09、敗北したSランクパーティ
「空気がうまい!」
樹木に侵食されて崩れそうな石門から外へ出た。さんさんと降り注ぐ午後の陽光の下、両手を広げる。深呼吸して、緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「まずギルドに行って魔石を換金するかな」
第二階層の廊下でも、夢遊病かなんかみたいにふらふら歩いてくるゴブリンに出会って仕留めたりしたので、結構な量がたまったのだ。
ちなみに魔石の換金は冒険者ギルド以外でもできるし、街中のほうがレートが有利なことも多い。とはいえ実年齢より若く見える俺は舐められやすいので、不正のないギルドのほうが安心なのだ。
林から街道へ出ると、いい匂いが漂ってきた。パラソルの下、数人の冒険者が酒を飲んでいる。そのうしろに「オステリア古代神殿」という看板を掲げた飯屋が見えた。
「腹へったな、そういえば」
日差しの強い外から店内に入るとうす暗く感じる。古代神殿とかいう
店内のテーブルについて壁のメニューを眺めると、オーク肉の塩漬けやスモークが名物とみえる。
「さっきオーク仕留めたけど、灰みてぇになって魔石がドロップしただけだったんだけど?」
「それはお客さんの腕が良くて、魔法で瞬時に急所をついたからでしょ」
注文を取りに来た女性が解説してくれる。三角形の耳が生えてるから
「うちの店長なんかは魔力をこめてない弓矢で頭をねらって、倒れたところを短剣でさばくのよ」
「へぇ、魔術を使わずに
「そうねぇ、ここにくる冒険者さんの話だと、スライムやゴブリンくらいの低級モンスターなら、魔術無しでも魔石になるみたいよ?」
魔術の有無じゃなくて、一度で致死ダメージを与えられるかどうかが鍵みたいだな。
「ありがとう。勉強になったよ」
「どういたしまして。お客さんの笑顔、素敵ね!」
いやいや、いきなり何を言うんだ、このウェイトレスさんは。
耳が熱くなってきて、俺は慌てて壁に書き出されたメニューを指差した。
「えーっとあれ、オーク頬肉の塩漬けを使ったパスタ、一皿頼むよ」
「あいよ。飲み物は葡萄酒?」
「いや――」
食べ終わったらすぐにギルドまで歩いて戻らなくちゃなんねぇからな。
「マンドラゴラの果実しぼりで」
「了解」
注文をメモした紙きれをエプロンのポケットにしまいながら、
「お客さん亜人族よね? 真っ白だけど、どこの出身?」
「あー俺、竜人族なんだけどちょっとホワイトドラゴンの血が濃くて――」
「そうなんだぁ。初めて見たわ! 髪の毛も肌も白いからエメラルドの瞳が引き立って素敵ね」
にっこりとほほ笑んで、しっぽを振りながら厨房へ去って行った。
店員さんだからリップサービスで褒めてくれただけかもしれねえが、嬉しいものだ。いろんな風体の冒険者が訪れるから、俺みたいに目立つ外見の者にも寛容なんだろう。
「さて、ギルドに寄ったら次はどこへ行くかな」
「まずは隣の聖ラピースラ王国だな。聖都ラピースラに行けば何か手がかりがつかめるかもしれない。初めての人族領か――」
運ばれてきたマンドラゴラのジュースでのどをうるおしながら、一人旅の開放感を満喫する。
いったん死を覚悟したせいか、冒険者パーティにこだわる気持ちは、霧が晴れたように消え失せていた。
「ま、確かに俺ぁ子供っぽかったよな」
ふと溜息をつくと、マンドラゴラのフルーティーな香りにふわりと包まれた。
イーヴォとニコはガキの頃から変わらぬただのいじめっ子で、俺が夢見ていた仲間なんてもんじゃなかったんだ。
親父は今でも昔のパーティメンバーと仲がいい。俺の剣術師匠もそのうちの一人。ガキの頃から親父に仲間たちとの冒険話を聞かされてきたから、俺には同郷の仲間と共にレジェンダリア帝国中を旅するという憧れがあった。
だが今はすべてが変わってしまった。
「やるべきことを見つけたんだ」
一体どこのどいつが何のために聖女を名乗って、俺の精霊力を封じたのか突き止める。魔力が発動しないために十六年間ずっと惨めな思いをしてきたんだから、許さねえ。
「お待ちかね、オーク頬肉塩漬けのパスタよ」
「わ、いい匂い!」
食欲を刺激する香りに待ちきれず、食前の祈りをささっと済ますとあつあつのパスタを口に運んだ。
「うまっ」
頬肉の塩漬けはなかなか美味で、噛めば噛むほど凝縮された旨味が口の中に広がっていく。こんなときでも飯はうまかった。
「なんだ? 騒がしいな」
夕方、領都ヴァーリエのギルドに戻った俺は入り口で足を止めた。
「そんなことありえないわ!」
奥の受付から姉の声が聞こえてきた。
「ダンジョン『古代神殿』は第一階層でDランク、第二階層がCランク、第三階層でもBランクなのよ? Sランクのあなたたちが苦戦するような敵は出てくるわけないのよ!」
「最初はほとんどいつも通りだったって言ってるだろ!」
怒鳴り返す声に聞き覚えがある。
「イーヴォ?」
俺はギルドに足を踏み入れて目を丸くした。古びた木のカウンターに寄りかかっていたのは、ぼろぼろのマントに血痕のついた服、顔と髪が泥で汚れたイーヴォだった。その足元には同じく満身創痍のニコがうずくまり、反対側には聖杖でなんとか身体を支える顔面蒼白なサムエレが立っていた。
「ジュキちゃん!!」
カウンターの向こうにいた姉が、俺を見とめて大声で呼んだ。いつもは涼し気な目元に、一気に涙があふれだす。
「無事だったのね! はぐれたって聞いたから――」
アンジェリカはカウンターから出てくると、こちらに走ってきた。
「いきなり魔物が強くなって、みんなで散り散りに逃げたって本当なの?」
俺をひしと抱きしめる。イーヴォのヤツめ、嘘をつきやがったな。だが挑発されて一人でダンジョンに入ったなんて、みっともないことは打ち明けたくない。
「俺ひとりで魔物狩りしてたら、はぐれちまっただけさ。たまった魔石を換金しに来たんだけど」
俺は
「ぬすっとめ! こいつが魔石を盗んだんだ!」
「はぁ? ジュキちゃんは一番後ろにいたから、あんたたちが命からがらダンジョンから逃げて初めて彼がいないって気付いたんでしょ?」
姉が片手で俺を抱きしめたまま、イーヴォを振り返りキッとにらみつけた。
「さっきまでの話と違うじゃない!」
ギルド内が静まり返った隙に、俺は姉の腕からするりと抜け出した。人が大勢いるところで抱きしめないで欲しい……
受付のうしろにある木の扉があいて、無精ひげを生やした竜人族と思われる男が入ってきた。ギルドマスターのマウリツィオさんだ。
「裏のオフィスで事務作業をしながら話は聞いていたよ」
レディッシュブラウンの髪には白いものが混じっているが、がっしりとした体つきはまだ現役冒険者と言っても通りそうだ。
「ダンジョンの瘴気がいきなり濃くなって魔物が強くなるというのは、あり得ない話じゃない。調査隊を送ろう」
よく通る声で宣言した。こちらへ歩いてくると、俺が持っている破れた革袋に視線を落とした。
「その袋には、弱いが防御の付与魔法がかけてあったようだね」
そうだったんだ。見たところあっさりと魔物の爪に引き裂かれているが。
「魔力の痕跡があれば、僕のギフト<
「えっ」
イーヴォが上ずった声をあげたのは聞こえなかったふりして、俺は革袋をギルドマスターに手渡した。
「お願いします」
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イーヴォの実力(笑)が
作品フォローしつつ次回更新を待っててね♪
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