53、残された遺恨

『千年以上抱えてきたわが悲しみが、これしきの聖魔法で浄化されてたまるかっ!』


 かき消えそうになりながらも、ラピースラの魂はこの世にしがみついていた。


『これでしまいと思うな……小娘ども! この返礼は必ずやさせてもらおう――くふふ……』


 身も凍るような捨て台詞を残し、現れたときと同じようにその魂はどこへともなく消えていった。


「ちっ、逃がしたか」


 レモが舌打ちしたので俺は驚いた。


「いなくなってくれてよかったじゃんか! 俺はあんたがこれ以上怪我するのなんか見てらんねぇよ!」


 レモの頬は赤く腫れ、手の甲には歯形がついている。


「あらこんなのすぐ治せるわよ。ジュキったら泣かないで」


 泣いてねーし。


 レモは不機嫌な顔をする俺をぎゅーっと抱きしめたまま、回復呪文を唱えた。


「癒しの光、命のともしび、聖なる明かりよ―― 治癒光ヒーリングライツ


 明るい光が二人を包む。どこも怪我してない俺まで気分が良くなってくる。


 レモが自分でつけた傷はあっという間に消えてしまった。治癒光ヒーリングライツはサムエレもよく使っていた術だが、レモが使うと効き方が段違いだ。


 それでも俺は心配して、彼女のやわらかい頬に指をすべらせた。


「もうどこも痛まねぇか?」


「平気よ! もーう、こんな美少女に涙浮かべて不安そうに見つめられたら、またぎゅーってしたくなっちゃうじゃない!」


 美少女て……。いろいろありすぎて女装してたの忘れてたよ。しくしく。


「さーって、瑠璃石を祭壇に戻して証拠隠滅するわよ!」


 レモは勢いよく立ち上がると、パタパタと祭壇の方へ駆けてゆく。真っ二つになった瑠璃石を古びた布で包み直すレモに、俺は竪琴をしまいながら、


「運ぶのは俺がやるよ。重いだろ」


「なんてことないわ。こうするから」


 言うなり胸の前で風の印を結んだ。


聞け、風の精センティ・シルフィード。汝が大いなる才にて、低き力のしがらみしのぎ、が前にあるもの運び給え――」


 レモは宙を指さし、


揚運翼ポルタウィングス!」


 布に包まれた瑠璃石はふわりふわりと空中をただよい、元あった場所に収まった。両側から二人で扉を閉める。 


「一応、簡単な封印術をかけておくわ。聖女しか開けられない封印がかかってたみたいだけど、そんな術知らないし」


 確かに王妃殿下の唱えていた言葉を思い出すと、聖女の名のもとに、とか言っていた気がする。


かなめなる扉よ、汝得難えがた存在ものあやしかる者ども遠ざけ、しかるべき時まで閉ざしたまえ――」


 レモは扉に手をかざすと呪文を唱えた。


封印ケーラ


 これで見かけだけは元通りになった。


「できたわ。行きましょ」


 レモは俺の手を取ると足早に祭壇から降りた。


「イーヴォたちが外で待ってるかも知れねえからな」


 部屋から出ると真っ暗なので、俺は光明ルーチェを手のひらの上に浮かべる。


「そういえば彼ら、聖堂の場所なんて知らないわよね?」


 来るときに通った回廊を歩きながら、レモが首をかしげた。


「サムエレがついてるから、アルバ公爵領で王都の地図くらい買って来たんじゃねぇか」


「盗賊に奪われてなければいいけど」


 金目のものじゃないから平気だと思うが――


 左右の壁に壁画の描かれた廊下に入る前にレモが足を止めた。


「衛兵が目を覚ましてるかもしれないわ。空揚翼エリアルウィングスを使って中庭から飛んで行きましょ」


「そうだな。――聞け、風の精センティ・シルフィード


「あ、忘れるとこだった」


 呪文を唱え始めた俺をレモがさえぎった。 


「ジュキ、これかぶって」


 スカートのポケットから取り出したのは、折りたたんだ白い布。


「巫女さんからゆずってもらった頭巾ウィンプルよ」


 そういえば巫女さん全員これかぶってたな。ウィンプルっていうのか。


「ん? なんのため?」


「ジュキ覚えてない? 眼鏡くんに訊かれて私、聖堂から全員避難したら巫女の一人があなたたちに伝えるって答えたでしょ?」


 一瞬きょとんとした俺だが、さすがに理解した。


「その巫女の役って最初から俺にさせるつもりだった?」


「あら気付いてなかったのね」


 むしろ意外って顔するレモ。俺はぶつぶつ言いながら、受け取ったウィンプルを適当にかぶる。


「違う違う。やってあげるからちょっと貸して」


 レモは手を伸ばして俺の頭に布を巻き、こめかみあたりから結い上げた銀髪を一房引き出した。巫女さんたち髪の毛なんか出してなかったと思うんだが……


「うん、かわいいわ!」


 レモは大変満足そうだ。頬の横で揺れるウェーブのかかった銀髪が胸までたれて、少女っぽさを強調してる気がして落ち着かない。複雑な顔する俺を放置して、レモは空中遊泳の呪文を唱え出した。仕方なく俺も唱和する。


「「空揚翼エリアルウィングス」」


 中庭から夜空へ、手をつないで舞い上がる。聖堂は平屋のくせに無駄に天井が高いから、普通の建物の三階分くらいある。俺たちはゆるゆると垂直に上がってから、聖堂の屋根を越えた。


「あーこれ、昼間見たら綺麗だったんだろうなぁ」


 月明かりの下、整然と並ぶ聖都の屋根を見下ろしながらつぶやく俺。


「そうねぇ」


 レモがそっけない声を出す。


「私はこんな都会じゃなくて海とか見たいけど」


 レモの部屋、三階だったもんな。公爵邸も普通の民家と比べれば一階分の天井が高かったから、これくらいの高さから見下ろす景色にめずらしさなど感じないのだろう。


「海ね。俺んからいつも見えたけどな」


 あの当時はそんなに価値を感じていなかったが、今思い出すとなつかしい。


「えぇーっ、ジュキの実家行ってみたーい! ご両親にもご挨拶したいし!」


 レモが華やいだ声を出す。な、なんで俺の親に挨拶!?


「あ、あれ、熊とネズミと眼鏡じゃない?」


 ドギマギする俺には気付いていないのか、レモがサンタ・ラピースラ広場の一角を指さした。アーケードを支える大理石の陰に、人影が三つ固まっている。


「おし、行ってくるか」


「じゃあ私は馬車のところで待ってるわね」


 俺はイーヴォたちから少し離れたところに降り立ち、小走りに彼らのもとへ近づいた。


「聖女様から伝言です」


 レモがいないので恥ずかしげなく高い声で話す俺。


「えっ?」


「ジュリアちゃん!?」


「聖堂の巫女さんだったのか?」


 口々に驚きの声を上げる三人。俺は扇で口もとを隠しながら、


「みなさん無事逃げましたと伝えに参りました。では」


 ボロを出さないうちに退散しようとした俺の頭巾ウィンプルのはしをイーヴォがつかんだ。


「きゃっ」


 一応、俺がイメージする女子の悲鳴をあげてみる。


「ただで帰れると思うなよ?」




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銀髪ツインテ美少女は、野蛮な男の毒牙にかかってしまうのか!?


「いやいや、ただで帰れないのはイーヴォのほうでは?」

「ちょっかいかけなきゃいいのに。バカだなぁ」


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