37、二人の前に立ちはだかるもの

「ではジュキエーレくんに女装してもらいましょう」


「ふえぇっ!?」


「ジュキ大丈夫? 声裏返ってるけど」


 いやちょっと待て。王太子殿下からレモネッラ嬢を奪いたいとひそかに願ってる俺が、できる限りかっこいいところを見せたいレモ本人の前で女の子の恰好しなくちゃいけないなんて悲劇だろ!?


「ジュキエーレくんなら華奢で小柄だし声も高いから、服を変えるだけでごまかせると思うわ」


 確信に満ちた表情でうなずかないでくれ、公爵夫人。


「あの……俺…… 性別の前にそもそも人族じゃないし――」


 ホワイトドラゴンを封印した大聖女がまつられた聖堂に、ホワイトドラゴンの子孫がのこのこあらわれるって、女でも男でもまずい気がする。


「だいじょぶじゃないかなぁ?」


 かわいらしい仕草で首をかしげるレモ。かわいく振る舞ったって俺はほだされないぞ。


 レモは俺の正面に立ち、まじまじと見つめながら、


「シルクのスカーフと手袋をすれば身体のほとんどを隠せるわ。大きな耳は髪型でなんとかごまかしましょ。白すぎる肌の色なんてお化粧でどうとでもなるし――。あ、でもおしゃべりするときは扇で口もとを隠してね?」


 指を伸ばしたと思ったら、俺の唇をぷにっとさわりやがった。


「ドラゴンのかわいい牙と舌が見えちゃうから」


 不意打ちで触れられた俺は、すっかり参って魂が抜けかける。


「あなたたちの好きにはさせないわ」


 助け舟は思わぬところから出てきた。今までずっともじもじ身体を動かしていたクロリンダが、ようやくレモの風の術から抜け出せたようだ。


「いいこと、レモ!? あなたがしき竜人族と結託して、大聖女様の魂をけがそうとたくらんでいるって国王様に訴えてやりますわっ!」


 あ。全然助け舟じゃなかったじゃん。


「あらお姉様。そんなことできると思って?」 


 レモは不敵な笑みを浮かべて印を結んだ。


「攻撃魔法で黙らせてやるわ! ここでなら私は魔法を使えるのよ!?」


「おやめなさい、二人とも!」


 公爵夫人の怒声が飛んだ。しかし――


「きしゃぁぁぁぁっ!」


 クロリンダが、新手あらての鳥型モンスターもかくやと思われる喚声かんせいを発した。不意を突かれて息をのんだ公爵夫人に向かって、さらにたたみかける。


「きょえぇぇぇっ! うだごらにばわかまぁ! ばあっっ!!」


 こ、怖すぎる……。何を言っているのか全く理解できないからこそ、背筋が凍りつく恐ろしさだ。


「どうされましたか!?」


 扉があいて、見張りの使用人が息せき切って尋ねた。


「クロリンダを落ち着か――」


 言いかけた公爵夫人をさえぎって、


「兵を呼べ! こいつらを閉じ込めろ!!」


 クロリンダが甲高い声で叫んだ。分かる言葉をしゃべってくれるだけマシである。が、母親である公爵夫人より圧倒的に強いのは明らかだった。


「魔術兵が到着する前にあんたなんか消してやるわ!」


 しかしこっちも負けてない。レモは呪文を唱え始める。


「やめてちょうだい! お願いだから」


 娘の背中からおおいかぶさって止める公爵夫人があわれである。


「レモ、ここはとりあえず逃げよう!」


 俺は彼女の手を引いて廊下に走り出た。


「そうはさせないわ!」


 立ち上がったクロリンダが、チェストの上に乗っていた手鏡を投げた。


 ぶんっ


 風を切って迫りくるそれへ――


「水よ!」


 ばしゃーん!


 俺の生み出した激しい水流がはね返した! 手鏡はクロリンダのこめかみに激突し、さらにそれを追うように到来した白波が彼女の姿を飲み込む。


「ぷはっ」


 顔を出したところで、


てつけ!」


 俺は指さして叫んだ。


 パキパキッ、パキッ――


 彼女の全身が霜におおわれてゆく。


 クロリンダに背を向け駆けだそうとしたとき、階下からバタバタと近付いてくる魔術兵たちの足音が聞こえてきた。


聞け、風の精センティ・シルフィード。汝が大いなる才にて低き力のしがらみしのぎ――」


 レモが俺の上半身を抱きしめるようにして、小声で呪文を唱え始めた。


「――凄まじきさにて宙をけ――」 


「こ、公爵令嬢であるア、アタクシに攻撃魔法とは――」


 クロリンダが寒さに震えながら俺を脅す。


「お、お前も牢につながれたいか!?」


 レモの詠唱から飛んで移動する風属性の術だと判断した俺は、あえて足を止めクロリンダに答えてやった。


「あいにく俺は、アルバ公爵家令嬢レモネッラ様に雇われた護衛だ。どんなときもこのひとを守るんだよっ!」


「――我運びたまえ! 風纏颯迅ヴェローチェファルコン!!」


 レモの術が完成した瞬間、俺たちの身体が浮き上がった。


「聖なる光よ、きらめきたまえ。光明ルーチェ!」


 俺は慌てて手のひらの上に明かりを灯した。公爵夫人の寝室から遠ざかったら廊下の暗闇が続いているのだ。ほとんど視界の効かないレモの術で移動するなんて危険すぎる。


「気が利くわね、ジュキ」


「あんたが無茶しすぎなんだよ」


 竜人族の村人なら誰でも扱える基本の術だから、呪文を覚えていたのだ。


 大理石の床が飛ぶようにうしろへ消えてゆく。廊下の角を曲がったところで、階段にずらりと並んだ魔術兵の姿が見えてきた。ここは三階だが、いったん二階に降りないとレモの寝室がある棟へたどりつけない。


 一番前に立った体の大きな男が俺たちを見とめて吠えた。


「ここは通さんぞ!!」




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