36、王都の聖堂へ侵入するには

『南東の海辺にある丘に精霊王の末裔が誕生すると、あの方からお告げがあったのじゃ。あの方復活の妨げとなる。その者の精霊力を封じてくるのじゃよ』


 アルバ公爵領から見て南東の海辺にある丘って―― ロジーナ公爵夫人の話をさえぎって、俺は思わずその地名を口にしていた。


「モンテドラゴーネ――」


 それは俺の生まれ育った村の名前。


「あの方って誰よ?」


 放心している俺の代わりに、レモが尋ねてくれる。


「それは分からないわ……」


 公爵夫人は静かに首を振った。


「それでロベリア叔母様はいまどこに?」


「あの日以来、一度も姿を見ていないのよ……」


 気丈なはずの公爵夫人が消え入るような声で答えた。


 ロベリアの行方ゆくえが分からないとなると、王都の聖堂に瑠璃石を破壊しに行くのが今行えるもっとも有効な手立てだろうか。自称ラピースラ・アッズーリがなぜわざわざ自分の弱点をばらしたのか、という疑問も残るが。ロベリアの身体に宿ったのが本物のラピースラだとすれば、子孫に封印された恨みを訴えたかったのか、そもそも罠なのか――


「たとえなんかの罠だったとしても、聖堂に行ってみるっきゃねぇな」


 高い天井にわだかまる闇をにらみながら、俺はひとりごちた。瑠璃色の髪の女がなぜ俺の精霊力を封じたのか、公爵夫人の話から半分くらい明らかになってきたってのに、今ここでうやむやにして引き下がるなんてできねえ相談だ。


「瑠璃石の破壊なんてことをすれば――」


 俺のひとりごとに口を突っ込んだのは、風の術で猿ぐつわをはめられていたクロリンダだった。ぶんぶん首を振っているうちに外せたらしい。


「――この聖王国では重罪人ですわね」


「破壊したらさくっと逃げればよくね?」


 ぺろっと本音をもらす俺。ま、現時点では破壊しに行くと決まったわけじゃねえ。聖堂に行ってみりゃあ何か手がかりが見つかるかも知れないんだ。


「そうと決まれば明日の朝、出発しましょう!」


 好奇心が勝ったのかノリノリのレモ。


「そんなことさせないわ」


 無駄に妨害するのはもちろんクロリンダ。妹のやることなすことすべて気に入らないと見える。両腕を風の術にしばられたままで、


「どうやって部屋から出てきたのか知らないけれど、明日は出さないから! もし王都に向かうなんてことになったら、どこまでも追いかけてやるわ!」


「なんのためにそんなことするのよ!?」


 レモの問いはもっともだ。姉に向きなおり、


「お母様の話を聞いて、聖女になるのがどんなに危険なことか分かったでしょ?」


「ええもちろん。でも聖女になるのはアタクシじゃないし? 祈り方を間違えてはいけないって分かって良かったじゃない、レモ。こんなことでアタクシが王太子様のお側にお仕えするのをあきらめるとでも思って!?」


 さすが<固執オスティナート>持ち。公爵夫人の話を聞いても考えは変わらないか。


「ごめんなさいね、レモ」


 突然公爵夫人が謝ったので、姉妹は驚いて口ゲンカをやめた。


「わたくしたちの世代が解決しておくべきだった難事を、あなたの代まで持ち越してしまって――」


「お母様――」


 何か言いかけたレモをさえぎって、


「ロベリアの姿をしたあの者は聖堂を抜け出すために、大勢の巫女や衛兵たちに怪我を負わせていたから、王城から罪人として引き渡しを求められたんだけど――」


 現実には、公爵家の人々は魔力量とギフトに恵まれたロベリアを止めることはできなかったのだ。


「逃がしてしまったと報告したら公爵家も罪に問われてしまうから、聖女になる前にいだいた恋心に執着したロベリアが、恋人と共に川で心中して遺体も流されてしまったと報告したの」


 それでロベリアは表向き、すでに亡くなったことになっていたのか。だが実際には別の人格となって今もどこかで生きているから、その顔を見られたら危険だと考えた公爵家の人間が、肖像画を塗りつぶすよう指示したのだろう。


 公爵夫人は暗い表情のまま話を続けた。


「そのあと聖女の座を埋めたのがわたくしのいとこ――今の王妃殿下。彼女はわたくしたち姉妹と仲が良かったから、ロベリアのことを本当に悲しんでいた。それで王妃の座についたら聖女の仕組みを改革すると言っていたんだけどね……」


「けっきょく何も変わってないのよね?」


 訊きにくそうなこともザクザクと質問するレモに、公爵夫人はため息をついた。


「わたくしも彼女の立場は理解できるの。わたくしだってロベリアが聖女になった年にクロリンダを産んだのだから」


「どういう意味?」


 レモは怪訝そうに眉をひそめた。


「結婚して子供ができて守るべきものが増えると、過去から続く伝統を打ち破ることに臆病になるの。自分さえ我慢すれば済むなら子供たちのためにも慣習に従おうと、考えが変わっていくのよ」


「日常に流されて決意がにぶっちゃうってことね。私はそんな、ふやけた大人にはならないわ」


 レモがきつい目をした。うちの親父も若いころの冒険話を自慢げに話すわりには、今じゃ領都ヴァーリエにすら出て行かない。


「歳を取るとしがらみが増えるんだなぁ」


 俺のひとりごとに、公爵夫人はクスっと笑った。


「しがらみじゃなくてきずななのよ」


「でもまあとにかく、多種族連合ヴァリアンティ出身で聖王国になんのしがらみもない俺は、聖女システムを断ち切るには適任ですね」


「ありがとう、ジュキエーレくん」


 公爵夫人から礼を言われてしまった。聖ラピースラ王国が祈りを捧げてきた瑠璃石を破壊するかも知れないってのに。


 公爵夫人は両手で俺の手を包み込み、固く握った。グローブごしに彼女のあたたかさが伝わってくる。


「妹ロベリアのうらみを晴らしてあげてちょうだい――」


 そういうことか―― いい姉さんだったんだな。アンジェねえちゃんを思い出して、俺はちょっと胸が痛くなった。ねえちゃんがこんなふうに俺のために何年も復讐を果たしたいと思っていたら―― 俺はそれを叶えてやらなくちゃなんねえ。


「わたくしが聖女様に手紙を書きましょう。聖堂では昼も夜も巫女たちが瑠璃石を守っていますから、あなたたちを通してもらえるように――あ」


 てきぱきと話していた公爵夫人が唐突に言葉を切ったかと思うと、片手で口を押さえた。


「お母様、聖堂って男子禁制なんじゃ――」


 そうか、現聖女の夫である国王陛下以外、立ち入れないんだもんな。こりゃあ穏便に事を運ぶのは難しそうだな。最初から瑠璃石破壊目的で押しかけるか?


 俺の思案をさえぎったのは公爵夫人だった。


「ではジュキエーレくんに女装してもらいましょう」




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「公爵夫人、まさかの提案。ジュキ断るのかな?」

「相手は公爵夫人だぞ? ほかによほどいい案でもなきゃあ・・・」

「それよりクロリンダはどうするんだ? 邪魔くせぇ」


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