三、闇に落ちた元聖女

34、公爵夫人の妹ロベリアの身に起きたこと

「ほそくすだほだしとなりてが前にあるもの、こわくさびの如くいましめたまえ―― 風鎖封ウインズカテーナ!」


 ソファの上でうたた寝していたクロリンダを、レモが風の術で拘束した。アルバ公爵家に過去なにが起こったのか、クロリンダにも聞かせるべきだと公爵夫人がおっしゃったからなのだが――


「お目覚めになって。お姉様」


「ん、んん―― ってなんなのよこれは!」


 当然ながら、起きたとたん怒り出すクロリンダ。


「お母様から大切なお話があるから静かに聞いてちょうだい」


「ひ、ひどいわ! どうしていつもいつもアタクシばかりしいたげられるの!!」


 えぇ…… 本人は被害者意識持ってんのか。驚いて傍観していると、


「うるさいったらないわ。 ――風鎖封ウインズカテーナ!」


 レモが再度、風の術を放ちクロリンダの口もとをおおった。


「んっんん~~!!」


 駄々っ子のようにじたばたするクロリンダ。公爵夫人も長女にあわれみの視線を向けながら、


「いくらなんでもこれは――」


「私は魔法さえ使えない部屋で数日間、監禁されてたのよ!?」


 そうだよな。ようやく魔力障壁の外に出られたんだもんな。


「そんなことおっしゃるならお母様が子守唄でも歌って差し上げて、このワガママ娘をおとなしくさせて下さらない!?」


 目をつり上げて公爵夫人に言いつのるレモの言葉に俺はハッとした。


「俺が子守唄を歌えば、クロリンダ姉さん落ち着くかも!」


 俺は目を閉じ古い記憶の糸をたぐりよせる。晩秋の夜―― 外は細い雨が降り始めたようだ。家の中はあたたかく、時折パチパチと暖炉の薪がはぜる音がする。ねえちゃんと親父はまだ起きていて、お湯の沸く音と談笑する声が聞こえるのに、小さな俺はもう寝なくちゃいけない。目を閉じたら二度と目覚めないんじゃないかと不安になる夜、母さんが小さな声で歌ってくれたあの子守唄――


「――お眠りなさい、いとおしい子よ。

 夜は大きな黒い布、あなたをやさしく包み込む。

 お休みなさい、大切な子よ。

 朝にはまたの光が、あなたをやさしく包み込む――」


 歌い終わるとクロリンダは泣いていた。怒りが浄化されて涙になったようだ。


「ちっ」


 涙を流すクロリンダをにらんで、レモは鬱陶うっとうしそうに舌打ちする。物心ついてからずっと迷惑をかけられ続け、積年の恨みがたまっているんだろう。――と思っていたら振り返ったレモがうるんだ瞳で俺を見上げた。


「ねえジュキ。あとで私にも今の子守唄歌って?」


「え……?」


「ジュキの美しい歌声で眠りにつきたいの」


「お、おう」


 レモが手のひらで俺の二の腕をなでるせいでドギマギするじゃんか……


「今夜も一緒に寝てくれるでしょ?」


「――!」


 うなずくことも首を振ることもできず固まる俺の代わりに、


「あらぁ、もうそんな関係に……オホホ」


 うしろで笑う公爵夫人。


「ち、違いますっ!」


 反射的に答える俺。違くねえけど公爵夫人の前でまずいだろ!? 仮にも王太子の婚約者が……


 レモはうなだれた。


「あのベッド、一人で寝るには大きすぎて寂しいんだもん」


 うつむくその姿に、子供のころ夜が怖かった自分の記憶が重なった。


「じゃあ、あんたが寝付くまでそばにいるよ」


 彼女のピンクブロンドの髪をなでながら、なんとか無難な答えを探す俺。 


「そ、それで……」


 すかさず公爵夫人を振り返り、


「十六年くらい前に俺の村を訪れたロベリアって人は、レモネッラ様とクロリンダ様の叔母様なのですか?」


「ええ……」


 公爵夫人はうなずいたが、どうも歯切れが悪い。


「でも――あのときのロベリアはもう、ロベリアではなかったけれど――」


「どういうことよ?」


 強い口調で尋ねたのはレモ。


「彼女はどうしてジュキの精霊力を封じたりしたの? 彼はずっと魔力無しって言われて苦しんできたのよ!?」


 俺のために怒ってくれるのか。レモ、やさしいんだな。


 きょとんと娘を見つめる公爵夫人にレモは、俺が生まれた翌日、胸に聖石を埋め込まれたことを説明した。


「ごめんなさいね、ジュキエーレくん」


 公爵夫人の、レモに似た美しい瞳でまっすぐみつめられて、俺は戸惑った。


「あ、いえ―― その……ロベリアがロベリアじゃなくなったっていうのは――」


「乗り移られたのよ。瑠璃石に封じられていた何かに」


 断言した公爵夫人の答えに、俺は言葉を失う。レモは身を乗り出した。


「瑠璃石の中にいらっしゃるのは千二百年前の大聖女、聖ラピースラ・アッズーリの魂じゃないの!?」


 公爵夫人は娘の問いに答える代わりに苦しげなため息をつくと、話し始めた。


 子供のころからたぐいまれな魔力量とギフトを持っていたロベリアは、聖女としての将来を嘱望されていた。ある時までは、本人も周囲もそれを喜んでいたのだ。ロベリアは順調に聖女としての勉強を進め、王妃教育を受けて成長した。


 しかし十四歳のある日、彼女は一人の使用人に恋をしてしまった。


「身分違いの恋か――」


 他人事とは思えねえ俺、思わずつぶやいちまう。


「それならむしろ、ロベリアもあきらめられたでしょうけど」


 ん? どういうことだ? 


「ジュキ、聖ラピースラ王国は帝国内のほかの地域とは違って、女性の血筋のみが重視されるのよ」


 レモが解説してくれる。


「大聖女から受け継いだ魔力量とギフトは女性にしかあらわれないから。アルバ公爵家も爵位を持っているのは、実はお母様なの」


 なるほど、それで公爵夫人の十代のころの肖像画が、この屋敷に残っているのか。嫁いで来たんならちょっと変だもんな。いや、だがそれなら公爵夫人ではなく女公爵と呼ぶべきでは?


「そうなんですよ」


 公爵夫人が娘の言葉を引きついで、


「百年と少し前、この聖王国がレジェンダリア帝国に組み込まれて、帝国の爵位制度を押し付けられ――コホン、取り入れたせいで実状と呼び名が乖離してしまったの。女性が聖なる力を受け継ぐと考えるのが、この国本来の伝統なのよ」


 まさしく聖女の国なんだな。それでアルバ公爵の影が薄いのか。


「だからジュキエーレくん、安心してね」


 満面の笑みを向ける公爵夫人。俺は焦った。


「は!? なんのことですか!? いやいやそれで、使用人に恋したロベリアさんはどうなったんです!?」


 俺に無理やり先をうながされ、公爵夫人は続きを語り始めた。


 勉強を終えたロベリアは十六歳で聖女となった。アルバ公爵家を去る日、彼女は悲しみにくれていた。


 そして三年の月日が流れた。


 ロベリアはある日突然、公爵家に帰ってきた。まったく異なる人格となって。




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「瑠璃石の中に何か邪悪なものが封じられてるってこと?」

「いやそもそも大聖女とか言われてるけど、ジュキのばーちゃん封じたんだろ?」

「じゃあ大聖女が黒幕??」


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