38、二人で過ごす二度目の夜
「ここは通さんぞ!!」
「じゃまじゃまぁっ!」
叫び返すレモ。まじか、この
「氷のつぶてよ、降りそそげ!」
レモに抱きしめられたまま、俺は両手を魔術兵たちへ向けた。
バラバラバラッッ バラッ
「おわっ」
「いって!」
室内なのに打ちつける
「レモ、天井すれすれを飛べるか?」
「もちろん!」
さすが
「ひるむな! サーベルでつつくのだ!」
ひるんでくれよ。
「激流よ、全てを押し流せ!」
俺の声に従い突然、階段の上に濁流が発生し押し寄せる。
「うおわぁぁぁっ」
「落ちてくるな! 上のやつら!!」
兵士たちは階段の下まで流されてくれた。その上を悠々と飛び過ぎ、食堂の横の廊下を
「ここからは念のため
レモは風の術を解いて地上に降り立った。俺も
姿を隠した俺たちは手をつないで、まだ眠っている見張り二人のあいだを抜き足差し足で通った。
「ようやく帰って来られたわね」
ベッドの端に腰を下ろしたレモの声には、疲労が垣間見える。
「部屋の入り口に結界張っておいたほうがいいよな? 魔術兵さんたち、いつやってくるか分かんねえし」
俺の提案にレモはうなずいた。
「助かるわ。今朝張ってた氷の壁?」
「あれイーヴォたちにすぐ割られちまったから、熱湯にしようか」
「熱湯の結界?」
ちょっと笑うレモ。
「うん。天井と床のあいだを熱湯がずーっと流れ続けてるやつ」
「そんな術あるの?」
「あるっていうか、イメージするとできるんだ」
俺は答えて、部屋の壊れた扉の前まで歩いてゆく。
「水よ。沸き立ちて、我らを守り続ける
さぁぁぁぁぁ……
まるで泉のような音を立てて、天井から床までを熱くて透明なカーテンがめぐり始めた。
「自由自在なのね」
レモは感心している。
「私たちは詠唱の最初にまず精霊に呼びかけるけど、ジュキは自分自身が水の精霊というか――精霊を
「力を受け継いだだけだって。俺はただの竜人だよ」
あいまいに笑って、俺はレモの背中をそっと押した。
「疲れただろ? もう寝ろよ」
天蓋付きの豪華なベッドへとやさしく導く。
魔力無しの無能扱いを受けてきた人生はきつかった。でもだからといって、人知を超えた神秘的な存在として接してほしいわけじゃない。どっちも苦しいんだ。俺自身を見てほしい。
「着替えるからのぞいちゃだめよ」
レモは天蓋から下がるカーテンを閉めた。
「のぞかねえよ。じゃあまた明日な」
俺は控えの
「待って! ジュキ、行っちゃうの?」
カーテンのすきまからレモが顔だけ出した。俺だって覚えてるんだ。さっき子守唄を歌ってほしいとか、今夜も一緒に寝て欲しいとか言われたことは。だが―― 大怪我を負った直後だった昨晩と違って今日は元気なんだ。理性を保って最後まで紳士的に振る舞える自信がねぇんだよ……。
「私が王太子の婚約者だから? 公爵家の令嬢だから? それとも聖ラピースラ王国の人間だからなの?」
窓からかすかに差し込む月明かりが、泣き出しそうなレモの表情を浮かび上がらせた。
「私自身を見てほしいの――」
俺は考えるより先にきびすを返していた。下着姿の彼女を強く抱きしめた。
「
いつもは気が強いのに、孤独な夜に震える彼女が、もう一人の自分に見えた。そうだ、俺たちは似てるんだ。魔力量が多すぎるせいで魔法学園で化け物扱いを受けてきたレモ、魔力無しとして竜人の村でバカにされてきた俺。異端者として
俺は彼女の枕元に腰かけて、さやけき月明かりにほんのりと照らし出されたピンクブロンドの髪にふれた。
「ジュキ、歌って――」
甘えた声を出すレモがそのかわいらしい指先を、グローブをはめた俺の手にからめた。
俺は見張りたちの目を覚まさないよう、ささやくように歌い出した。レモはうっとりと目を閉じる。
静かな夜だった。子守唄の伴奏は、涼しげに鳴く蛙たちの合唱だ。きっと庭園の中央を飾る噴水のあたりで歌っているんだろう。
いつの間にかレモは小さな寝息を立てていた。つないでいた指先からも力が抜けている。彼女のやわらかい前髪をそっとかき分けて、俺はその綺麗な額にゆっくりと唇を近付けた。
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「いよいよ明日は王都へ出発か!?」
「ん? このあとジュキはどこで寝るんだ!?」
「欲望に打ち勝って隣の自室に帰るんじゃないの!?」
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