21、サムエレの社会的精神的敗北

「わしの宝物をチビくさいガキじゃと!?」


 激怒したじいさんは、杖の先でサムエレのすねをたたいた。


「ぐおうっ」


 結構痛そう。サムエレは石の地面にくず折れる。


「お、大旦那様……」


 前伯爵の顔は知っているのか。


「申し訳ございません!」


 長いものには巻かれるサムエレ、石畳に額をこすりつけた。


「ユリア様のお顔を存じ上げず――。しかもジュキエーレ・アルジェントなどと一緒にいらっしゃったため、お嬢様とは信じられなかったのです」


「ジュキエーレ殿と一緒にいると何が問題なのだ?」


 前伯爵に問われたサムエレは、びくびくしながら申し上げる。


「か、彼は、ヴァーリエの冒険者ギルドに登録していたころ、力不足ゆえSランクパーティを追放されたのです。そのような者がまさかユリア様と――」


「それは妙な話じゃのう」


 前伯爵は腕組して首をかしげた。 


「彼は、島の守り神とあがめられる巨海蛇シーサーペントさえ王と呼ぶほどの桁外れな力の持ち主じゃ。出入りの武器職人が、彼の魔力量は二十万を超えると言っておったから無理もないが」


「なっ――」


 サムエレは絶句した。それから俺の足にすがりつき、


「ジュキエーレくん、一体きみの身に何があったんだ!?」


 小声で尋ねた。俺が口をひらく前に、


「何か誤解があったのか?」


 前伯爵が俺に尋ねた。


「はい。俺が元Sランクパーティ『グレイトドラゴンズ』から抜けたことは確かです。それで俺はソロ冒険者になりました」


 そう言ってふところから、個人として付与されたSSSランクメダルを出す。


「おお、ジュキエーレ殿であったか。ヴァーリエ冒険者ギルドに初めてSSSランク冒険者があらわれたと聞いてはいたのじゃが」


「え……す……えす……えす……」


 うわごとのように繰り返すサムエレは放っておいて、


「でも俺が抜けたせいで『グレイトドラゴンズ』はFランクに落ちたんじゃなかったかな」


 サムエレはわなわなと震えている。


「……ギルドから登録を抹消されたよ……」


 それは知らなかった。


「まあ冒険者パーティというのは未熟な若者同士で助け合う場じゃ。いざこざも起こるだろうが、若いうちの苦い経験は人生の糧になるものじゃ」


 さすがご老体。うまくまとめてしまった。


 ふと気付くとレモがちょっと離れた木の下に逃げて、知らぬ顔をしている。前伯爵に変装を見破られるのを恐れているのか……


「そうじゃ、臨時職員くん」


 前伯爵、サムエレの名前を知らないようだ。まあ当然か。


「ジュキエーレ殿は決勝戦からの参加じゃ」


「な、なにゆえ!?」


 恨みがましい声で問うサムエレ。


「強すぎるからじゃよ。初戦から出場しては、ほかの参加者との力量差が大きすぎるじゃろ?」


「で、でも、大旦那様! こやつは聖ラピースラ王国のアルバ公爵家令嬢と愛し合う仲で――」


「よく知っておるな。そうじゃよ。ジュキエーレ殿とレモネッラ嬢は婚約しておるそうじゃな」


「婚約……ジュキが……貴族令嬢と……」


 サムエレは歯を食いしばり、俺をにらみつけた。そんな這いつくばったままにらまれても、欠片も怖くない。


「じゃから彼が優勝してもユリアの婚約者にはなってくれぬのじゃ。まあこうして一緒に過ごすうち、うちのかわいいユリアを気に入ってしまうと、わしは見積もっておるのじゃが。ふぉっふぉっふぉっ」


 げ。そういう作戦だったのかよ、このジジイ。


 前伯爵は話し終えると去りぎわに、


「臨時職員くん、いつまで座っているのだね。若者がだらしない」


 杖で今度はサムエレのケツをしばいた。


「ぐほうっ!」


 怪力娘の祖父だもんな。かなり痛そう。と思ったが、


「ううー、なんでお前ばっかり人生うまく行くんだ!」


 嫉妬深い目で見上げられて、一瞬湧いた同情心は消え去った。俺は持って生まれた精霊力を取り戻すまでの十六年間、辛酸をなめてきたんだよ。


「早く立ちなさぁい」


 ユリアがのんびりと声をかけながら、サムエレの両手を引っ張った。


 ブンッ


 弧を描いて飛んでゆくサムエレの身体。


「う、嘘だろ……」


 目が点になる俺の横で、


「ユリア様、力のコントロールを覚えませんと、一般の方にけがをさせてしまいます」


 侍女が慣れた様子でさとす。


「一般ってあの人、竜人族でしょ?」


「弱っちい竜人族もいるのですわよ」


 自分で回復魔法をかけたサムエレが、ふらふらとしながら戻って来た。


「そ、そういえばジュキエーレくん。婚約者のレモネッラ嬢は聖ラピースラ王国に置き去りですか? それとも婚約者なんてのは嘘で、振られちゃったのかなぁ?」


「え、レモせんぱいはむぐぐぐぐっ」


 何か言いかけたユリアを、戻って来たレモがうしろから羽交い絞めにした。


「ボクはレモネッロ・アルバーニ。レモネッラ嬢のいとこだ!」


 秒で考えたとしか思えない偽名を披露するレモ。


「レモネッラ嬢はわけあってここにはいないけれど、寝ても覚めてもジュキエーレ様のことばかり考えていらっしゃる! あのふわふわした銀髪を撫でまわしたいなとか、今日も屈託のない笑顔がたくさん見られるかなとか、ほっぺをつんってしたいなとか、あの美しい声が出てくる唇を食べちゃおうかとか、指の間の水かきムニムニしたいなとか――」


「もういいから」


 終わらなさそうなので途中で止めさせてもらった。


「ジュキくんのほっぺがピンクになってるぅ!」


 ユリアもうるさいし。


「さて、眼鏡くん! ボクは大会にエントリーしたいんだ」


 レモ本人とは気づかず、サムエレは羽ペンを手渡した。


「ここに名前と職業、現在の滞在住所を書いてください」


 こうしてレモは偽名であっさりと大会参加申請をおこなった。




 翌日、帝都からレモ宛てに師匠からの返信が届いて、俺はハーピー便のあまりの速さにびっくりすることとなる。


 そこにはラーニョ・バルバロ伯爵と魔石救世アカデミーについて、驚くべき情報が書かれていた。




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次回、魔術剣大会に向けてジュキがレモに剣の稽古をつけてあげます。さりげなくイチャイチャのチャンス!?


サムエレに同情された方も、自業自得だと思った方も、↓から★で作品を応援してくださると嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649752024100#reviews

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