33、聖女が使う聖魔法は桁違い
「
昨夜と同じ方法で見張りをあやつり、公爵夫人の寝室のドアを開けさせる。
「向かうところ敵なしねっ!」
レモが楽しそうに親指を立てた。
本当は……
「あんたには使わねえよ、絶対」
ついつい暗い声を出す俺。レモの魅力は強い意志の宿るその瞳。正体をなくした彼女なんか見たくない。
「すでに私を魅了しておいて、それ言う!?」
レモはけらけらと笑った。ん? すでに魅了してるって
「げっ!」
と、スープの中にでかい虫でも発見したかのような声をあげた。
「お姉様この部屋で寝てたのね」
その視線の先には大きなソファの上に横たわったクロリンダ。寝息を立てる彼女の向こうに、ヘッドボードに並んだクッションにもたれかかる公爵夫人の姿が見えた。ベッド脇で揺れるロウソクの炎で本を読んでいる。俺に気付いたらしい彼女は本にしおりをはさむと、閉じた本を燭台のとなりに置いた。
「今夜もいらっしゃったのね。白づくめの護衛さん」
大きな窓から差し込む月明かりが、俺の白いローブを薄闇の中に浮き立たせる。
「お母様!」
レモがベッドわきに駆け寄っていく。その声にか、足音にか、目を覚ましたクロリンダが起き上がろうとする。
「お姉様は寝ててよ。――
クロリンダの首がもう一度、かくんと落ちた。
「お母様、具合悪いの? また発作で眠れないの?」
姿の見えない娘の声にたたみかけられて、公爵夫人はきょろきょろとあたりを見回す。
「レモ、
気が動転しているレモにうしろから声をかける俺。
「そうだった! 解除!」
すぅっと霧が晴れるように、彼女の姿がその場にあらわれた。
「まあレモネッラ―― 本当に帝都から帰ってきていたのね……」
公爵夫人は細い腕を伸ばし、いとおしそうに娘の頬にふれた。
「お母様、こんなにやつれて――」
レモの愛らしい瞳から涙があふれだす。
「すぐに聖魔法をかけるわ!」
袖で涙をふくと目を伏せ、両手を公爵夫人の上にかざした。
「癒しの光やんごとなき者抱擁せしとき、命の
静かに聖なる言葉を唱え始めると、その手から放たれた光が公爵夫人を包みこんでゆく。見ているだけで心がはつらつとしてくる不思議な光だ。
「
それは次第に強く明るく、
「
真夏の太陽を集めたみたいな強烈な輝きが、部屋いっぱいに広がった。サムエレの回復魔法しか見たことない俺は、まぶしさに目を細めながら驚嘆していた。聖女候補の使う聖魔法ってのは別物なんだな……
「ああ……、身体が楽になってゆくわ――」
安堵のため息とともに、公爵夫人がうっとりとつぶやいた。
しかし――
「ん、まぶし……っ、お前たち! いつの間に――」
そりゃこれだけ明るけりゃ目も覚めるよな。
「
俺はクロリンダへ覚えたてほやほやの術を放った。
かくん。
「すぴー……」
あっという間に眠りの世界にご帰還された。よしよし。さらに呪文を唱え――
「
こっちの話し声でまた目を覚まされてもめんどうだ。俺たちはこれから瑠璃色の髪の女――ロベリア(仮)について訊かなきゃなんねえ。
「ありがと! ジュキ」
笑顔で振り返ったレモの呼吸が少し乱れている。
頬に血色の戻った公爵夫人が、
「レモ、こんな大きな術を使うなんて! 無茶するんじゃないわよ!」
打って変わってしっかりとした口調でたしなめた。
「だって私がどんなに心配したと思って――」
「おいっ」
大きな声を出したレモが突然立ちくらみを起こしたので、慌ててうしろから抱き支える。
「無理すんなよ」
「ん……」
レモは素直にうなずくと、俺の鎖骨のあたりにこてんと頭をあずけた。ローブ越しとはいえ抱きしめるような恰好になって、ちょっと鼓動が速くなる……
密着する俺らを気にも留めず、公爵夫人は厳しい口調で尋ねた。
「帝立魔法学園はどうしたの? レモ」
「お姉様が勝手に退学届けを出してしまったわ」
「はぁぁぁ。わたくしが寝込んでいるあいだに勝手なことを――」
公爵夫人は片手でこめかみを押さえた。回復した公爵夫人は、美人だが気の強そうな顔立ち。いかにもレモたち姉妹の母親らしい。
「でも魔力量の多いあなたばかりに期待を寄せたわたくしも悪かったんだわ」
自嘲気味に視線をベッドに落とした。
レモは、お母様の容態が悪いと姉から連絡をもらって帰ってきたのに会わせてもらえなかったこと、聖女に推薦されて王太子と婚約させられたこと、さらにお父様は言いなりになっていることなどを
「私が逃げ出さないようにって、王太子殿下との結婚式まで閉じ込めておこうとしたのよ」
そのため亜人族の都ヴァーリエの冒険者ギルドから、SSSランクの竜人冒険者を雇ったのだと俺を紹介してくれた。
「
失礼にならないように、俺はフードと
「ロジーナよ。聖ラピースラ王国へようこそ」
公爵夫人は気さくな調子で答えると、右手を差し出した。俺と握手するロジーナさんにレモは、
「でもジュキは話の分かる人で、聖女システムには反対なの」
説得した私偉いでしょ、と言わんばかりに鼻高々なのがかわいい。
「そうよ」
公爵夫人はしっかりとうなずいた。
「一人の女性から人生を奪う聖女の仕組みは終わりにしなければならない」
その言葉には悲痛な決意がこもっていた。
「特にレモ、あなたのように好奇心が強くてじっとしていられない子が聖女になんかなったら悲劇だわ。それに――」
公爵夫人は笑いを含んだまなざしで、一瞬ちらっと俺を見た。
「大切な人をみつけてしまったあなたは、現世とのかかわりを一切断って聖堂にこもることなんてできないでしょう。あそこは聖女の配偶者以外の殿方は足を踏み入れられませんから」
一切口調を変えずにさらりとおっしゃった。
なんだって? 大切な人!? 心臓がドキドキいってるのが密着しているレモにバレそうだ。彼女の表情は見えないが、俺の胸にあずけている背中がぶわっと熱くなった。ついでに耳も赤くなってるな。
だがさすがレモ、赤面したのをつくろうように早口で質問をたたみかけた。
「お母様は聖女になって悲劇に見舞われた誰かをご存知なの? それってもしかして肖像画から消された家族? いつもお話しして下さらない叔母様のこと?」
いつもより声が高くなってるのはご愛嬌である。
「話さなければならないときが来たようね。アルバ公爵家の悲しい秘密を――」
公爵夫人は決意を固めたように、サイドテーブルの上で揺れる燭台の炎を見つめていた。
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「身分違いの恋のくせに公爵夫人の前でいちゃいちゃするなし」
「やっぱり公爵家、暗い過去があったか・・・」
「ついにジュキの精霊力を封じたニセ聖女の正体が明らかになるのか!」
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