10、Sランクパーティ、Fランクになる

 マウリツィオさんはひとつうなずくと、たっぷり魔石が入ったままの革袋をカウンターに乗せ、両手をかざして目を閉じた。その場にいる全員が息をつめて見守る。ややあって、


「襲ってきたのは普通のオークだね。特別大きいわけでもないし、持っている武器も斧だけだ」


 ということは俺が倒した個体かな?


「とてもそんな強いようには見えないが? しかしイーヴォくん、君は何も反撃しなかったようだね」


 マウリツィオさんは目を閉じたまま淡々と話した。


「普通のオークのはずがない! キングオークじゃないか? だってものすごく俊敏で呪文を唱えるひまもなかったんだ!」


 イーヴォが大声で反論する。


「いや、見る限り動作も通常のオークだな」


 と断定して目をあけた。


「だから言っただろ――」


 小声でつぶやいたのはサムエレだった。両手で聖杖にすがったまま、苦しげに息を吐きながら、


「僕たちは今までつねに、ジュキエーレくんが状態異常をかけた半分眠ったようなモンスターとしか戦って来なかったんだ!」 


「違う!」


 イーヴォが必死の形相でさえぎった。


「魔力無しのこいつに、モンスターに対抗できる力なんかあるわけない!」


 俺自身もそう思っていた。


「ふむ」


 マウリツィオさんはカウンターの下から、ギルド登録者一覧を記した分厚い書類の束を取り出した。


「ジュキエーレくんのギフトは――」


 一枚ずつペラペラとめくりながら、


歌声魅了シンギングチャームか。代々セイレーン族の女性に受け継がれてきたギフトだったはずだが―― そういえばジュキエーレくんは竜人族とセイレーン族のハーフだっけ?」


「うん。俺の母さんは丘の下に広がるセイレーン族の漁村から、うちの村に嫁いで来たんだよ」


「女性じゃなくても発現するのか。まあ各種族の固有ギフトは記録が少ないから――えっ!?」


 マウリツィオさんは突然大きな声を出して、書面に顔を近づけた。


「レベル99だって!?」


「歌うの大好きで、ガキの頃からずっと歌ってたから」


 マウリツィオさんは片手であごをなでながら、


「セイレーン族の冒険者は前例が少なすぎて、魔術協会の記録にはほとんど情報がないんだが、レベル99ならオークを状態異常にするくらいありえる話だな……!」


「マスターの言う通り、セイレーン族の血を引くジュキは冒険者に向かないのさ! ハッ!」


 イーヴォがさも楽しそうに、あざ笑った。


「しょっちゅう自分の世界に入ってボケっとしやがって、足手まといなんだよ、おめぇは」


 竪琴弾いてると新曲が思いつくんだからしょうがないだろ。


「そうそう、モンスターを倒してるのはいつもイーヴォさんとおいらだけだぜ。その状態異常がどの程度役に立ってるか知らないが、鬱陶うっとうしいんだよチビが」


 ニコも口をそろえる。俺はボロボロな姿で悪態つく二人を見ながら、


「俺も目が覚めたよ。パーティってのは、信頼し合える対等な仲間と組むもんだって。互いに命をあずけるんだからな」


「おっ、グレイトドラゴンズを抜ける決心がついたか!」


 イーヴォが目を輝かせる。


「ああ、喜んで」


 落ち着いてうなずく俺。だが姉は口元をおおい、涙ぐんだ。


「そんな、ジュキちゃん―― 冒険者になる夢をせっかく叶えたのに――」


 さんざん危ないって反対されたけど、応援してくれてたんだな。


「ねえちゃん俺、冒険者をやめるつもりはないよ」


 俺は背の高い姉にほほ笑みかける。


「これからはソロ冒険者として活動するんだ」


「ぎゃははははっ!」


 イーヴォが大げさな笑い声をあげた。


「聞いたか? 魔力無しの無能が一人でクエスト受けるってよ! 自分から魔物のエサになりに行くのか?」


 腹を抱えて笑い出す。生まれてすぐに封印された精霊力が、戻ったことは黙っておこう。戦力になると知られて、またパーティに勧誘されてはたまらない。


 ギルドにつどっていたほかの冒険者たちもつられて笑い出す。まあ笑いたいヤツには笑わせておけばいい。


「アンジェリカさん、それじゃあジュキエーレくんのパーティ脱退手続きをお願いするよ」


 ギルマスのマウリツィオさんはさすがというか、つまらない嘲笑など気にもせずに仕事の指示を出す。


「それからグレイトドラゴンズの君たちは、ダンジョン『古代神殿』の調査結果が出るまでFランクに戻ってもらう」


「なんだって!?」


 イーヴォが驚愕の声をあげた。ニコもサムエレもギルマスの顔をまじまじと見上げる。


「これはギルド登録冒険者を守るための措置なんだ」


 マウリツィオさんは言い含めるように説明し始めた。


「ダンジョンに何らかの異変が起こって本当に魔物が強くなっているなら、君たちのランクは戻そう。しかしCランクに上る階段で、一切反撃できずに獲得した魔石も落として逃げ帰ってきたとしたら、今までの成果は全てジュキエーレくんのギフトによるものだという仮説が現実味を帯びてくる」


 うーん、マジか。俺、精霊力がよみがえる前から役立ってた? 有能な補助職だったなら、イーヴォたちからバカにされる必要はなかったじゃんか!


「ジュキエーレくんが抜けるなら、君たちはもう一度Fランクからやり直すべきだ。そうでなければ命を危険にさらすことになる」


「けっ、いいだろう」


 イーヴォは舌打ちしながらも不敵な笑みを浮かべた。


「すぐに俺様の実力でSランクに返り咲いてやるよ!」


 偉そうに言い放つとカウンターの魔石はそのままにして、


「行くぞ。ニコ、サムエレ!」


「いえ、僕はジュキエーレくんを連れて村に――」


 言いかけたサムエレをさえぎって、イーヴォは不敵な笑みを浮かべた。


「サムエレ、昨夜、酒場で話し合ったことバラしてもいいのかよ?」


「昨夜?」


 問い返したサムエレの顔から血の気が引いてゆく。


「僕は昨日、そこにはいませ――」


「いたよなぁ、ニコ」


 ニコは二度三度とうなずいた。


「いつも、おいらたち四人でメシ食ってますから」


 あくどいな、こいつら。俺がダンジョンに一人で行くようけしかけた責任を、サムエレにもなすりつけるのか。助け舟を出してやりたいが、サムエレのやつ、俺を村に連れ帰る気でいるからな。親父がドーロ神父にどういう頼み方をしたのかは分からないが、いま故郷に帰されちゃあたまらない。


 結局ニコは片足をひきずり、サムエレはがっくりと肩を落として、ギルドから出て行った。


 彼らのうしろ姿が遠ざかると、ほかの冒険者たちがひそひそと話し出した。


「グレイトドラゴンズも地に落ちたな。Fランクだってさ!」


「でもダンジョンに異常が発生したって可能性も捨てきれないぜ?」


「だけど見ろよ。チビっこい姫はピンピンして戻ってきてるじゃねーか」


 えっ、姫って誰のこと!?


「シロヘビちゃん、自分のことだと思わねぇでキョロキョロしてるぜ! ぷぷっ!」


 くそっ、俺のことからかってんのか。シロヘビじゃなくてホワイトドラゴンなのに。でも確かに、本物のドラゴネッサばーちゃんのうろこはもっとドラゴンらしかったな…… 俺の妙になめらかなうろこは、やっぱりシロヘビっぽいのかな……


「きっ!!」


 姉が無言でにらみつけると、俺のうわさをしていたむくつけき男どもは沈黙した。


 それからねえちゃんは、何ごともなかったかのようにやさしい笑顔を俺に向けた。


「ジュキちゃん、ソロ冒険者として登録し直すのに個人ランクが必要だから、もう一度鑑定していいかしら」


「お願いするよ」


 俺は去年と同じようにもう一度、水晶玉に手をかざした。期待にあふれていたあの日が遠い過去に思える。


「ちょっと嘘でしょ!?」


 俺の思索を破ったのは、ねえちゃんの驚愕の声だった。






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主人公の魔力値とギフトは如何に!? 次回、鑑定結果が明らかになります。


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