32、肖像画に隠された謎

 その夜―― 時を告げる鐘の音が、夜の静けさに染み入るころ――


うつつね。夢よ来たれ――」


 不可視の術で姿を消した俺は廊下の真ん中に立って、レモネッラ嬢の部屋を見張る二人の魔術兵に両手のひらを向けた。


「癒しの霞よ。かの者の魂、在りし夜空にしたまえ―― 睡魔スリープ!」


 ぱたん。


 ぼてん。


 二人は一瞬で眠りに落ち、重なり合って廊下に倒れた。


 その様子を確認したレモが部屋の中から出てくる。


聞け、風の精センティ・シルフィードくうべるぬしよ」


 眠りこける見張りの前を素通りし、あえかな月明りが差し込む廊下で呪文を唱え始めた。


「我打ち囲みたる汝、その身を転じたまえ――」


 空中にただよう目に見えない精霊たちが、レモの呪文に従って集まり始めたのを、俺は竜眼ドラゴンアイで感じ取る。


「いかなる光彩おもてかえさず、いささかの狂いなく対極へ放ちたるあやしなる存在ものへ―― 不可視インビジブル!」


 レモを取り囲む空間が変質し、彼女の姿がかき消えてゆく。俺の目にはもはやその姿は映らない。


「ジュキ、どこ?」


 不安そうにきょろきょろと見回すレモの姿が、胸の竜眼ドラゴンアイに映る。


「ここだよ」


 驚かせないようにささやいて、うしろからそっと両手で包み込む。


「あ、ジュキ」


 レモが嬉しそうな声で答えて、俺の腕を抱きしめた。ほんとにかわいいなあ。ますます王太子なんかに嫁にやりたくないんだけど――などと考えつつ、薄闇の中で足元がおぼつかないレモを抱き寄せるように支えながら、俺は昨日と同じ道順を歩き出した。


「ジュキ、暗闇の中でも普通に見えてるの?」


「ああ、竜眼ドラゴンアイのおかげでな」


 レモが俺の胸のあたりをのぞきこむようにして、


「うっすら光ってるのが見えるわ!」


 興奮した声を出した。


「怖くねぇか? 暗闇ん中に金色の目ん玉が浮かんでるって――」


「ぜーんぜん。ジュキの身体の一部だと思えば全部かわいいもん!!」


「さすがにこいつはかわいくないだろ……」


 公爵令嬢にあるまじき肝の座り方である。


「たとえばかわいがってる猫ちゃんのおめめなら夜、光っててもかわいいって思うでしょ?」


 俺はペット枠かよ……


「階段、気をつけてな」


「うん、ジュキにしっかりつかまって歩くわ」


 公爵夫人の寝室は東翼にある。俺たちのいる南棟とは二階部分で接続しているので、いったん階段を降りる必要があるのだ。


「食堂―― ここよ」


 二階の大広間でレモが足を止めた。


「え。昨日も通り過ぎてたんだ」


 廊下に面した扉を閉めると、レモは手のひらを天井に向けて小声で呪文を唱え始めた。


光明ルーチェ


 虚空にまぁるい光が生まれ、ぼんやりと黄色い光を投げかける。


「おお……」


 広い食堂を見回して、俺は思わず感嘆の声をもらした。魔法の明かりに照らし出された壁一面に、人物画が飾られていた。場所が足りなくなってきたのか、上下二段に並んでいるところもある。絵画なんて精霊教会の壁画くらいしか見たことない俺は、時代によって少しずつ様式が変わってゆく肖像画に興味をそそられた。


「レモの絵はないの?」


「あるわよ。こっちこっち」


 俺の手を引いて反対側の壁に案内する。明かりの中にぼんやりと浮かび上がったのは、家族の集合肖像画だった。鮮やかな絵の具の色や新しい額縁から、最近飾られたことが一目で分かる。


「今よりちょっと幼いな」


「帝都の学園に入学する前に描いてもらったからね」


 立派な大理石の柱の前、中央の椅子に座っているのは昨夜見たよりずいぶん元気そうな公爵夫人。その前に賢そうな微笑を浮かべたレモと、今より地味なクロリンダ――明らかに落ち着いたドレスのほうが似合っている。背景の赤いカーテンと同化しちまいそうなくらい存在感のない男がアルバ公爵だろう。


「それでこっちが、お母様がご結婚される前の家族絵なんだけど――」


 レモが指さしたとなりの絵も、人数が多いとはいえ同じような構図だが――


「なんか真ん中があいてるんだな」


「え?」


「ほら、ここんとこがさ――って見えねえか」


 指さしても透明なんだった。


「分かるわ…… お母様のとなりがあいてるのよね」


 ああ、この金髪の少女が公爵夫人の若いころなのか。だがそのとなりには誰もおらず、背景の柱が描かれていた。みんな画角に入ろうとぎゅうぎゅうに詰めて並んでいるのに、そこだけぽっかりと空間が残っている。


「子供のころからずっと見てたから、構図が不自然だなんて気付かなかったわ」


 レモが硬い声でつぶやいた。


「塗りつぶされたのかも――」


 言われてみれば、公爵夫人のとなりの隙間はちょうど一人分だ。


「誰か―― 消された家族がいるってことかよ……?」


 背筋が寒くなる。そろって静かな視線を投げかける家族――このときは何も知らずに絵に収まったんだろう。でも今はこいつら全員、秘密を共有してるってことか!?


「お母様に訊きましょう。この絵が描かれたときのこと、この絵には誰が欠けているのか――」


 それが、ロベリア?


 俺たちはまた、闇へと吸い込まれてゆくような廊下を歩きだした。




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「深夜の公爵邸の壁に並ぶ肖像画とか地味にホラー・・・」

「公爵夫人は消された家族について知ってるのか?」

「そりゃ一緒に絵の中に収まってれば知らないわけないよな」


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