42★あっさり魅了されるイーヴォたち
「竜人族の音楽も聴かせてくださらない?」
公爵夫人がリクエストしたので、サムエレは救われたと胸をなで下ろした。ここで捕まっては元も子もない。
「喜んで」
ジュキはうやうやしく礼をした。
「ただ……、歌詞が竜人族に伝わる古い言葉なので分からないと思います――ので、心休まる旋律を楽しんでいただけたらと」
ジュキが自分の竪琴を取り出し、吟遊詩人のように弾き歌い始めた。低い音域で歌うとき彼の声はあたたかく、人々の耳に心地よく響いた。竪琴の音色はスピネットより甘く、精霊教会に伝わるいにしえの旋律をやわらかくいろどる。
「う、うぉぉ……」
イーヴォが感動をおさえきれずに嗚咽をもらした。
音域が高くなるにつれて彼の歌声は強く輝かしい音色を帯び、聴く者の胸に突き刺さった。だが最高音を
「ぐずっ」
たまらずニコが鼻をすすった。
イーヴォとニコの様子を観察しながら、サムエレは冷静に分析する。
(ジュキのやつめ、やっぱり気付いてたんだ)
だからこいつらにも
(あいつのギフトの仕組みはよく分からないが……)
歌声を聴いた者すべてが、つねに状態異常になるわけではないのだ。
(明らかに、あいつが意図して対象を操作できるんだ)
恐ろしい相手を敵に回してしまったと身震いする。涙を流しているイーヴォとニコは、
(知らぬうちに感情をあやつられてしまうのか)
サムエレは歯を食いしばって、心を動かさないように努めた。だがそれはむなしい努力だった。彼にとっても精霊教会の聖歌は、家族と過ごした故郷の村をありありと思い起こさせる旋律なのだ。あの日そよいでいた風の匂い、ふりそそぐ光の色、鐘楼の鐘の音が、昨日のことのようによみがえる。気付けば両眼から水滴がこぼれ落ちていた。
(しまった――)
二重の意味でサムエレは舌打ちした。歌に気を取られているうちにレモネッラ嬢にも気付かれたようだ。ジュキが一人で演奏しているのをいいことに、窓の外を眺めていた彼女の視線が彼ら三人の上で止まった。
(なんだ、あの笑いは!?)
レモネッラ嬢の頬に浮かんだのは、明らかに何かをたくらんでいる笑みだった。
精霊教会の聖歌とは知らずに、公爵家の人々はしんみりと癒されていた。言葉が分からなくとも、おごそかな雰囲気は感じるらしい。それをぶちこわしたのはイーヴォたちではなかった。
「アタクシだけ仲間外れにして!」
廊下に集まった魔術兵を押しのけて駆け込んできたのはクロリンダ。
「どうしてアタクシだけ演奏会に呼ばれませんの!? こんな仕打ちをして、陰で笑っていたのでしょう!?」
いつもの被害妄想と同時に、侍女の頬に平手打ちが飛んだ。
「も、申し訳ございません! お取込み中だったようですので―― あの、お昼にクロリンダ様のところへいらっしゃった仕立て屋の方が、日が暮れてもずっとお帰りにならなくて――」
うろたえた侍女は必死でわけを話した。
「あの仕立て屋、アタクシに似合わない地味な色の布ばかり持ってきて! アタクシをバカにしてるんだわ――」
その様子を黙って見ていたジュキが静かに子守唄を歌い出した。少年のやさしい歌声が部屋を包み込み、誰もがあたたかい気持ちになる。テラスから盗み聞いていたイーヴォとニコも例外ではなかった。
(こいつらいつもジュキの子供っぽい声をバカにしてたくせに、ボロボロ泣きやがってざまぁないな)
サムエレは彼らに冷たい目を向けた。
ジュキが無伴奏で歌っているあいだにレモはスピネットから立ち上がると、叩かれた侍女のもとへ行き回復魔法をかけた。
「ありがとうございます、レモネッラ様……」
(あんな一瞬で回復魔法を構築するとは!)
聖女候補の実力を見せつけられたサムエレはガラス戸に張り付いて、あっけにとられていた。
演奏会が終わると公爵家の人々は、今までに見せたことのないすがすがしい表情で部屋から出て行った。さらに特筆すべきことは、これまでクロリンダにかしずいていた使用人たちが公爵夫妻をうやまっていたことだ。
「さーって、外にもお客様がいらっしゃってたわね」
部屋から人がいなくなると、レモネッラが聖女候補にはまったく似つかわしくない視線をテラスに向けたので、サムエレはびくっと体を震わせた。イーヴォとニコはまだ泣いていて使い物にならない。
「うん、おとなしく聴いてくれてたから黙っておいたんだ。せっかくの演奏会を自分で台無しにしたくねぇからな」
ジュキエーレは相変わらず邪気のない笑顔を浮かべている。
「助かったわ、ジュキ。彼らは私たちの大切な身代わりなんだから――」
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「身代わり・・・ってレモ、何をする気だ?」
「イーヴォたち、おとしいれられるのかな!?」
等々、続きが気になりましたらフォローしてお待ちください☆
次話からはまたジュキくんの語りに戻ります!
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