43、あっさりだまされるイーヴォたち

 レモの言葉に俺は首をかしげた。


「身代わり?」


「うふふっ、私に任せてちょうだい。考えがあるの」


 自信たっぷりにそう言うと、レモはガラス戸をあけた。


「あら、汚い」


 そしてすぐに顔をしかめた。確かに三人の顔は泥と涙でぐちゃぐちゃだった。


「部屋に入ってこないでね? ここで話すから」


 有無を言わせぬ調子で宣言すると、レモは声をひそめた。


「あなたたち、お姉様の筋道が通らない怒りにふれて無実の罪で投獄されてしまったんでしょ?」


 おや? 急に同情しだしたぞ。レモのやつ、演技してんのかな?


「そうなんです!」


 いつもは冷静なはずのサムエレが涙ながらに訴える。


「クロリンダ様の不条理な怒りに触れて、僕たちは―― ううっ」


 本当に泣いてるだと!? あの血も涙もないはずのサムエレが!?


「かわいそうに……」


 レモは痛ましい光景でも見たかのように、目を伏せ首を振る。そして意味深な口調でつぶやいた。


「お姉様はあなたたちに真の目的を話さなかったのね――」


「真の目的だと!?」


 イーヴォが鼻水をふいて身を乗り出した。レモは嫌そうな顔で身を引きつつ、


「お姉様の真の目的は、聖ラピースラ王国の聖堂に封じられている魔神を完全に葬り去ることなの」


 あ。これはだますつもりのやつだ。俺はボロを出さないよう無表情に徹する。


「あなたたちが王都の聖堂を破壊すれば、真の依頼達成となるはずよ。それを話す前に、お姉様は感情的になってあなたたちを投獄してしまったのね……」


「依頼達成ってことは、報酬を払ってもらえるのか!?」


 目を輝かせるイーヴォに、レモはゆっくりとうなずいて見せた。


 いやまさかこんな話、信じないだろ、と思いきやイーヴォは高らかに笑い声をあげた。


「ハハハ、俺様の実力をようやく教えてやれるってわけか!」


 だがサムエレは涙を拭いて俺をにらんだ。


「この僕としたことが、つい感情に身を任せて理性を忘れてしまうところでした」


 なんでそんな憎らしげな目で俺を見るかな、こいつは。サラサラのブロンドヘアに氷のように冷たい青い瞳という美形だからこそ、より冷酷な印象が際立って、ガキのころから苦手だったんだよな、この男。


「聖堂にはラピースラ・アッズーリがまつられているはずですが?」


 しかも細かいことまでよく覚えてるし。そういえばこいつのギフトは<記憶メモリー>だっけ。


 レモは一切ひるむことなく、


「表向きはね」


 と神妙な声を出した。


「これは極秘事項なの。今も巫女と聖女が魔神を眠らせているのよ。長きにわたって、魔力の強い者を聖女として聖堂に閉じ込めなければいけなかった理由がこれ」


 絶妙に真実を混ぜてきやがった。レモのやつ、嘘つくのうまいんだな。


「任せろ!」


 イーヴォがどんっとこぶしで自分の胸をたたくと、ぶわっと土ぼこりが舞った。レモがあからさまに顔をそむけるのも気にせず、


「魔神を倒すなんて俺様にしかできないことよ!」


 と豪語する。


 しかしまたサムエレが水を差した。


「通行証も持たない竜人族の僕らが、そんな簡単に王都へ入れますか?」


「幽霊馬車と一緒に城門を通ればいいのよ」


「ちょっと待って、なにそれ怖い」


 レモの言葉に思わず反応する俺。


「夕暮れ時から深夜にかけて、ぼんやりとした青い光に包まれた不気味な馬車があらわれるんですって。するとどういうわけか、城壁の門を守る王都の衛兵たちは眠りこけてしまうのよ」


「やめてくれよ。怖い話、苦手なんだから」


 おびえる俺を、レモはぎゅっと抱きしめてくれる。


「だいじょぶよ」


 彼女の体温が伝わってきて、俺はちょっと安心する。


「見せつけないでもらえません?」


 サムエレがとげのある声を出した。


「べつにあんたに見せるためにやってるんじゃないわ」


 即座に応戦するレモ。それから、ふと冷静な表情になって話を戻した。


「とにかく、幽霊馬車が通るのを待てばいいのよ。王都に向かう街道は林の中を突っ切ってるわ。林の出口で野宿してれば、不気味な光をまとった幽霊馬車に気付くはずよ」


 イーヴォが無駄に立ち上がって宣言した。


「俺様は幽霊なんか怖くないぜ! そこの弱虫と違ってな!」


「ジュキは繊細なの。あんたと違って感性が鋭いんだから」


 確実に言い返してくれるレモ。でも俺の髪をなでるのは、こいつらの前ではやめてほしいんだが……


「そう言っていられるのも今のうちさ、レモネッラ嬢。魔神を倒して帰ってきた俺様に、お前が惚れる未来が見えるぜっ!」


「うざ……」


 自信満々なイーヴォの宣言に鬱陶うっとうしそうにつぶやいたレモの声は、抱きしめられている俺にだけ聞こえたようだ。


「そうと決まれば今夜はしっかり休んで、明日からの旅に備えるぜ――って、ん? 俺様たちは投獄されるとき持ち物をすべて没収されて――」


 イーヴォは眉根を寄せて考え出した。


「何しにここへ来たんだっけ?」


 大丈夫か、こいつ?


「宿代も旅支度を整える費用もないってことね」


 レモは納得すると、ちょっとうつむいて、うなじに両手を運んだ。


「あなたたちにこの真珠パールのネックレスをあげましょう」


 俺はレモの太っ腹に驚愕しつつ、彼女のつややかなピンクブロンドの髪をそっと持ち上げて、ネックレスをはずすのを手伝う。


「明日の朝、宝石商で換金すればそれなりの現金が手に入るはずよ」


「レモネッラ様はなぜ僕たちにそこまで協力してくださるのですか?」


 サムエレが怪しんでいるようだ。


「協力ってほどでもないわ。ネックレスを渡したことは、私から姉に話します。あなたたちの報酬から引いてもらうわよ」


 そもそもが作り話なのに、うまいこと言いくるめるレモ。しかしなかなかしぶといサムエレ、


「聖堂の中には現聖女も巫女もいるでしょう。たとえ魔神が封印されているという話が本当だとしても、彼らに害をなしたら僕たちは罪人になる。聖女はこの国の王妃なのだから」


 さらに突っ込んできた。一瞬、レモが小さく舌打ちしたのが聞こえた。


「彼女たちには逃げるよう伝えましょう。明日の朝一番にハーピー便を頼めば、歩いて王都へ向かうあなたたちよりずっと早く着くわ。巫女の一人が全員避難したことをあなたたちに教えてくれるよう、はからっておくから安心なさい」


 ふーん。聖堂の巫女さん、こいつらの顔も知らないだろうに、そんなにうまく行くのかな? まあレモのことだから何か考えがあるんだろう。


「なるほど、僕らはからっぽになった聖堂を攻撃するわけですね」


 ようやく納得するサムエレ。めんどくせえ。


「攻撃魔法の得意な俺様にしかできねえことさ!」


 その点イーヴォはバカで助かる。


「なんで最初にジュキなんざ雇ったんだ? お前の姉さんあほか?」


 公爵令嬢にお前とかあほとか言うし。


「こいつは役立たずだぜ」


 俺を指さしたイーヴォに、立ち上がったレモが冷たく言い放った。


「早く帰ってちょうだい」


 何か呪文を唱えている――と俺が気付いた次の瞬間には、


嵐暴蹴ストームキック!」


 回し蹴り炸裂!? と思いきや、足に風をまとわせて相手を攻撃する肉体派な魔術だった……。ドレスのすそが大きく広がると同時に、


「イーヴォさん!」


 しがみついたニコと、


「うおぅっ! スカートの下が見え――」


 下心丸出しのイーヴォはテラスからボールのように蹴り落とされた。


 ひゅるるるる…… ばっしゃーん!


 豪快な水しぶきを上げて中庭の噴水に落下した。かなり距離あるんだけどな……。


 まあとにかく俺の歌声魅了シンギングチャームが効果をあげて、この部屋にかけられていた魔術障壁も解かれたようだ。


「あ。しまった。つい……」


 レモは自分のやったことに唖然としている。


 中庭に面した窓が次々とひらき、みんな何ごとかと顔をだす。魔術兵たちも中庭に駆けつけてきた。


「どうした? 噴水に何か落ちてきたぞ!」




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「イーヴォたち、見つかっちまうのか?」

「ここで見つかったら身代わり計画(笑)が・・・」

「どうやってごまかすんだろうな」


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