54、イーヴォはいつも自業自得

「ただで帰れると思うなよ?」


 イーヴォがアーケードの柱を使って壁ドンしてきた。まことに遺憾ながら、俺とイーヴォはちょうどよい身長差なのだ。


れさせるって言ったよな?」


 あごクイまでしてきやがった。嫌すぎる。しかしここまで至近距離で見ても気づかないのか。髪や目の色変わってねぇのにな。


「やめなさい、イーヴォくん! ジュリアさん嫌がってるじゃないですか」


 サムエレがうしろから注意するが、イーヴォは俺を舐め回すように見つめたまま。その手を扇ではたいて俺は、はっきりと言ってやった。


「悪いけれどわたくし、風魔法で移動する馬車を幽霊馬車と信じて気絶するような殿方には惚れませんから」


「なっ」


「え、あの馬車は――」


「なぜ空を飛んで……」


 ニコとサムエレも驚きの声をあげる。


「聖女様と側仕そばづかえの巫女は、時にはお忍びで外出することもありますのよ」


 言い訳に使っちまって王妃殿下には申し訳ない。


「それよりもあなたがた、任務があるのではなくて?」


「チッ、俺様が仕事から戻るまでここで待ってろよ」


 ずうずうしくも命令するイーヴォに、


「は? あなたに指示されるいわれはありませんが?」


「んだとう!?」


 声を荒らげ呪文を唱えだした。


聞け、火の精センティ・サラマンドラ紅蓮ぐれんの鎖よ、連なりて――」


 呪文から察するに、炎の縄で相手の動きを封じる術のようだ。これはもう、俺も魔法で応戦していいよな。


「水よ」


「ごぶぅっ」


 とりあえず危ない呪文詠唱はやめてもらうため、首から上を大きな水滴でおおってみた。


「ゴボッ、いぎが……だずげで――」


 イーヴォの両手が宙をつかむ。


「え、イーヴォさんよわすぎ……」


 ニコの目が点になっている。


「人族の巫女さんにぼろ負けって――」


 一方サムエレは冷めた目を向けるだけ。


「君たちもそろそろ、自分の実力のほどに気付く頃だろうか」


 こいつ本当に誰の味方にもならねぇな……


 イーヴォはかくんとひざをつき、爪で胸のあたりをかきむしる。聖堂攻撃計画がつぶれても困るので、俺はパチンと指を鳴らした。


しずく、解除」


「ハァハァハァハァ」


 アーケードの石段に這いつくばって肩で息をするイーヴォ。その背中に、


「これにりたら、少しはあなたの被害にあう側の気持ちを考えてくださいな」


 言い捨てて広場から去った。まあイーヴォが他人の気持ちを想像するなんて無理だろうけど。


 広場の外壁に寄せて止まっている馬車まで小走りで戻る。馬車の窓から眺めていたレモが俺に気付いて、中からドアを開けた。


「おかえりなさい、ジュキ。着替えて最後の仕事よ。さあ乗って」


 座席に座るととなりでレモが、ハンカチに花の香りがするオイルを落として渡してくれた。


「これでお化粧落とせるわ」


 適当に顔をぬぐっていると、


「そんなゴシゴシしたらお肌に悪いわよ。貸してごらんなさい、やってあげるから」


 と手を出してくる。


「いいって。自分でできるから」


「なに遠慮してんのよ?」


 遠慮じゃねーよ。好きな子に世話を焼かれるのはうれしい反面くすぐったいような、母か姉のような態度を取られ過ぎるとプライドが傷付くような……


 レモはもう一枚新しいハンカチを用意し、


「これを体温よりちょっと熱いくらいのお湯であたためて」


 と注文をつけてきた。


「こまけぇな」


 文句言いつつ、精霊力で湯を出してちょうどいい温度にする。我ながらすごい便利な力。


「できたけど?」


「じゃ、それでもう一度拭いてちょうだい」


 あ、俺が使うんですか。


 化粧を落としたら次は、せまい馬車の中で着替えなければならない。


 レモが手早く、いろいろなところに結んであるひもを解き、ピンをはずしてくれる。


「ふぅ、ようやく楽になった」


 ドレスを全部脱いで安堵のため息をつく俺。亜空間収納マジコサケットから自分の白いズボンを取り出して履き、下着がわりに着ていた寝間着を脱いだとき、レモが見慣れないシャツを差し出した。


「ジュキがすぐに翼を広げられるように、背中と肩に切り込みのある服作ってみたんだけど」


 数日前、羽がローブに引っかかって羽ばたけず、テラスから落下して大怪我負ったばかりなので大変ありがたい。


「すごいなレモ!」


「切って、かがり縫いしただけよ。細かいこと得意じゃないから」


 俺のこと考えて作ってくれたってだけで、うれしくてあったかい気持ちになる。


「なんかレースついてるんだけど……」


 襟元も手首もぜいたくなレース仕様だ。


「うちにあるシャツ適当に使ったから、そういうのしかなかったのよ。あっ、ちゃんと新品よ!?」


 アルバ公爵のなんじゃなかろうか? アバウト加減がさすがレモ。


 亜空間収納マジコサケットを腰に巻き、上からローブを羽織る。


「次飛ぶときは忘れずに、ローブを脱いでからにしてよ?」


 真剣な顔で念を押されてしまった。


「分かってる。この国出たらマントに変えるよ」


 マントならめくれ上がるので、邪魔なだけで事故は起きない。


「じゃあ髪の毛ほどくわね」


 レモがアクアグリーンのリボンを引く。


「短く切りたいんだけど……」


 氷の刃を出そうとすると、


「最後の仕事が終わってからね」


 と、たしなめられてしまった。波打つ銀髪が腰のあたりまで伸びていて、耳も首も背中も暑い……ついつい不満が顔に出たのか、


「あとちょっとだけ髪の長いジュキを見ていたいの。その姿で竪琴なんて奏でたら本当に、神話に出てくる音楽の神様みたいよ」


 天井の魔力燈が照らすせまい馬車の中、レモが頬を紅潮させて俺を見つめる。


「また恋に落ちてしまうわ」


 小さくつぶやいて、恥じらうようにうつむいた。


「何度だって落とすから」


 低い声でささやいて、指先でそっと彼女の前髪をかきわける。形の良い額にふわっと唇を近づけた。


 レモはくすぐったそうに笑い出す。俺の髪を一房手に取って、指にからめてもてあそびながら。


 俺、今なんかすごく恥ずかしいこと言っちまった気がする!!


「行こうぜ」


 短く言って、俺は馬車のドアをあけて石畳の上へ飛び降りた。それから片手を伸ばして、金属製のステップを踏んで降りてくるレモを支える。


「「空揚翼エリアルウィングス」」


 俺たちはもう一度、空中遊泳の術で夜空へ舞い上がった。


 王城の真上まで来ると、敷地全体に魔術結界が張ってあることに気付いた。だが――


っ」


 俺が精霊力をたたきつけると簡単に裂け目が生じた。


「さすがジュキ! 結界を維持している魔術師はきっと気付くでしょうから、急ぎましょ」


 月明りにぼんやりと照らされて、眼下に秩序正しく整えられた庭が見える。王宮は寝静まって、どの窓も闇に沈んでいる。


「王太子も寝てるんじゃないか?」


「王妃様は、最近あの子は昼夜逆転とかおっしゃってたけど―― まあ寝てたらたたき起こせばいいだけよ。不機嫌な方が婚約破棄してくれるでしょ」


「不敬罪でつかまったりして」


「その心配はないわ」


 レモはにっこり笑って、空の上で俺の腕を引いた。


「私には最強の護衛がついてるから、衛兵ごときにつかまったりしないのよ」


 信頼されてるなぁ、俺。


「中央の棟の――」


 レモが白壁の城の一棟を指さしながら、


「二階の真ん中だからあの部屋ね。さっき王妃様に教えてもらったの」


「すんなり教えてくれるんだ……」


「息子のためにも、あなたたちの婚約は取り消した方がいいっておっしゃって謝罪されたのよ……?」


 レモはちょっと腑に落ちない様子だ。


「なんで王妃殿下があやまるんだ?」


 わけはすぐに分かった。王太子の部屋のうっすらとあいた窓から、夜伽よとぎをする女の声が聞こえてきた。


「は!? 王太子ったら寝所しんじょに女性連れ込んでるの!?」


 レモが目を吊り上げる。ほかでもない彼女自身と添い寝した俺は反応に困って、あさっての方向を向いた。


「まだ私の婚約者だってのに不埒ふらちな方ね!」


 あえぎ声が聞こえたわけでもあるまい、あんまり俺らにとがめる権利もないような……


「夜分、お邪魔しますわ」


 レモは堂々と窓を開けて、王太子の寝室にすべりこんだ。




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レモネッラ嬢は無事、婚約破棄されて愛するジュキエーレと結ばれることができるのか?


弱っちいイーヴォたちは、動かない聖堂相手ならちゃんと攻撃できるのか?


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