コップ

ジャンパーてっつん

コップ

「早くお風呂はいったほうがいいんじゃないか。」

コップが山中にそうつぶやいた。

「いや、入りたいのはやまやまなんだが、この小説を書ききりたいんだ。」

山中はひとり300円ショップで買った時計の針がうるさく鳴り響く部屋でコップに返事をした。

山中がこのようにして人以外のモノとのコミュニケーションを計るようになったのは最近のことである。

普段は自分との会話で満足していたのだが、それもだんだんと寂しく感じるようになり、初めは目に留まったパソコンのカバーから、次にアイロン、そしてクローゼットの扉といった独立した固形物ではなくあるものの一部分といったようなモノとまでと意思の疎通を図るようになっていったのだ。

とはいいつつ、山中は自分自身が行っている行為についてかなりはっきりと自覚している。

そのため、はた目から見て狂人のように見える山中のこうした行動も、彼にとっては孤独を紛らわすための読書や思想にふけるといった一種の知的行為に過ぎなかったのだ。

「起承転結で、最初にこいつが喋って。いや、この化け物の破裂シーンから物語を始めよう」

と山中は自身の手掛ける小説のイメージを半分独り言、半分コップに聞かせるためにつぶやいた。

「おいおいおい。なーにが怪物の爆発シーンだよ。」

とコップがあきれた口調で山中に突っかかる。

「別にいいだろ。趣味なんだし。」

「もっと面白い小説。書けないかねぇ。」

「うるせえ」

コップと山中は小競り合いを始めた。

だが、山中は小競り合いをこれ以上悪化させるつもりはなかった。

であるから山中はコップに喋らせてもろくなことは無いと腹を立てつつも、今度は300円ショップで買った例の時計をにらみつけた。

「もう23:00か。」

「うっせーばーか。」

コップが山中につっかかる。

「「あああああああああああ!!!!!」」

山中はコップを手で覆うようにつかみ白い壁に投げつけた。

コップは鈍い音を立てて割れ、壁から跳ね返った大きめの破片が山中の眼鏡に激突した。

「いでえええ」

山中の力が抜けてゆく。

山中が視線を下すと、来ていたワイシャツは血で染まっていた。

だんだん視線がぼやけてくる。

山中はふわふわした力の加減のまま世界が薄れてゆくのを感じた。

山中に跳ね返ってきたコップの破片は眼鏡のレンズを押し出し、斜めに傾いたレンズの隙間から飛び出るようにして彼の眼球に突き刺さったのだった。

つまり、ワイシャツは実のところ血で染まっていたのではなく、目の中が赤く濁っていたということである。

「「あああああああああああ!!!!!」」

山中は足をピンとさせ、歯をいーっとして頭をガンガン上下に揺らしながら大声で叫んだ。


時計は23;05になっていた。


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コップ ジャンパーてっつん @Tomorrow1102

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