。


「誰だ? この子供は」


「ユリアだよ!」


 元気に自己紹介する。


「ユリア・ヌーヴォラ・ルーピ伯爵令嬢だ」


 俺が言い直すと、


「嘘だろ? ユリア様は十四歳だとうかがっている。こんなチビくさいガキのはずはない。大体ジュキが連れて歩いてるのもおかしいしな!」


 そこへ杖をつきながら、ユリアのじいさんがやって来た。


「わしの宝物をチビくさいガキじゃと!?」




-----------------




サムエレの末路やいかに!?


ユリア「わたしのじいじ、優しいから平気だよー」

ジュキ「それ、あんたにだけな」


サムエレは無事に、怪力ジジイの餌食になってしまうのか!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る